化血研問題を振り返る | ネットワーク医療と人権 (MERS)

化血研問題を振り返る

2017年2月
兵庫医科大学血液内科
日笠 聡

 概要

 2015年6月5日、一般財団法人 化学及血清療法研究所(化血研)が製造する国内献血由来の血漿分画製剤の全製品が、承認書と異なる製造方法により製造されていることが判明した。

 同日発出された厚生労働省の通知文には、承認書と異なる製造方法として、

  • 承認書に記載していないヘパリンを添加
  • 承認書に記載された量と異なる添加剤を使用
  • 承認書に記載された工程を一部改変・省略

の3点が記載されていたが、その一方でこれらの製品については、

  • これまで把握した情報や現在までの健康被害の報告から、健康に重大な影響を与える可能性は低いと考えられること
  • 厚生労働省として、12製品26品目について出荷を差し止めること
  • 速やかに承認内容の一部変更申請等必要な対応を行うよう化血研に指導していること
  • 代替製品がない、又は代替品に切り替えると患者の生命に影響を及ぼす6製品16品目については、医療現場での使用に影響が出ないよう、現在の正確な製造工程、製造記録などにより安全性を確認した上で、一部変更承認等必要な対応がとられる前であっても例外的に出荷を認めること

も併せて記載されていた。

 不整合の内容については、まず化血研の内部調査が行われ、平成27年7月21日に開催された薬事・食品衛生審議会薬事分科会の平成27年度第2回血液事業部会運営委員会において、製造フロー図と不整合箇所が開示された。次に化学及血清療法研究所第三者委員会の調査結果が平成27年12月2日に公開され、不整合の全容が明らかとなった。

 また、この間に悪質な隠蔽工作などが次々と明らかになり、化血研は2016年1月18日から5月6日まで110日間の業務停止処分となった。

 不整合発覚から営業停止処分終了までの間に、化血研は血漿分画製剤の製造方法の一部変更の申請を行い、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査を受け、厚生労働大臣の承認を得て、これらの製剤は一時的に正規の医薬品となった。しかし、2016年9月6日、7日の化血研に対する厚生労働省の立ち入り検査によって(化血研は立ち入り検査前に厚生労働省に自主報告済みとしている)、日本脳炎ワクチンの製造方法が製造販売承認書の記載と一部異なることが確認され、化血研は各製品を再度網羅的に調査するよう厚生労働省から指示された。この調査の結果、化血研の血漿分画製剤の一部(バイクロットRとアナクトCR)は再び製造方法と承認書に不整合のあることが判明したため、2017年2月現在再び非正規品としての例外的な出荷が行われている。

 本稿ではこの化血研問題について、法的側面、医学的側面、出荷停止後の経過、および情緒的側面から振り返ることとする。

 法的側面

 医薬品医療機器等法には、「薬品の製造方法を変更する場合は、その変更の程度によって、新規の登録申請・(一部)変更登録申請・軽微変更申請をする必要がある。」と定められている。しかし化血研はこの申請を行わないまま製造方法を変更した上、不整合が当局の査察により発覚することを回避するために、あたかも承認書に沿って製造しているかのような虚偽の製造記録を組織的に作成したり、虚偽の承認申請書を作成したりしたことが判明し、同法の違反が確定した。このため化血研には、平成28年1月18日から平成28年5月6日までの110日間、第一種医薬品製造販売業及び医薬品製造業の業務停止(ただし、安全対策業務、製造設備の維持管理に係る業務並びに製造工程の改善に係る業務及び業務停止命令除外品目に係る製造及び出荷業務を除く)の処分が下された。

 医学的側面

医薬品の安全性とは

 化血研問題は、医学的には、「化血研の製剤を使用してきた人には、何らかの有害事象が発生するのか?」「化血研の製剤は、使用を継続しても大丈夫か?」「他社の製剤に変更するべきか?」などが問われた事件であり、安全性の評価が最重要事項であった。

 医薬品の安全性は、効果と副作用のバランスで判断される。効果が良好で、かつ副作用がない医薬品は良薬であり、効果がない上に副作用が強いものは単なる毒物である。副作用がない・非常に少ない医薬品はもちろん「安全」と評価されるが、副作用はあるものの、それを上回る効果が期待できる薬剤は「効果と比較すれば安全」と評価され、劇薬・毒薬と規定される医薬品はこの範疇に含まれる。

 医薬品の効果を証明するには、予想される効果が得られるかどうか(だけ)検討すれば良いが、医薬品の安全性を判断するには、予想される副作用と、予想できない副作用の両方の頻度・程度を検討する必要がある。予想できる副作用の検討は比較的容易であるが、予想できない副作用はあらかじめ検討できないため、安全性の証明は非常に難しい。もし、医薬品の臨床試験中、あるいは市販後に、有害性、危険性を証明できる出来事・報告があれば、その医薬品は「安全性に問題がある」と証明されることになるが、その時点までに有害性、危険性を証明できる出来事・報告がなくても、将来、何か有害性、危険性を証明できる出来事・報告が発生する可能性は否定できない。このため、「この医薬品の安全性には絶対問題がない」という証明は、結局いつまでたってもできないことになる。

 医薬品の開発過程においては、まず、医薬品となる可能性のある物質の細胞毒性試験に始まり、次に動物実験を繰り返した後、おそらく人体に使用しても安全と考えられるものだけが臨床治験へと移行する。通常臨床治験では、第一相試験(毒性・体内動態試験)、第二相試験(容量確認)、第三相試験(有効性・安全性)と段階を踏んで、より多くの被験者に、より長く治験薬を使用してもらい、治験期間中の有効性と安全性を評価し、有効かつ安全と判断される薬剤だけが承認される。しかしながら、臨床治験は症例数や使用期間が限られるため、承認時点では「臨床治験では一応安全だった」という評価が得られたに過ぎない。承認後、広く一般にその医薬品が使用されるようになってから、様々な有害事象や副作用が新たに報告されることも多いため、特に安全性に注意を必要とする医薬品については、詳細な市販後調査が行われている。市販後に、その医薬品がより多くの症例により長く使用され、予想外の、あるいは重篤な有害事象や副作用の報告がなければ、その医薬品は「一応安全」から「本当に安全」と評価されることになるのである。

不整合の詳細

 化学及血清療法研究所第三者委員会の調査結果によると、不整合の大部分は、1980年代後半から1990年代初め頃から生じている。一方、現在使用されている化血研の血漿分画製剤の大部分は1990年代初めに製造販売承認を受けたものであり、ほぼすべての製剤において、承認書通りに製造していた期間よりも、承認書と不整合のある製造方法で製造されてきた期間の方が遙かに長い。2014年に製造販売が承認されたバイクロットはもちろん、1991年より販売されているノバクトMなども臨床試験の段階から承認書と不整合のある製造方法で製造されており、これまで承認書通りに製造されたことは一度もない。とすると、承認書と違う方法で製造された製剤で、基礎実験、臨床治験を行い、基礎・臨床データを提出して製造販売承認を得た(そして長年臨床で使用されてきた)製剤は、法的に問題はあっても、医学的にはすでに有効性・安全性が証明されていることになる。短期間の臨床実績しかない、あるいは臨床実績が全くない、ただし承認書通り製造された製剤と、長期間の使用実績はあるが承認書と不整合のある方法で製造された製剤の、どちらをより医学的に安全と考えるかは非常に難しいが、これらの臨床的な経過から判断すると、あらためて「その製剤を使っても大丈夫か?」という、全体的な安全性を再評価する必要もないように思われた。

 個々の不整合の内容は、承認書に記載していないヘパリンの添加、承認書と異なる量の添加剤の使用、承認書に記載された工程の一部改変・省略の大きく3つに分類されるが、それぞれに、医学的に安全性が証明された既存の技術を使用しており、不整合によって製剤の安全性が損なわれる可能性は低いと想定される。

 まず、ヘパリンの添加とは、原血漿からクリオ上清を採取した後、PPSB分画を採取する工程で使用されているヘパリンのことを指すが、このヘパリンはその直後の陰イオン交換クロマトグラフィーにて除去されており、製品中のヘパリン含有量は検出限界以下、あるいは極めて微量であることが、後に確認されている。(2015年7月21日の第2回血液事業部会運営委員会で、最終製品のヘパリンの残存はほとんどないことが報告、コンファクトFのみ9月9日の第3回血液事業部会運営委員会で報告)

 次に、承認書と異なる量の添加剤には、塩化ナトリウム、献血アルブミン20及び25、(上記と異なる工程部分で使用されている)ヘパリン、グリシン、L-ヒスチジン、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリソルベート80(P-80)、カプリル酸ナトリウム、クエン酸、D-マンニトール、ペプシン、あるいは各クロマトグラフィーで使用する溶液成分の組成などがあるが、これらはもともと医薬品製造において安全性が確認されている添加物であり、大部分は承認書に記載されているものである(その添加量が承認書と異なる)。上記の添加物の中で、もともと承認書にないものは、ヘパリン、ヒスチジン、PEG、P-80、クエン酸、であるが、これらは他社の凝固因子製剤の最終製品中にも含有されている物質である。(ヘパリンはPPSB「ニチヤク」、ヒスチジンはクロスエイトMC、コージネイトFS、アドベイト、ノボエイト、ベネフィクス、P-80はコージネイトFS、アドベイト、ノボエイト、ベネフィクス、クエン酸はPPSB「ニチヤク」の最終製品にそれぞれ含有されている。)

 また、工程の一部改変・省略には、加温工程の追加や省略、分画条件の違い、凍結乾燥条件の違い、ペプシン処理時間の違い、濾過工程の追加、pH管理幅の違い、硫酸アンモニウム分画の省略、製品粘度の違いなどがある。

 これら不整合には、明らかに「不整合のもの(19か所)」もあるが、「不整合に該当しない可能性もあるもの(7カ所)」や、「以前は承認書記載に明確な規定がなかったため不整合とは言えなかった部分もあるが、承認書記載の詳細化以降は不整合と考えられるもの(8か所)」も含まれる。

ウイルス除去に関する安全性

 化血研の血漿分画製剤は当初、「変更された製造方法でも、ウイルス除去が十分にできているのかどうか?」の検証試験(ウイルスクリアランステスト)が、一部まだできていないことから、厚生労働省としては、「安全性が未確認」とせざるを得ず、ウイルスクリアランスが確認された後に(9月9日の第3回血液事業部会運営委員会で報告)「安全性が確認された」として位置づけを変更することになった。

筆者注】
ウイルスクリアランステスト:血漿分画製剤のウイルスに対する安全性確保に関するガイドラインについて
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/5l.html参照。
 上記ガイドラインでは、血漿分画製剤のウイルスに対する安全対策は、次に示す複数の方法を適切かつ相補的に行うことにより達成される、としている。
  (1)献(供)血者の問診を行う。
  (2)血漿のウイルス検査を実施する。
  (3)製造工程でウイルス除去及び不活化処理を実施する。
  (4)最終製品のウイルス検査を実施する。
  (5)採血後情報及び輸血後情報について遡及調査を行う。
 この中で、(1)(2)(4)については化血研による不整合の製造方法とは関係なく適切に行われており、(5)については、遡及調査であるので、これも製造方法の不整合とは関連がない。今回問題となったのは(3)の製造工程でウイルス除去及び不活化処理が適切であるかどうかであり、これを確認する試験がウイルスクリアランステスト(ウイルス・プロセスバリデーション)である。これは、原料血漿又は工程途中の材料に意図的にモデルウイルスを添加し、製造工程でどの程度除去・不活化できるかを評価するもので、除去・不活化能力の推定値を求めることができる。HBV、HCV、HIVについては、この推定値(総ウイルスクリアランス指数)が「9」以上=ウイルス除去工程により、サンプルに添加したウイルスが10億分の1以下に減少することを検証しておくことが求められている。

 

 ウイルスクリアランステストが改めて必要になった原因は、バイクロットやノバクトMに安定化剤として添加されているアルブミンやアンスロビンPの製造工程において、クリオ上清液そのものと、クリオ上清液にヘパリンを添加して生成された脱PPSBクリオ上清液を用いて製造された中間原料を様々な比率で混合して製剤化されていたことによる。この製造方法では、製品のLotごとにクリオ上清液と脱PPSBクリオ上清液の比率が異なるため、各混合比率の違いがウイルス不活化・除去の性能にどう影響するかの評価が必要とされたのである。

 しかしながら、アルブミンやアンスロビンPは製造工程中に60℃、10時間の液状加熱処理がなされており、この方法で加熱処理した血漿分画製剤によるHBV、HCV、HIVなどのウイルス伝播は基本的には考えられない(理論上、この方法でもヒトパルボウイルスB19や変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の伝播は考えられるが、これは他のすべての血漿分画製剤に共通する)。さらに、HBV、HCV、HIV、パルボB19など既知のウイルスに関する安全性については、原料血漿、プール血漿、最終製品の3カ所でNAT検査がされており、製剤へのウイルス混入の可能性はおそらくないものと推測される。

 従って、このウイルスクリアランステストは、法手続き上は必要な過程ではあるものの、医学的な重要性はそれほど大きくないと考えられた。

化学及血清療法研究所第三者委員会の判断

 結局、後に公開される化血研第三者委員会の調査報告書には、「本件不整合に係る血漿分画製剤の安全性については、販売前に適正な手続を経た国家検定を受けて合格していること、重篤な副作用の報告がなされたという事実が確認できなかったこと及び第三者委員会において化血研が行った製剤品質への影響についての検討結果の根拠を精査したが、当該根拠に不合理な点は見当たらなかったことなどから、本件不整合に係る血漿分画製剤が人体に対して危険を及ぼすことを示す証拠は見当たらなかった。」と記載され、これをもって、最終的に化血研の血漿分画製剤は安全性に問題がない、と判断されたことになった。

筆者注】
国家検定:生物学的製剤基準http://www.nih.go.jp/niid/ja/mrbp.html参照。

 各製剤により検査項目は若干異なるが、含湿度試験、pH試験、たん白質含量試験、活性化凝固因子否定試験、凝固性たん白質含量試験、無菌試験、異常毒性否定試験、発熱試験、力価試験、血液凝固第Ⅱ,Ⅶ及びⅩ因子否定試験、エンドトキシン試験、活性化血液凝固第Ⅶ因子の力価試験、血液凝固第Ⅹ因子の力価試験、FVIIa/FX含量試験など

 

 出荷停止後の経過

緊急出荷・例外出荷

 各製剤の出荷停止後、代替する薬剤がないもの、あるいは代替する薬剤に変更した場合に不都合(有害事象)が生じる可能性があるものに関しては、血液事業部会運営委員会の審議を経た上で再出荷が認められ、市場における欠品は回避された。(2015年7月28日からバイクロットの緊急出荷とアナクトCの例外出荷、9月15日からコンファクトF、10月7日から献血ベニロン、2015年11月2日からノバクトM新規格の例外出荷、2016年1月14日から献血グロブリンの例外出荷)

※緊急出荷とは添加物のウイルス不活化・除去工程の性能が確認できていない状況で出荷する場合を指し、例外出荷とはウイルス不活化・除去の性能は確認されているが、製造方法の変更による安全性の評価が法的に不十分で、製造方法の一部変更承認が未取得の状況で出荷する場合を指す。

製造方法の変更承認申請

 医薬品の製造方法の変更承認申請自体は、販売量の変化による製造プラントの拡大や縮小に伴う各材料の量や濃度の変更、各材料の仕入れ先の変更、より効率の良い製造方法の開発等、様々な理由によりしばしば行われている。変更承認申請には、

  1. 変更等により、原薬等の本質が変わる恐れがある場合=新規の登録申請
  2. 通常の場合(1、3以外の場合)=一部変更登録申請
  3. 変更内容が軽微なものの場合=軽微変更申請

の3通りあるが、生物薬品及び特定生物由来製品については、分子構造上不均一なものが生産される可能性があること、物理化学的分析手法では確定することが困難な高次構造の変化によって生物活性が影響を受けることがあること、タンパク質、糖タンパク質、ポリペプチド、それらの誘導体等の様々な種類が存在し、その管理も様々であることなどから、軽微変更ではなく、原則として一部変更承認申請対象とすることが規定されている(あるいは新規の登録申請)。

 化血研の企業イメージの悪化は、関係する多くの医療従事者や患者に、これらの不整合は本当に製造方法の一部変更承認申請だけで良いのか?何らかの臨床試験をして新規の登録申請をする必要があるのではないか?などの疑念を抱かせることになった。しかしながら、製造方法の変更が一部変更承認申請に該当するのか、新規の申請に該当するのかは、法的な規定に基づくものであり、それが優良企業でも不祥事企業でも変わることはない。その工程の変更によって生成される産物が、変更前と変更後で同一と証明できるのであれば、製造方法の一部変更で承認申請することが可能であり、その判断は独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)を通じて厚生労働省が行うものである。

 化血研は、これに従い手続きを終了し、2016年2月26日にはヒスタグロビン、3月にはベニロンIが一部変更承認を取得し出荷が再開された。2016年6月には化血研で製造・販売する全ての血漿分画製剤の製造方法の一部変更承認取得が終了し、ようやく承認書との不整合は全て解消されたことになった。結局化血研の血漿分画製剤は、不祥事発覚前から販売自粛期間、営業停止期間中、営業停止期間後まで終始同じ製造方法(厳密には一部改変された部分もあるが基本的には同じ)で製造されており、製品も同一、医学的安全性も同一であるが、その法的な位置づけが変化したのである。

 なお、前述の通り、その後日本脳炎ワクチンの製造方法に承認書と不整合の内容があることが発覚し、再度各製品を調査した結果、バイクロットRとアナクトCR)は製造方法と承認書に不整合のあることが判明、2017年2月現在も再度例外的な出荷が行われているが、これについては詳細を割愛する。

 情緒的側面

インフォームド・コンセント

 前述の通り、化血研の血漿分画製剤は、医学的には終始同一の製剤でありながら、法的には整合・不整合、安全性未確認・確認済みと移り変わるという、直感的には理解しにくい変遷をたどることになった。また、不祥事を起こした企業が製造する製品は、心情的には「安全ではなさそう」と判断するのが通常と思われる。従って、「おそらく安全性には問題はない」と言われても、それは患者ではない側の理屈であり、その薬剤を自らの体内に静脈内投与する患者にとっては、容易には納得できないと想像される。さらに、化血研は薬害エイズ事件の被告企業でもあるため、薬害エイズ事件と絡めてマスコミが報道したことから、再発防止を誓った被告の企業による許されない行為として「裏切られた」思いを抱く患者も一部に存在した。

 このため今回の化血研問題は、臨床現場で、いつどのようなインフォームド・コンセントするのが適切か?が課題となった事件でもあった。

 インフォームド・コンセントは日本語では「説明と同意」と訳され、「判断力を備えた患者が、誰からも強制されていない状況下で自発的に、判断に必要な十分な情報の開示を受け、それを理解した上で、医師が示した診療プランに、患者自身が同意すること」と定義されている。しかしこの定義の中の「判断に必要な十分な情報の開示」を、一般に常識的とされるレベルの情報の開示で良いとするのか、医師と同レベルの情報の開示が必要とされるのかについては、様々な解釈・議論がある。さらに、医師にとっても「判断に必要な十分な情報」がない場合はどうするのか、情報が刻々と変化していく場合はどうすれば良いのか、などの課題もある。

 医師にとっても「判断に必要な十分な情報」がない場合には、その時点で得られた多数の情報の中から、正しいと推測される情報をもとに、その時点での情報を開示し、方針を立てていくしかないが、この場合、根拠とする情報が本当に正しいかどうか証明されていないので、それをもとにした選択が正しいという保証はない。

化血研問題におけるインフォームド・コンセントの変遷

 化血研問題の経過において、最も重要なインフォームド・コンセントを行うべきタイミングは、もちろん不祥事が発覚した2015年6月5日の直後であることは言うまでもない。しかし、このときに開示されていた情報は、同日発出された厚生労働省の通知文に記載されている情報だけであった。前述の通り、この通知文には、化血研が製造している血漿分画製剤は承認書と異なる製造方法により製造されているため出荷停止となるが、製剤の使用禁止や回収の必要性についての記載はなく、健康に重大な影響を与える可能性は低いと記載されているだけで、その判断根拠についての記載がなされていなかった。このため、多くの主治医は、この通知文の記載を基に、「化血研の製剤はそのまま使い続けてもおそらく大丈夫であろう」と説明したものと思われる。

 その後、7月下旬のバイクロットRの緊急出荷に際し、7月21日の平成27年度第2回血液事業部会運営委員会で、新たにインフォームド・コンセントの徹底を図る方針が決定された。これは、この時点で本製剤が法的には「承認書と不整合のある方法で製造された非正規品であり、ウイルスクリアランステストによる安全性の確認も十分出来ていない製剤」であることに基づくものと考えられる。

 この時点で作成された、「バイクロット配合静注用」に係る対応についての案内には、

  • バイクロットの出荷再開までの間、ノボセブンHI、ファイバの2製剤を代替として使用することが推奨される
  • 但し、バイパス止血治療でバイクロットが必要な患者には、『バイクロットを使用されている患者の方々へ』に基づき、患者からインフォームド・コンセントの取得が必要となる

との記載がある。そして、この『バイクロットを使用されている患者の方々へ』においては、ウイルス除去の効果について確認中のため、他のバイパス製剤の使用を推奨する、と記載され、6月5日に発出された厚生労働省の通知文よりも詳しい状況説明が併せて記載されてはいるが、ここに記載された情報はすでに不整合発覚時に判明していた情報ばかりと思われる。

 さらに、ウイルスクリアランステストによる安全性が確認された後の例外出荷においても、「承認書と不整合のある方法で製造された非正規品である」ことから、やはり同様の情報提供を行うことになった。しかし、この例外出荷において用いられた「患者様への情報提供」についても、その内容は不整合発覚時に判明していた情報ばかりであった。

製剤の位置づけの違いとインフォームド・コンセント

 化血研の血漿分画製剤は、不整合が発覚する前後を問わず、一貫して同じ方法で製造された製剤であり、緊急出荷・例外出荷された製剤も、現在流通している製剤も、医学的には全く同一の物である。確かに「法的には以前と違う製剤」で「安全性が未確認の製剤」という側面を重視するのであれば、緊急出荷・例外出荷の際には厳密にインフォームド・コンセントを取得する必要があることになるが、「安全性にはおそらく問題はない製剤」で「医学的には以前と同一の製剤」という側面を重視するのであれば、それについてのインフォームド・コンセントはすでに不整合発覚直後に取得していることになる。故に、緊急出荷の時点では新たに開示する医学的内容には乏しいと判断し、あらためて詳細なインフォームド・コンセントの取得をする必要はないと判断した医師もいたはずである。

 厚生労働省や血液事業部会運営委員会としては、非正規品を出荷する以上、十分な情報提供をと考えるのは当然であるが、臨床現場においては、不整合発覚時に「健康に重大な影響を与える可能性は低く使用中止も回収も不要」と判断した時の情報提供が最も重要であったはずである。この判断根拠がもしその時点で詳細に開示されていたなら、臨床現場において十分なインフォームド・コンセントが可能になり、その後の新たな情報提供もよりやりやすかったのではないかと考えられる。

 考察

 化血研問題は、「現在使用している(これまで使用してきた)血漿分画製剤が真に安全な物なのかが問われた事件」という意味では薬害エイズ事件以来の出来事であり、「安全性に関する情報が時間の経過とともに徐々に明らかになった」という点でも薬害エイズ事件と類似する部分がある。しかし、この二つが大きく異なる点は、安全性を判断するための正確で詳しい情報が、薬害エイズ事件では当初は世界中のどこにも存在しなかったのに対し、今回の事件では少なくとも化血研の内部(と査察を行ったPMDAや厚生労働省?)には存在していたことだろうと考えられる。

 通常、医薬品の使用によって健康上の被害が発生、拡大するおそれがあると判明した場合は、被害を防止するために廃棄、回収、販売の停止、情報提供など必要な措置を講じなければならない。多くの場合、この処置はその医薬品の製造販売業者による自主回収という形がとられるが、この自主回収は回収される製品によりもたらされる健康への危険度の程度によって、クラスⅠ~クラスⅢに分類されている。最も健康被害の発生する可能性が低いものはクラスⅢの自主回収であり、その定義は「クラスⅢとは、その製品の使用等が、健康被害の原因となるとはまず考えられない状況」となっている。問題発生後、ただちに化血研が製造している血漿分画製剤は出荷停止となったが、当初から製剤の使用禁止にも、自主回収にもならなかったことを考えれば、規制当局は最初から「化血研の製剤は、クラスⅢよりもさらに、使用が健康被害の原因となる可能性は低い」と判断していたことは明らかである。

 化血研問題では、この判断根拠情報がわかりやすい形で迅速に提供されなかったことが、いつまでも漫然とした不安感・不信感が払拭されなかった最大の原因であったと考えられる。本稿に記載したような、不整合の内容、各添加剤、製剤の承認時期と不整合の発生時期の位置関係、国家検定の内容、安全性の確認の経過、などはすべてインターネット上に少しずつ時間をかけて公開されてきたが、それぞれ断片的な情報として散発的に配置されており、各情報を求めて熱心に探索しなければ手に入らず、全体を俯瞰で見渡すこともできない。これでは、一般の臨床医や患者にわかりやすく情報提供ができていたとは言えないのである。