寄稿 vCJDと献血制限 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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寄稿 vCJDと献血制限

vCJDと献血制限


≪筆者≫ 特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事  花井 十伍


 今年2月4日、国の厚生科学審議会疾病対策部会クロイツフェルトヤコブ病等委員会(委員長 東北大学医学部教授 北本哲之)は、我が国初のvCJD(変異型クロイツフェルトヤコブ病)患者の確定を行った。同日、薬事食品衛生審議会血液事業部会運営委員会(委員長 杏林大学医学部臨床検査医学講座 客員教授 清水勝)が開催され、今後の献血時の対応を協議した。同部会は、「薬害エイズ」被害者らがその教訓として、患者が参画した厚生大臣直下の「血液安全監視・運営委員会(仮称)」を設置すべきであるとの国会での議論を踏まえ薬事食品衛生審議会血液事業部会内に設置された経緯から、機動性を重視した構成になっており、他の部会より危機管理的対応を迫られる事も多い。今回は結果として1980年から1996年までに通算1日以上英国に渡航歴がある献血者の献血を制限する措置がとられる事となった。

 「薬害エイズ」の衝撃は、血液製剤の供給に関して安全が最優先されるべきであるとの流れを決定的に方向づけた。血漿分画製剤については原料血漿のスクリーニングと製造工程のウイルス不活化により既知の病原体に関する安全性は飛躍的に高まっている。しかしながら輸血用血液製剤についてはB型肝炎ウイルスを筆頭にウインドウ期の「すり抜け」を完全に防ぐ事はできていないし、分画製剤も輸血用製剤も理論的リスクや未知のリスクに備える事は極めて重要である。ただ実際何をどこまで実施するかを現実に決定する上では常に困難な判断がつきまとう。一昨年、既に製造された血漿分画製剤の中に、NATをすり抜けた血漿が混入していた場合の取り扱いが変更された。海外買血血液由来のプール血漿は、分画製剤製造のためだけに供血された血液を使用しているため、NATをすり抜ければHBVなどのウイルス混入は判らない。しかしながら我が国の献血の場合、同じ献血者の血漿は分画製剤の原料とし、赤血球・血小板は輸血用血液製剤として使用される場合がある。これら赤血球・血小板を使用した患者の輸血感染が判明し、かつ原料血漿の貯留保管期間である6カ月を過ぎプールとなった血漿ロット全体の取り扱いが問題になるわけである。かつて厚生労働省はこうしたロットの製品を回収するよう指導していた。しかし、上述のとおり海外からの輸入製剤ではこうした混入が問題にならないことから内外基準のダブルスタンダードや献血の有効利用の観点から問題があるとの批判があった。結局受血者によって判明した感染血液はプールとして混ぜてしまった後はプールロット全体を回収しない事とした。この措置は、血漿分画製剤のウイルス除去過程に一定の数値基準を定め、理論的には混入するウイルスが1以下になることを条件とした。使用する患者にとっては安全性の後退ともいいうる措置のようだが、一定の科学的根拠と合理性の下で現実に判断する場合「安全性は変わらない」と言い切ることも必要である。今回のvCJDに関しては、そもそもスクリーニング自体が不可能であり、vCJDの原因とされているプリオンが輸血によって感染することはほぼ間違いないものの報告例が少ないという状況の下で、献血血液不足に陥るリスクと感染リスクの比較衡量を求められる。したがって、科学的にはウイルス感染よりはるかに未知の要因が多い中での政策判断は、血漿分画製剤によるウイルス感染リスクの場合のような明確な線引きが困難である。

 血液製剤によるvCJD罹患に関しては、患者が一番多く報告されているイギリスが最もリスクが高いとされている。血漿分画製剤についてはこれまで9人の供血者がvCJDを発症しており、彼らが供血した23件の血漿が原料血漿に混入し使用されたが、現在のところこれらの原料血漿から製造された血漿分画製剤による感染は報告されていない。輸血用血液製剤についてはこれまで15人の供血者がvCJDに罹患しており48人が輸血を受けている。この48人の追跡調査を行っているが、2名の感染可能性例が報告されている。

 我が国では、2000年2月に1980年から1996年までの期間通算6カ月以上イギリスに滞在経験のある献血者の供血を停止しており、2001年3月からはイギリス、フランスを含むヨーロッパ7ヶ国に1980年以降通算6カ月以上滞在した経験のある献血者の供血も停止している。さらに2001年11月には対象国を3ヶ国追加し10ヶ国としている。今回、我が国初のvCJD罹患例確認を受けて、血液事業部会運営委員会は当初、患者のイギリス、フランスにおける滞在期間等が明確でない事等を理由として引き続き調査を行うとともに、患者の献血歴についても速やかに調査し、英国滞在歴等の見直しは安全技術調査会での検討を行うとの結論を出した。しかし、同日厚生労働大臣は「薬害エイズ」の教訓を踏まえてより安全性を重視した対応を行う事を指示、結果として暫定的に英国滞在歴居一カ月以上の献血者の献血制限を日本赤十字社に対して指導する事とした。

 「薬害エイズ」の被害者である患者委員としては全くお株を奪われた形となった訳だが、いささか政治的とは言え厚生労働省のトップが安全に妥協をしないという姿勢を示した事は評価して良いと思う。さらに、一月後の3月7日には、当該患者が1990年前半にイギリスに24日間、フランスに3日間滞在経験があり、イギリスでの食事にMRM(機械的回収肉)含有食品が含まれていた事をあきらかにした調査結果が報告された。同日開催された運営委員会においては、厚生労働省からより踏み込んだ事務局案が提案された。すなわち、1996年までのイギリス、フランス滞在歴1日以上の献血者の供血を停止するというものである。滞在歴1日以上とする案は、6カ月以上か1カ月以上かという議論とは質的に別の議論がでてくる。1日以上の献血者からの供血を停止すると、現状では輸血用血液製剤の安定供給に必要な適正在庫をあきらかに下回るセンターが出てくるからである。安全を最優先した措置で患者が輸血を受けられない結果となれば本末を転倒する結果になることは誰の目にも明らかである。こうした観点から、運営委員会においてもその後の血液事業部会においても何人かの委員から慎重論が述べられた。この間、日本赤十字社の状況報告を受けつつ最終的には献血推進強化と在庫情報管理体制強化を行う事で何とか乗り切れると判断し事務局案どおりの献血制限が決断された。

 結果から見ると現在まで血液不足によって患者が治療を受けられないと言う事態は報告されていない。また、今回の措置を契機に国、自治体、日本赤十字社の連携した危機管理体制が見直され、献血推進の重要性も再認識される事となった。血液不足の懸念から今回の措置に批判的だったある血液センター関係者も、「雨降って地固まるですね。」と感想を述べられていた。個人的にも、血液はあってあたりまえという意識が少しでも是正された事は喜ばしい事だと考える。しかし、今回のこれら決定はもう少し後になって再評価される必要がある。危機管理に関する意思決定は、つねにその時点で最善であると考えて行うしかないが、その決断のプロセスや結果を常に検証し次に生かす作業が重要である点もまた薬害エイズの教訓だからだ。今回の件では、何よりも新たに協力してくれた献血者と献血推進を呼びかけた現場の方々に敬意を表したい。