バイエル薬品株式会社のコージネイトFS自主回収について | ネットワーク医療と人権 (MERS)

バイエル薬品株式会社のコージネイトFS自主回収について

2016年4月
兵庫医科大学血液内科
日笠 聡

 概要

 2016年10月3日より、バイエル薬品は、遺伝子組み換え型血液凝固第Ⅷ因子製剤「コージネイトFSバイオセットR」の一部のロットで、有効期間内に基準よりも力価が低下する傾向が確認されたため、2014年7月以降に出荷した合計31ロットの自主回収(クラスⅡ)を開始した。

 回収時点では、これらのロットはすべて日本で承認されている規格から外れるものではなく、回収開始時点まで、あるいは回収開始時点から比較的早期に使用してしまえば、有効性・安全性に問題はないものであったが、米国では7月から同回収が開始されていたことから、我が国における回収開始の遅れが、バイエル薬品に対する医療者・患者の不信感を募らせる(炎上した)結果を招くことになった。

 コージネイトFS自主回収を理解するための基礎知識

自主回収

 通常、医薬品の使用によって健康上の被害が発生、拡大するおそれがあると判明した場合は、被害を防止するために廃棄、回収、販売の停止、情報提供など必要な措置を講じなければならない。多くの場合、この処置はその医薬品の製造販売業者による自主回収という形がとられるが、この自主回収は回収される製品によりもたらされる健康への危険度の程度によって、クラスⅠ~クラスⅢに分類されている。

クラスⅠ:
 その製品の使用等が、重篤な健康被害又は死亡の原因となりうる状況

クラスⅡ:
 その製品の使用等が、一時的な若しくは医学的に治癒可能な健康被害の原因となる可能性があるか、又は重篤な健康被害のおそれはまず考えられない状況
クラスⅢ:
 その製品の使用等が、健康被害の原因となるとはまず考えられない状況


 医薬品(あるいは医薬部外品、化粧品など)は、予期せぬ副作用などの発生により、しばしば自主回収が行われており、医薬品だけに限定しても、年間100~120件程度の自主回収が行われている。2014~2016年においては、毎年クラスⅠが19~20件、クラスⅡが67~92件、クラスⅢが4~18件の医薬品の自主回収が行われている。2016年の医薬品のクラスⅡ回収は81件であり、その中の一つがこのコージネイトFSの自主回収である。

凝固因子製剤の力価と有効期限

 凝固因子製剤のバイアルに含有されている凝固因子は、適切な保存状態においても、力価が製造直後から徐々に低下していく性質を持っている。このため凝固因子製剤には有効期限が設定されており、適切に保存していれば有効期限までに一定の基準値を下回ることはない。製薬メーカーは、有効期限内の基準値以上の力価を保証するため、製造直後は力価の低下を見越して、表示力価(250単位・500単位・1000単位・・・)以上の凝固因子を、製剤のバイアルに充填して出荷している場合が多い。

 有効期限内の力価の低下が、どのくらいまでなら規格内と判断するかは、各国で基準が違い、米国では出荷時の実測力価の80%、日本やEU諸国は規格単位の80%と設定されている。このため、規格単位が1000単位の製剤を例にすると、出荷時の実測力価が1100単位であった場合、米国では有効期限内に力価が1100単位×0.8=880単位を下回れば規格逸脱と判断される。一方、日本やEU諸国においては、実測力価が1100単位であっても、表示力価の1000単位×0.8=800単位を下回れば規格逸脱と判断されることになる。逆に出荷時の実測力価が900単位であった場合、米国では有効期限内に力価が900単位×0.8=720単位を下回れば規格逸脱と判断されるが、日本やEU諸国においては、表示力価の1000単位×0.8=800単位を下回れば規格逸脱と判断されることになる。従って、出荷時の実測力価が規格単位より多い場合は、日本・EUよりも米国の方が規格外になり易く、逆に、出荷時の実測力価が規格単位より少ない場合は、米国よりも日本・EUの方が規格外になり易い傾向にあると言えよう。

 バイエル薬品においては、米国の製造工場において、製造後の製剤の力価を定期的にモニタリングしており、製造後1年以内は3ヵ月ごと、その後は製造から18ヵ月後、26ヵ月後、30ヵ月後、33ヵ月後に測定されている。もし有効期限内に力価が上記の基準を下回れば、そのロットは規格外の製品となり、その時点で回収や使用禁止などの処置が行われることになるが、力価が基準値を上回っていても、力価の低下速度が速く、有効期限内に基準値を下回ることが予想される場合は、そのロットが規格外に逸脱する前に回収することが考慮される。

 経過

 以下に今回のコージネイトFS自主回収の経過を、時系列で示す。

2013年(米国):

 米国製造所において微生物水準(バイオバーデン)の管理強化のため、過酸化水素による滅菌を作業員へ注意喚起
2015年11月(米国):
 過酸化水素による滅菌方法を中止
2016年7月(米国):
 製造元で実施された定期安定試験で力価の規格外の低下が確認
7月8日(日本):
 バイエル薬品日本法人にドイツ本社から米国製造元の規格外試験結果が連絡
7月13日(日本):
 バイエル薬品日本法人から本社のある大阪府および、厚生労働省血液対策課、監視指導・麻薬対策課、経済課に連絡
7月21日(米国):
 規格外の力価低下を示した2ロットの自主回収を開始
7月25日(カナダ):
 自主回収開始
8月5日(スペイン):
 自主回収開始
8月11日(英国):
 自主回収開始
8月11日(米国):
 規格内ではあるが、有効期限内に力価が基準値より低下する恐れのある2ロット、および、通常より力価の低下が早い8ロットの自主回収開始
8月16日(スイス):
 自主回収開始
8月23日(日本):
 米国より連絡を受けた力価低下傾向を認めるロットについて、バイエル薬品日本法人による日本での力価再測定が終了
→全て規格内
8月23日(香港):
 自主回収開始


 以後は全て日本国内での状況。

8月25日:

 日本血栓止血学会学術標準化検討委員会血友病部会のメーリングリストにコージネイトFSの海外における自主回収の情報が投稿→同日バイエル薬品より国内に入荷したロットには規格の逸脱はないことが報告される。
 バイエル薬品に対し不明な点はあっても初期に第一報を出すべきであり、今後の計画をわかる範囲で順次公開していくべき、と要望。

8月26日:
 日本での力価再測定結果を厚生労働省血液対策課、監視指導・麻薬対策課、経済課に報告。
 以後、1ヶ月毎に力価モニタリングを行い、継時的に確認していくことを報告。

8月29日:
 バイエル薬品から血友病部会に情報提供。新たに提供された情報は以下の通り。

  1. 日本本社にグローバルから連絡があったのが、7月8日。グローバルでは既に昨年11月時点で異変とその原因を把握していた模様。
  2. 日本本社に連絡後1週間以内に、本社の監督局である大阪府へ報告。またその次の週には厚労省血液対策課へ報告。
  3. 米国において2014年1月~2015年11月に製造されたロットのうち、影響を受けるロットが特定され、日本では滋賀工場において米国で特定されたロット(海外で自主回収となったロットは日本に入っていないが、同時期製造で日本に輸入されたそれ以外のロット)の試験を行っている。
  4. その結果が出たのが、先週。また今後も定期的にモニタリングしていく予定。
  5. 4ロット分、通常より力価の落ちが早いものを発見。厚労省に改めて相談し、自主回収を提案する予定。
  6. 現時点で公表は、厚労省に報告し自主回収となってから、と考えている。
  7. 海外での回収国は前述の米国、カナダ、スペイン、英国、スイス、香港に加え、ポルトガル、チェコ、フランス、中国。
  8. 長期安定性の力価低下の原因は、製造工程のチューブ接続ポイント等に使用している滅菌液に含まれる過酸化水素水の残存したものが影響している可能性。
  9. 2015年11月以降は過酸化水素の使用を中止し、熱水処理した接続部を清浄度の高い環境下で接続する方法に変更。
  10. 定期的モニタリング中で有り、当局には相談中。
  11. コバールトリイは、コージネイトとは異なる製造設備で製造している。チューブの接続ポイントが無いため、(「当日はオートメーション化」と表現)滅菌に過酸化水素は使用していない。今のところ力価低下の報告は出ていない。

9月18日:
 1ヶ月後の力価再測定が終了し、力価の低下傾向が判明。

9月21日:
 バイエル薬品が現時点では規格範囲内ではあるが、力価低下の傾向が見られた全てのロットについて自主回収を決定。

9月26日・27日:
 バイエル薬品より大阪府、血液対策課、監視指導・麻薬対策課、経済課に力価低下傾向を示す31ロットの自主回収開始について報告。

10月2日:
 血友病部会2016年度第2回会議において、部会委員に対しバイエル薬品より状況説明

  • グローバルでの把握から日本本社における対応について。
  • 力価低下の原因は、滅菌に用いた過酸化水素の残留が考えられること。
  • 現在の製品では、滅菌方法が変更となったので力価低下はないこと。
  • 過酸化水素は人体にもともと存在し、かつ混入したと思われるものは微量なため、人体には影響がないと考えられること。
  • 現在規定を下回る力価の製品はないが、モニタリングの結果より力価の低下傾向がある31ロットを10月3日に自主回収することにしたこと。

 これらに対して、部会員から様々な質問がなされ、下記のような要望が提出。

  • 医療機関(院外薬局、卸を含む)宛及び患者向けの文章を推敲し、修正すること。
  • 医師が問われたときに、困らないためにQ&Aを早急に作成し、配布すること。

10月3日
 平成28年度血液事業部会臨時運営委員会議にてコージネイトFSの自主回収問題が審議される。同日、クラスⅡの自主回収に着手。
 医薬品卸に対して回収の情報を伝達。

10月4日:
 回収情報を一般に公開。

10月13日:
 バイエル薬品より、血友病部会に対し医療従事者向けのQ&Aが公開。

10月24日:
 バイエル薬品より血友病部会に対し患者向けのQ&Aが公開。あわせて、ヘモフィリア友の会にも送付、さらに、弊社営業担当者から患者へのご説明のために必要な場合に備え、一般の医療従事者にも公開。

11月8日:
 血液対策課、経済課に10月末までの回収状況、安全性モニタリング、在庫状況を報告。

12月7日:
 血液対策課、経済課に11月末までの回収状況、安全性モニタリング、在庫状況を報告。

12月14日
 平成28年度第4回血液事業部会運営委員会議にてコージネイトFSの自主回収に関する11月末現在の現状報告が資料として配布。記載内容は以下の通り。

  1. 医療機関及び薬局へのお知らせとお詫びの伝達
     10月3日より開始、10月31日には対象医療機関並びに薬局への伝達を完了。
     順次患者様まで伝達されている。
  1. 自主回収の実施状況
     回収数量は各容量(250IU、500IU、1000IU、2000IU)により0.1ヵ月~4か月分と予測していたが、11月末までの回収状況から考えると、予測より少ない数量になると考えられる。
  1. 自主回収開始後の在庫・供給状況
     回収・代替え数量が予想より少量であったことと改善後の製品の輸入が順調であることから、バイエル薬品において十分量の在庫が確保出来ており、安定供給に支障を来す兆候はない。
  1. 弊社への問い合わせ状況
     自主回収開始同日からコールセンターを開設し、11月は24時間体制で問い合わせ対応。11月末現在までに受けた問い合わせ件数は74件で、問い合わせ元は医療機関関係者からが約80%、内容としては返品・代替方法等流通関係が約80%であった。
     なお、11月に入ってからは1~3件/週の程度になり、問い合わせは収束に向かっている。
  1. 安全性に関する状況
     グローバルの情報を含め、回収対象ロットによるインヒビター、出血の増加や、特記すべき安全性の懸念は認められない。
     また、回収対象以外のロットも含めたグローバル全体でのインヒビターの発生傾向は、過去のばらつきの範囲内。自主回収開始後に全ての副作用や出血事象報告が一時的に増加したが、10月の報告数は減少しており、回収によって報告が喚起されたと推定している。
  1. FVIII活性のモニタリング状況
     回収対象ロットについて、国内の参考品の力価を継続的に試験している。回収開始後1.5か月を経過した時点で、規格値(表示力価の80%)を下回るに至ったロットが2バルク(4包装ロット)に認められた。

2017年2月9日:
 大阪府に回収終了報告を提出し、受理。

2月14日:
 血液対策課・経済課に回収終了報告とともに、継続して安全性モニタリングの監視をしていくことを報告。

 法的側面

 今回のコージネイトFS自主回収においてバイエル薬品日本法人は、製剤の力価低下問題が伝達されてから、速やかに規制当局に連絡を行い、その後の対応も随時規制当局との話し合いの元で決定されているため、法的には何の問題もない。製造プラントの一部の消毒方法が変更になっているが、それは「医薬品の製造方法」の中に規定されるものではないため、これについての届出の必要もない事象であった。

 医学的側面

 今回回収されることになったコージネイトFSの問題点は、「バイアル内での活性値の低下が通常より早い」ことにあり、製剤の投与効果が予想を下回る可能性が考えられるものの、異物や病原体の混入などとは違う。このため、直接人体に悪い影響を与える可能性は低いだろうと思われる。しかしながら、力価の低下が早まる原因が、第Ⅷ因子蛋白の変性であるなら、インヒビターの発生率が増加(または減少)する可能性があるかもしれない、と考えられる。ただし、インヒビターの発生機序自体が解明されていないため、現状では製剤の変更によってインヒビターの発生頻度が増加するかどうかは、誰にも予想ができない。当然、蛋白の変性によってインヒビターの発生頻度が増加するかどうかも、誰にも予想ができず、時間をかけて検証しないかぎり判断はできない。従って、現状ではそのリスクがあるともないとも言えない状況と思われるが、少なくともこれまでに力価の低下が早いロットを使用した患者のインヒビター発生率が増加しているという報告は出ていない。

 結局、米国においてコージネイトFSは、有効期限内に米国の基準の活性値を逸脱した・する可能性が確認されたため、7月にそのロットの回収を開始しただけであり、日本においては、バイエル薬品日本法人の施設において測定した力価が日本の基準を満たしていたために、「すぐに」回収する必要がなかっただけである。その後、バイエル薬品日本法人は定期的な活性値のモニタリングを行い、活性値が有効期限内に日本の基準値を超えて低下する可能性が確認できたため、結局米国より3ヶ月遅れて自主回収に踏み切ることになった。

 早期に回収が行われた国々の中には、日本と同じ力価の基準を採用しているEU諸国の国々も含まれていたが、回収のタイミングはその国々の規制当局と協議して決定されている。バイエル薬品の自社施設で製剤の力価測定ができる国は、米国以外ではイタリアと日本に限られていることから、力価測定ができない国々は米国の回収にそのまま追随する形で回収を決定したのかも知れない。逆に、日本は国内の自社施設で力価が測定できてしまうために、厚生労働省との話し合いの上、ちゃんとデータが出るまでは回収に踏み切らないことになっただけ、なのかも知れない。

 情緒的側面

 バイエル薬品は、2001年にコージネイトからコージネイトFSへの製造移行に失敗し、1年弱の供給不足・欠品を引き起こしていることから、血友病に関係する医療従事者及び患者は、バイエル薬品の今回の回収について「またか」という感想を抱くことになった。そして、米国では7月21日に回収になっていたのに、8月25日に問い合わせるまで、コージネイトFSの回収に関する情報開示がなかったことから、医療従事者も患者も、「日本で回収にならないのはなぜか?」「本当にコージネイトFSは安全なのか?」「発表が遅れたのは、発表できない何か理由があるのではないか?」などの疑念を抱くことになり、これがバイエル薬品に対する不信感を増悪させたと思われる。

 もし米国の7月21日の回収時点で、①米国工場から出荷後、定期的な力価測定おいて、2015年11月以前に製造された一部の製品に、力価が通常より早く低下する傾向がみられ、基準値を下回るロットを回収することにしたこと、②日本本社にはグローバルから7月8日に連絡があり、早々に本社の監督局である大阪府と厚生労働省血液対策課へ報告していること、③日本と米国では、有効期限内における因子活性の基準値が異なるので、米国で基準値を逸脱していても、日本の基準では規定範囲内ということが起こりえること、④米国において2014年1月~2015年11月に製造されたロットのうち、影響を受けるロットを特定し、現在滋賀工場において、特定されたロットの安定性試験(残存因子活性測定)を行っていること、⑤力価が通常より早く低下する傾向があっても、止血効果や安全性は通常の製品と変わらないこと、⑥万が一、力価が基準を下回った製品を使っても、健康への影響はないと考えられること、⑦副作用を含め、これに関連する効果や安全性の問題は、日本でも海外でもみられていないこと、⑧安定性試験の結果や力価低下の原因などは、判明次第報告すること、等の情報が広く開示されていれば、ここまでバイエル薬品に対する不信感が増幅されることはなかったのではないか、と筆者は推測する。

 上記の①~⑧の情報は、7/13の時点でおそらく厚生労働省には報告していると推測されるが、結局、医療従事者や患者への情報開示が8/25まで遅れた理由は不明である。バイエル薬品が故意に発表を控えたためかどうかは我々にはわからない。もし、故意に発表を控えたのであれば、それがバイエル薬品ドイツ本社の意向なのか、バイエル薬品日本法人の意向なのか、厚生労働省の意向なのか、も我々にはわからない。そこには、何かしらちゃんとした理由があったのかもしれないが、インターネット上で世界の状況が確認できる現在、グローバルで販売されている医薬品の回収に関する情報の開示が、他国に比べて著しく遅くなること自体が問題であろうと思われる。

 そしてもし、情報開示の遅れた原因が故意に発表を控えたためではなく、「早く情報開示をした方が良い」とバイエル薬品日本法人や厚生労働省の関係者が気づかなかったためであるなら、それは情報開示の重要性を関係者が全く理解していないことになり、さらに一層根深い重要な問題であると思われる。