「薬害エイズ」事件の裁判経過 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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「薬害エイズ」事件の裁判経過

(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局長 太田裕治)


 米国由来の血漿を原料とする非加熱血液製剤によって、およそ1500人の血友病患者らがHIVに感染した「薬害エイズ」事件は、帝京大学病院での血友病患者のHIV感染事件(第1の公訴事実)と関西の大学病院での肝臓病患者のHIV感染事件(第2の公訴事実)の二つの事件(いずれも被害者は非加熱血液製剤投与により、後にエイズを発症して死亡)をめぐって3つの刑事裁判へと展開し、いずれも業務上過失致死事件として検察によって「産・学・官」三者の責任が訴追されてきました。これらは、マスコミによって、製薬企業旧ミドリ十字(現、三菱ウエルファーマ)歴代3社長を被告とする裁判を「ミドリ十字ルート」、元帝京大学安部英副学長を被告とする裁判を「帝京大ルート」、元厚生省薬務局生物製剤課長を被告とする裁判を「厚生省ルート」と呼ばれてきました。

 これまで、本誌では3つの刑事裁判の経過を追ってきましたが、今年に入って、それそれが重大な局面を迎えることになりました。すなわち、最高裁に上告されていた「ミドリ十字ルート」では、本年(2005年)6月29日に最高裁が被告人による上告を棄却したことによって、2被告の実刑判決が確定し、「帝京大ルート」では本年(2005年)4月に安部被告が死亡したことにより、東京高等裁判所は5月13日公訴棄却を決定しました。また、「厚生省ルート」は本年(2005年)3月25日に東京高裁で判決公判があり、被告側が一部有罪の控訴審判決を不服として最高裁に上告しました。したがって、1997年から始まった一連の「薬害エイズ」刑事裁判も、厚生官僚の過失責任を問うた「厚生省ルート」の確定判決を残すのみとなりました。

 本稿では、終了した二つの刑事裁判の経過について簡単に触れつつ、上記二つの事実を訴因として公訴された「厚生省ルート」における控訴審判決の内容を中心に報告し、これらの刑事裁判の意義や判決の影響、そして裁判後の展開について私見を述べたいと思います。

 血友病患者のHIV感染と医師の責任

 「帝京大ルート」では、第1の事実を訴因として、当時帝京大学第一内科の部長職にあった安部英医師の責任が問われ、第1審の東京地方裁判所は被告人無罪の判決を下しましたが、検察によって控訴された東京高等裁判所では、結審を前にして安部被告が心神喪失の状態になり、裁判所の決定により公訴が停止していました。その後、今年の4月に安部氏が死亡したために、東京高裁は公訴棄却を決定しました。安部氏と言えば、血友病の権威であり、1983年6月に設置されたエイズ研究班(エイズの実態把握に関する研究班)の初代班長でもありますが、第1審で東京地裁は、安部氏をも「通常の血友病専門医」としての注意義務を過失の判断基準にして、非加熱血液製剤による治療方針を貫いた責任を問うことなく無罪判決を下しました。

 これを不服として検察が控訴した第2審では、第1審で提出された事実を補完するために、数名の医師や被害者本人の尋問が行われましたが、東京高等裁判所の河辺裁判長は自ら積極的に補充尋問を行い、結審(最終弁論)前の公判(2003年12月16日)に証言台に立った安部氏の元部下であった風間睦美氏に対し、「当時、血友病、エイズについて、最先端の情報を集めることができた医師は誰か。」と問い、風間証人から「安部先生ではなかったか。」との証言を引き出しています。このあと、年が明けて2月に公判停止が決定したために、今となってはこの証言を引き出したことがどのような意味を持つのかは不明となってしまったのですが、その後の安部氏死亡及び公訴棄却まで1年強の間、公判停止状態を裁判所が維持していたことから、私は高等裁判所が「必ずしも無罪とは言えない」程度の心証は持っていたのではないかと推測しています。なぜなら、刑事訴訟法上は被告人が「心神喪失」の状態にあっても、被告人に有利な判決が出ることが明らかな場合は、判決公判を開くことができるからです。また、後にも出てきますが、同じ裁判官で構成する「厚生省ルート」控訴審判決において、東京高裁が第1審判決を支持して第1の公訴事実について無罪とした(安部氏死亡前の3月25日判決)ことを受けて、安部氏の代理人(「厚生省ルート」松村被告と同じ弁護団)が東京高裁に対して安部被告に無罪を言い渡すようにとの申し立てを行った(本来このような申し立て手続があるのかどうか分かりませんが)のですが、裁判所は「無罪にすべき明らかな場合には当たらない」として、「(公判)停止決定の取消も控訴棄却の判決(無罪)もしない」との見解を述べています。いずれにせよ、安部氏が亡くなってしまったので真相は闇の中ですが、「第1審無罪」という事実が残るものの、第2審は極めて有罪に近い判断を匂わすような玉虫色の公式見解が残ったとの感じを受けます。

 製薬企業の第一義的責任

 「ミドリ十字ルート」では、第2の事実を訴因として歴代3社長の責任が問われ、第1審の大阪地方裁判所は3人全てに対し禁固刑の実刑判決を下しました。その後、3被告のうち一人が死亡して公訴棄却となりましたが、控訴審でも残った2被告に実刑判決(1年2ヶ月と1年6ヶ月の禁固刑)が言い渡され、事件は最高裁判所に上告されておりました。そして、本年(2005年)6月29日、最高裁第三小法廷は元2社長の上告を棄却する決定を下し、これにより2被告に対する禁固刑の実刑判決が確定しました。これは、「薬害事件」としては初めての有罪確定判決であり、「薬害エイズ」がこれまでに類をみない企業犯罪として名を残すことになったとともに、今後、薬害における製薬企業の第一義的責任(法的責任)及び社会的責任が意識される契機になると考えられます。

 ただ、訴因となった公訴事実については、既に安全な加熱製剤(加熱血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤:商品名クリスマシン-HT)が認可を経て発売されていた1986年1月から3月にかけてミドリ十字が関西の大学病院に販売したものであり、当該病院の医師は同年4月に非加熱製剤を肝臓病患者に投与したものですから、極めて悪質性の高いものと言えます。この点、裁判所は、この時点では非加熱製剤投与からエイズ発症の危険性を十分認識でき、加熱製剤の有効性、代替性もクリアしていた時期であったにもかかわらず、被告らはその社内方針として、国内血原料使用という虚偽宣伝を用いて、加熱製剤に比して利益幅の大きい非加熱製剤の販売促進(在庫処分)を営業部員らに指示した、と認定しています。またその一方で、被告人の情状酌量を斟酌する事情として、当時の厚生省が加熱製剤販売後も非加熱製剤の販売を制約するような指導、助言などを一切しなかった点を挙げています。

 行政官の不作為による過失責任

 最後に残った「厚生省ルート」は、元厚生省薬務局生物製剤課長・松村明仁被告が第1の事実と第2の事実の双方を訴因として刑事責任を問われた裁判ですが、昨年10月に控訴審が結審し、本年3月25日判決公判が開かれました。この控訴審において、東京高等裁判所は、第1審が下した一部無罪(第1の公訴事実)、一部有罪(第2の公訴事実)による禁固1年、執行猶予2年の判決を支持し、検察、被告双方の控訴を棄却しました。そして、被告側はこの控訴審判決を不服(有罪部分について)として最高裁判所に上告しましたが、検察は刑事訴訟法上で認められた適切な上告理由が見あたらないとして最高裁への上告を断念しました。この検察の判断が意味することについては後ほど述べるとして、まずは控訴審の判決について考えてみたいと思います。

判決要旨

 この判決については当然のごとく、私たち薬害裁判の支援者もしくは市民の立場からして、批判すべき点と評価すべき点が存在します。

 まず、第2公訴事実について裁判所が下した判断は、これまで行政の裁量範囲とされてきた医薬品の販売停止や回収措置について、当該医薬品の危険性が高度に認識できる状況になれば、担当行政官は、他の関係部局にも指示して、積極的に権限を行使し危険を回避する措置を講ずべき義務があるとして、行政官の不作為による過失を認定した点では画期的であると言えます。また、従来の縦割り行政にメスを入れた点でも評価できます。つまり、従来なら、国民の健康に危険が迫っているからといって、行政官が怠慢で何ら危険回避の措置を講じなかっとしても、(故意に危険な状態を作ったのではないので)刑法上の責任を負わされることはなかったのが、何もしないことは罪になると司法が認めたことになったのです。

 これを第2の公訴事実に当てはめれば、HIVに安全な加熱処理した血液製剤が日本で使える状況になった(1985年12月末)のに、未だ医療機関などに残っている危険な非加熱血液製剤を回収する措置やミドリ十字に対する販売停止を指示しなかったことが行政の犯罪だということになります。この司法の判断により、厚生労働省は今後各課横断的に協力して医薬品の安全性確保に努める義務が生じることになり、そのような体制を省全体で構築することが期待されます。

 ところが一方、控訴審で裁判所が被告の危険認識や結果回避義務を認定するにあたって、一貫して厚生省内に設置された審議会・委員会の意見や答申を根拠とした点は受けいれがたいものがあります。これまで日本における行政の施策決定プロセスは、社会の批判の的になっていました。つまり、重要な案件には、いつも行政側にとって都合の良い専門家委員を集めて審議会を構成し、自分たちの施策・方針に沿った答申を出させて責任を回避してきたところにあります。

 第1の公訴事実に関して、検察は1984年11月頃には血液製剤とエイズに関する危険情報が格段に蓄積され、被告は危険を回避する措置を講ずることが求められる状況にあったと主張してきたのですが、それを控訴審判決は、当時厚生省エイズ研究班の下部組織にあたる血液製剤小委員会(安部氏の部下らで構成された血友病専門医の審議会)が1984年3月に出した最終報告書で、従来どおり原則非加熱血液製剤の使用継続の結論が出ていた以上、厚生省内で方針を転換して措置をとることは不可能であったと認定したのでした。これでは相変わらず責任の所在が不明であり、被害を受けた血友病患者ら多数の犠牲は報われないと思います。行政官僚が政治を動かしているのが日本の実体であり、行政官は専門家集団に意見を言わせて、官僚が描いた施策を実行するといういわゆる「審議会政治」がまかりとおっているのですから、司法はこれを打破して、担当行政官そのものの危険認識を問うべきです。「薬害エイズ」に当てはめるなら、HIVという未知の病原体が血液製剤に混入していて、数や確率はわからないけれども、これを使用した血友病患者はHIVに感染して将来AIDSを発症するかもしれないと考えられた時点で、血液製剤を所管する生物製剤課は他課の協力をも得て、せめてドクターレターなどによって不要不急の非加熱製剤投与を控えさせる措置や何らかの警告を発するべきであった、と言うべきです。帝京大ルートの第1審判決でもわかるように、所詮医学の専門家は、科学的に確たる根拠がないと治療方針を換えるようにとは言いません。クリオ製剤への転換についても、先端医療から後退するような意見を公式見解にすることはありません。それをいいことに、行政官が海外情報などで感じとったことを率先して行わずに怠慢でいられるのです。

 法的責任が明確にならないまま真相究明へ

 未曾有の被害をもたらした「薬害エイズ」の原因が、製薬会社、行政、医学権威者三者の癒着にあり、「薬害エイズ」がこれら三者の利害が複雑に絡まった「構造薬害」あるいは「複合薬害」と言われ続けてきた中での刑事裁判であっただけに、それぞれの裁判に表れた証拠や事実が3つの裁判相互に影響しあうという様相を呈しました。このことは、「薬害事件」の「真相究明」にとっては意義のあることだと思いますが、薬害における「法的責任の所在」を明確にするという点においては、裁判所の判断次第で、どこにも確たる責任を問うことはできない結果を受け容れなければならないこともあり得ます。

 例えば、検察が第1の公訴事実とした帝京大学病院でのHIV感染事件は、「帝京大ルート」と「厚生省ルート」での訴因になっています。これは、加熱処理した血液製剤(加熱高濃縮血液凝固第Ⅷ因子製剤)認可直前の1985年5月から6月の時期に当たります。両方の裁判で被告人無罪となれば、大半の血友病患者のHIV感染に関しては法的責任の所在がはっきりしないということになってしまいます。その点では、残念ながら、「帝京大ルート」が安部被告の死亡によって公訴が棄却され、第1の公訴事実について無罪とされた「厚生省ルート」について検察が上告を断念したことにより、どこにも法的責任が存在しないまま刑事裁判の終焉を迎えたことになります。被告人死亡による公訴棄却や検察が上告を断念したことに関しては、法的責任を問うことの司法的な限界を示していると思います。

 問題は今後の「真相究明」と「再発防止」ということになりますが、「ミドリ十字ルート」をはじめそれそれの裁判が終了していくにしたがって、公開される資料も増えていくものと思われます。「帝京大ルート」では、国内メーカー(ミドリ十字)に配慮したとして、一括承認が問題となった加熱製剤の治験(認可前の臨床試験)について、治験を統括した安部氏の日記も出てくるなど、安部氏が海外で先行して加熱製剤を製造、販売していたトラベノール社の機先を制して、ミドリ十字に配慮した経緯が推認できる事実も出てきていました。また、虚偽宣伝まで指示して非加熱製剤の在庫処分を目論んだミドリ十字の松下廉蔵被告は、厚生省からの天下りであることも確たる事実です。しかし、これらの状況証拠を積み重ねたとしても、安部氏の利権に絡む不当な金銭授受などの証拠は出てこず、当初描かれた「三者間の癒着」と「薬害の発生、拡大」との因果関係は明確には証明できませんでした。私は法の専門家ではないのでよく分かりませんが、このことは動機に当たる部分になるのでしょうか。それはともかく、裁判では、被告当事者の危険認識が最大の争点になり、それが当時の医学的・科学的水準に依拠している以上、非加熱製剤による未曾有の被害は必然的であったと言っているようなものです。司法(裁判所)自体が1985年6月まで(つまり加熱製剤認可まで)の非加熱製剤使用は合法的だという、考えてみれば誰にでも導ける理論でもって厚生行政及び医療を擁護しているように思えます。

 「真相究明」では、やはり行政及び医療のシステム、それらに携わる関係者のモチベーションなどを社会構造や社会的背景に絡めて検証し、「再発防止」に寄与するものであってほしいと思います。