「自己注射の意義とその実際」 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

「自己注射の意義とその実際」

夏合宿2016報告〈2日目〉

「自己注射の意義とその実際」

和歌山医科大学附属病院 小児科 辻本 弘 医師
日 時:8月7日(日)9:00-9:45
場 所:あたらし屋、213号室

 皆さん、おはようございます。和歌山県立医科大学小児科の辻本と申します。今日は、こんなに大勢の方々に集まっていただきました。夏休みの日曜日の朝というのは、大人の方にとってはいちばんくつろぎたい時、子どもさんにとってはいちばんテレビが面白い時に、私の話を聞きに来てくださってありがとうございます。今日は、注射のことなど、皆さんと一緒に勉強していきたいと思います。大人の方たちにとっては、おそらくこれまでにたくさん聞かれたことのあるお話も多いかと思うので、少しおさらいという形になるかもしれませんが、一緒に聞いていただければと思います。

 
夏合宿2日目ですが、改めまして、ようこそ、和歌山県へ。地元の和歌山からお集まりの方もいらっしゃると思うのですが、大勢の方が他府県から来られていると伺っています。
 
今日は、せっかく他府県からもたくさんの方に来ていただいていますので、和歌山名物をお土産に持って帰ってもらえたらと思うのですが、和歌山の名物は何か知っていますか?みかんや梅もそうなのですが、皆さんが今思い描いているのはこれだと思います。「紀ノ國戦隊紀州レンジャー」です(笑)。ご存じないですか?すごく有名なヒーロー戦隊で、「紀州レンジャーとは和歌山の素晴らしい自然や環境を守るため、県を代表する特産物から誕生した正義の味方である」という但し書きが付いています。メンバーですが、リーダーは真ん中の赤、ウメレンジャーです。黒いスミレンジャー、黄色いミカンレンジャー、緑のメハリズシレンジャー、太刀魚のタチレンジャー、ピーチレンジャー、クジレンジャー、そしてキンザンジミソレンジャーがいます。さらにカキレンジャーがいて、この夏合宿が行われている加太出身のタイレンジャーがいます。

 
こんな10人組が和歌山では有名なのですが、実は私たちの身体の中でも、いろいろなレンジャーたちがせっせと活躍してくれています。食べたものを栄養にして取り込んでくれる役割をしているものもあれば、その栄養を運ぶものもありますし、身体を動かそうとするものもあれば、骨を作って伸ばそうとするものもあります。その中には、血を固めるという働きをしているレンジャーもいます。その話を少しさせていただこうと思います。


 スライドの図は、サッカー少年が足を擦りむいて怪我をした時の止血の仕組みを表しています。皆さんもご存じだと思いますが、心臓が血管という管、ホースの中に血を流していて、それが栄養や酸素などの成分を全身に行き渡らせています。怪我をすると、その血管という管が破れて血が出てくるのです。この時に、そのまま放っておいたら血がどんどん漏れ出て止まらなくなってしまいますので、これを止める働きをしているレンジャーたちがいます。スライドの図では黄色い粒で表現していますが、まずはこれらの黄色い粒たちが血管の破れた場所に集まって軽くフタをします。この黄色い粒を血小板といいます。これでもまだ少し血が漏れ出ているので、今度は凝固因子というものが集まってきて、きちんと傷口を固めてくれます。こういった図はインターネットでも製剤メーカーのホームページなどで見られますので、また見ていただければと思います。血が出た時には、まず血小板が傷口を固めてくれて、そこをより強力に固めるのが凝固因子ということになります。

 
凝固因子とは何かというと、まず凝固とは「固まる」という意味です。血小板がとりあえず塞いでくれた傷をさらに強く固める役割をしていて、これは一人でやっているのではありません。1番から13番までのたくさんのレンジャーたちが次々にバトンタッチして、血を固めるためにがんばってくれています。

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 このスライドの図も、メーカーのウェブサイトから取ってきたものです。XIIからXI、Ⅸ、Ⅷ、Ⅹ、Ⅴ、Ⅱ、Ⅰといろいろな因子が順番にバトンタッチして、最終的にフィブリンという血を固める成分がカチカチにしてくれます。こういった連係プレーがあって、みんなの血は固まっているわけです。




 ただし、この中の一つが休んでいたりすると、途中でバトンタッチができませんので、最後まで仕事ができなくなってしまいます。凝固因子たちの仕事は血を固めることなので、最後まで仕事ができなくなると血が固まりにくくなって、傷口をずっと押さえてはいるのだけれどなかなか血が止まらないということになります。皆さんが注射しているのは、この休んでいるメンバーに身体の中で活躍してもらうためです。




 この注射をすることを補充療法と言うのですが、血友病という病気にはAとBという2つのタイプがあります。血友病Aの人は8番目の因子がお休みしているので、その第Ⅷ因子という薬を打ってあげることが必要になります。血友病Bの人は9番目の因子が休んでいるので、第Ⅸ因子を注射することになります。ただ、一度注射をすればおしまいではありません。注射した凝固因子はだいたい2、3日はがんばってくれるのですが、その後はまた休んでしまうからです。ですから、2、3日経ったらまた注射して、がんばってもらわないといけません。
 
これは私たちも同じようなものです。例えば小・中・高校生だったら、「夏休みが始まった!宿題がたくさんある!さっさと終わらせてしまわないといけない」と言って、夏休みの最初の1日目はすごくがんばってドリルなどをやります。次の日は「昨日たくさんやったから、これぐらいでいいだろう」となり、3日目ぐらいに「もうやらないでおこうかな」となったところでお母さんやお父さんに怒られて、またがんばり直すということを繰り返していかなければいけません。凝固因子もこんな感じなので、2、3日経てばその都度注射をしてもらっているのです。



 いつ注射するのかということですが、まずは先ほどのサッカー少年のように怪我をして血が出た時です。血が止まりにくいので凝固因子を注射して、出ている血が早く止まるようにします。もう一つは、運動をする時です。例えば学校で今日は体育の授業があるとか、遠足でたくさん動く予定があることが最初から分かっているような場合です。そういった時は、その日の朝に注射をしておけば、その日は出血することなく、みんなと同じように元気に楽しむことができます。また、何もなくても注射をする日を決めておくという方法もあります。例えば月曜日と木曜日に注射をするとか、月・水・金で注射をするなどと決めておくと、何もない日でも出血が起こらないようにずっと予防しておくことができます。この方法の良いところは、普段から出血を予防でき、安心して学校に行ったり仕事に行ったりしてもらうことができるところです。




 血が出たらどうなるでしょうか。どんな症状が出るのでしょうか。スライドでは、また先ほどのウメレンジャーに登場してもらいます。例えば、もし頭の中で血が出るようなことがあったら、吐き気がしたり、すごく頭が痛くなったりします。また、鼻血や、歯磨きをしていたら口の中から血が出てくることもあるかもしれません。あとは、よく動くところはやはり出血しやすいです。これは切り傷などで外に出てくる血ではなくて、関節の曲がるところなどの外からは見えないようなところで血が出ているので、痛かったり、熱い感じがしたり、腫れてきたりします。また、膝や太ももなどから、目には見えないけど腫れるような出血があった時には、その膝や太ももは動かしにくくなります。頭からの出血などという時にはすぐに病院に行ってもらいたいのですが、関節や筋肉などの動かすところで出血していて、それに気づかずに注射ができなくてずっと出血が続いてしまうと、だんだん何もなくても動かしにくくなったり、痛みが続いてしまったりするので、皆さんには日を決めて注射をしてもらっているのです。





 
血が出たらどうすればいいのでしょうか。皆さん、もうやってくれている方が多いと思いますが、まず凝固因子を注射します。その他にも、しておいた方がいいことがあります。それは、出血している部分を安静にすることです。英語で言うとRest(レスト)です。「休憩する」という意味です。そして、冷却することです。Ice(アイス)、「冷やす」という意味です。また、圧迫すること、Compression(コンプレッション)です。プレスとは「押さえる」とか「圧」という意味です。そして、挙上すること、Elevation(エレベーション)です。エレベーターのエレベートでエベレーションです。英語が得意な人は、こちらでカッコよく覚えていただいてもいいと思います。
 
絵でいえばどうなるかというと、スライドの通りです。まず「安静にする」ですが、例えば膝が痛い場合には、まだ走り続けるのではなくて、少し休憩することです。そして、痛いところがあれば冷やしてあげます。「圧迫」に関しては、血が出ているところがあればそこを押さえて血を止めてあげます。そして、「挙上」、横になって少し足を上げてあげます。スライドの絵のような姿勢をとってください。ただ、逆に痛みが強くなる時は無理しなくてもいいです。
 
これら4つの頭文字をとって、英語ではカッコよくRICE(ライス)と言います。Riceは日本語では「米」という意味なのでカッコいいのかどうか分からないのですが(笑)。ただ、英語でこの4つを覚えるのは難しいかもしれないので、私は日本語での覚え方を考えてきました。少し順番は変えているのですが、「圧迫する」は「押さえる」、「安静にする」は「休む」、「冷却する」は「冷たくする」、「挙上する」は「上げる」と言い換えて、これらの最初の文字を続けて読むと「お・や・つ・あげる」になります。このように覚えてください。
 
これは辻本流で、本で調べても「おやつあげる」は書いていません。小学校などの避難訓練で「押さない」、「走らない」、「しゃべらない」で「おはし」と覚えるように、この方が覚えやすいという人は、血が出たら注射して「おやつあげる」。これで覚えてみて下さい。




 次にどこで注射するかです。皆さんはどこで注射してもらっていますか?最初は病院で主治医の先生や看護師さんに手伝ってもらってやると思います。それから家で始めることになると思いますが、これを家庭注射といいます。家庭注射の良いところは、出血したらすぐに注射できるところです。病院まで30分かかるとか、遠ければ1時間かかってしまうという方でも、薬さえ家にあれば今すぐ注射をすることができます。そうすれば、その分血は早く止まりますし、痛みも早く治まるはずです。また出血が軽く、少ない量で済みます。さらに、病院が閉まっている時間でも、いつでも注射することができます。





 
ただし、家で注射している皆さんに守ってもらいたいこともあります。ずっと家庭での注射を続けてもらっていると、だんだんとそれに慣れてきます。そして、高校生や大人になると「一人で注射できるし、ずっとそうしているから」と言って、注射をもらう以外に病院から足が遠のく方々がいらっしゃるのですが、時々は病院へ行ってください。長くても3ヶ月に1回ぐらいは主治医の先生とお話をする機会は持ってもらいたいと思います。この時に、きちんと家で注射できているかどうか、出血の回数はどうか、「週に3回打っているのだけれど出血はこれぐらいだ」などといった相談をして、例えば薬の量を変えてもらう必要があるのかどうか、回数をどうするのかなどを決めてもらいたいのです。そのためには、いつどれだけ注射して、どんな時にどこで出血したか、例えば首が痛くなった、肘が痛くなった、膝が痛くなったなどという記録を書いておいて、病院にかかった時にそれを先生に見せて、いろいろ相談してもらいたいと思います。今はスマホのアプリなどのコンピューターで記録することもできます。製剤メーカーのウェブサイトなどからアクセスすることもできますので、わりと手軽に記録することができます。少し面倒と思われるかもしれませんが大事です。
 
さらに、薬の量や回数は守ってください。薬の量が足りていないような気がするとか、毎日打たなければいけないようなことがあるなどといった時は、主治医の先生にきちんと相談をしてください。例えば、体重によって薬の量は変わりますので、増やさなければいけないとか、適正な薬の量などを決めてもらってください。あとは、他の人の薬を使ったり、自分の薬を他の人にあげたりすることはやめてください。また、使い終わった針や注射器は、普通の生ゴミなどと同じゴミ袋には絶対に捨てないようにしてください。特に針は突き破らないようなビンや箱に入れて、きちんと病院に持って行って処理をしてもらうことを守ってください。
 
また、出血の症状が強くて、すごく痛くて腫れてきて動かなくなってきたとか、出血しているのかどうか分からないけど、すごく強く頭を打ったとか、大きな怪我をした時や、注射をした方がいいのか迷う時、例えば、そこまで痛くないのだけど何か変な感じがするなどといった時は、主治医の先生に相談してください。また、そういった何かムズムズした違和感があるけど、主治医の先生とすぐに相談できない時は、一度注射を打ってみてもいいかもしれません。それでその変な感じが治まるのだったら、おそらくそれは軽い出血をしていたという判断ができます。




 
家で注射している皆さん、あるいは今はご家族に手伝ってもらって注射している方も、これから自分一人で注射をする時には守ってほしいことがあります。まずは、清潔にきちんと手洗いをして、安全に注射してください。例えば走りながら注射するとか(笑)、そんなことはやめてほしいと思います。手を洗ってきちんと座る。針を刺す前に血管のところを消毒する。あとは、針先を手で触ったりしない。また、薬のビンに付いているゴム栓、これが付いていない薬もあるのですが、ここも清潔なので手で触ったりしない。そして、後片付けをきちんとしてください。先ほど言ったように、針は針用の箱に、ビンはビン用の箱に、注射器は注射器用の箱に捨てるという形できちんと分別して、病院で処分してもらってください。注射の後は、血が止まるのを確認するまで、針を刺したところをしっかり押さえてください。ただ、どうしても上手くいかない時もあると思います。「3回やったけど・・・」などという時は、病院に行って上手な先生に打ってもらってください。





 
今日のまとめですが、凝固因子を注射することで、皆さんは他のお友達と同じように遊んだり運動したりすることができます。さらに、家で、または自分で注射できるようになれば、運動会や遠足、そして今日のような旅行にも安心して行けます。もしそういうところで出血しても早く止められるし、その分軽く済ますことができます。自分で注射ができるようになると、安心して元気いっぱいに運動や遊び、イベントを楽しむことができるのです。



 先ほど言ったように、慣れてくるといろいろなやり方を自分で思いつくかもしれませんが、あまり危険ではない方法で、安全にルールを守って、「上手になってきたから走りながらやってみようかな」とかそういうことはやめて(笑)、正しく家庭注射、自己注射をやっていってください。以上で私からの話はおしまいです。ありがとうございました。

 

<質疑応答>

会場:
 この機会に先生に何か質問がある方、よかったら先生にいろいろなことを教えてもらってください。

Q:
 大人から質問です(笑)。先ほど先生は「最低でも3ヶ月に1回は病院に来てください」とおっしゃっていましたが、3ヶ月に1回でいいのですか?もう少し短い間隔の方が良くないですか?

辻本:
 「病院には毎月行くように」とはよく言われることなのですが、お仕事をされている方など、いろいろなご都合もおありかと思いますので、「長くても3ヶ月に1回は病院に来てください」という意味合いです。ただし、その方の出血の症状や関節の症状などで、もう少しこまめに病院へ来られた方が良い方ももちろんいらっしゃると思いますので、そこは主治医の先生との相談で、もう少し短い間隔で来てほしいと言われることもあると思います。

Q:
 順調に調子良くいっているのであれば、3ヶ月に1回の受診でもいいということですか?

辻本:
 そうですね。長くてそれぐらいです。

Q:
 外来の診察に行った時に、先生はお母さんや子どもたちからどんなお話を聞きたいですか?

辻本:
 やはりいちばん大事なのは出血症状です。きちんと出血がコントロールできているかどうかが、まずはいちばん大事なことだと思います。例えば、曜日を決めて打ってもらっているけど何か上手くいかないことがあるかどうかといったことです。運動の習慣がある小学生以上の学生さんで、月曜と木曜に打っているのだったら、その運動のタイミングと打つ曜日がきちんと合っているのかどうかという話をします。もし出血が続いているのであれば、そういうことを考えなければいけないかもしれないので、まずは出血症状がどれくらいあるかということをお聞きします。上手くいっている方に関しては、そのまま同じように続けていっていただいたらいいという話をすることがほとんどだと思いますが、そうではない方の場合は、輸注量が合っているのかどうか、生活の習慣と打つタイミングが合っているのかどうかなどという話になると思います。

Q:
 
今の質問に関連することなのですが、基本的に定期投与は出血させないためにしています。ですから、もし診察の後に、例えば足首を腫らして3日間歩けなかったなどということがあれば、必ずそれは次の診察の時に報告をしなければいけないのですか?

辻本:
 
そうですね。それはぜひ教えていただきたいです。

会場:
 
では辻本先生、今日はありがとうございました。