薬害根絶デー2003 報告 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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薬害根絶デー2003 報告

薬害根絶デーとは

 薬害エイズ訴訟和解後、1999年8月24日に厚生省前に薬害根絶をうたった「誓いの碑」が建設されました。その後、毎年8月24日を「薬害根絶デー」と位置づけ、各地で集会や行政への要請活動が行われています。また、1999年10月に全国薬害被害者団体連絡協議会(以下、薬被連)が発足し、同協議会が毎年8月、中央省庁への要請行動をしています。薬被連主催の2003年度薬害根絶デーは、文部科学省協議、厚生労働省協議(協議内容は全国薬害被害者団体連絡協議会のHP参照)に加えて、薬害肝炎原告団の要求運動、要望書提出が並行して行われました。また、今年は坂口厚生労働大臣が4回目の薬害根絶デーにして初めて式典に出席し、マスコミその他、多くの人の注目を集めるに至りました。

薬害根絶デー2003
日時:2003年8月22日 10:30~17:00
主催:全国薬害被害者団体連絡協議会
スケジュールは下表を参照
 

参考資料

 当日の行動

ビラ撒き情宣・署名活動(数寄屋橋交差点)

 銀座駅付近の数寄屋橋交差点で、薬害肝炎訴訟弁護士(以下、弁護士)、薬害肝炎訴訟原告(以下、原告)、支援者を中心に約30人でビラ撒きを、1時間ほど行いました。ビラ配り中には、付近の警備員に場所を指定されましたが、大きな問題もなく円滑に行われました。薬害根絶デーと薬害C型肝炎訴訟支援を呼びかけ、うちわとビラを差し出したところ、年配の女性の方がよく受け取ってくれた印象が残っています。「若い人はあまりとってくれへん。」や「チラシやうちわを受け取っても、読んでくれるだろうか?」とおっしゃっていた原告の方もおられました。

 チラシやうちわを配っていても、そのチラシを読んでもらって、何か感じてくれるだろうかという疑問は上記の原告の方と同様に自分の中にも残りました。おそらく、大半の人は読みもしないのだろうと思います。それは、自分の経験から、配られたビラなどをじっくり読んだ覚えがないことにも起因しています。実際に配る立場になってみて、感じることは、配る方と受け取る方の温度差があり、拒否されると嫌な気持ちになったことです。何かの問題に対して無関心である人が多いということが危険なことではないかと思いました。薬害肝炎の原告の方にしても、肝炎の症状が表面化して、または裁判が始まって、それまで顕在化しなかった問題がとても身近になる経験をしたがゆえに、その分、社会に伝えたいという思いを強くしたのではないかと感じられます。市井の人々がもっとその声を敏感にとらえ、身近に起こりえた問題であるとの認識が生まれたらなぁと思いました。


【当日配布したうちわ】

リレートーク(前半:厚生労働省前、後半:日比谷公園前)

 前半の厚生労働省前のリレートークでは、原告の訴えに続いて弁護士・患者団体・国会議員それぞれが発言しました。前半は被害者のおかれている現状、フィブリノゲンを納入した医療機関の開示の要求を中心に、抗議をしていました。現状の問題点として、C型肝炎は自覚症状がないために重症化するまで気づくことなく、早期の治療機会を奪っていることが挙げられます。従ってフィブリノゲンを納入した医療機関の開示要求は、当該医療機関において出産時にフィブリノゲンを使用し、肝炎に罹患しているかもしれない人に検査を呼びかけるためにも必要なのです。前半のリレートークの時間帯は昼食時間であったので、厚生労働省の職員が一斉に建物から出る頃でしたので、通路がごった返しの状況でした。

 後半のリレートークでは、薬被連の方々が駆けつけ、自身の経験をもとに厚生労働省に対する批判、薬害肝炎原告への励ましや協力の意思などの内容が語られました。また、このイベントに参加した学生や、弁護士の方もこの裁判にかける自分の想いを語っていました。

 前半部分に関しては、運動を盛り上げるパフォーマンス的な要素が色濃いように思われました。国会議員の方々の抗議が前半のリレートークの半分近い時間を占めていたことにも表れている気がします。また、印象に残ったことは、リレートークの街宣車の前を、厚生労働省の職員の方々のほとんどが関心のあるそぶりも見せずに通り過ぎていく様子でした。街宣車の前で話している人との様子のギャップが、この問題に関して不誠実な態度であるとまでは言えないにしろ、何かがずれてるなという印象を覚える光景でした。後半部分のリレートークに関しては、前半のような派手さはなかったのですが、興味深いものでした。過去の薬害被害者の方々が話すことは、今、裁判で闘っておられる原告の方にとっては大きな励ましになるだろうなと思いました。また、最後の方でステロイドを過剰投与されたアトピーの患者さんがお話をされました。まだ顕在化していない薬害、医療問題があることを実感しました。このようなまだ表舞台に出て来られない人に対してどうすればいいのか、何ができるのかという事を考えました。また、薬害は無くなる事はないと役人の方が言っていたとの話を聞いた事がありますが、それはこれからの医療の進歩によって患者が新たな治療を享受する上で避けられない事であるとの意味であろうと思っていました。けれども、先端医療の陰で、既に治療法が確立し、その治療が見直される事のない疾患においても生じる薬害、医療過誤もあるのではないかと考えさせられました。

 薬害根絶「誓いの碑」前 要望書提出

 坂口厚生労働大臣がはじめて登場するということは、カメラマンの陣取りの様子を見ても、非常に社会的に関心が高いことであるのだなと思いました。碑の前では、登場した大臣に対して、薬被連代表世話人である花井氏が要望書を読み上げ、薬被連の要望書を手渡しました。その後、薬害肝炎訴訟原告団の要望書を坂口大臣に手渡されました。

 話は変わりますが、坂口大臣に薬被連と薬害肝炎原告団の二つの要望書を提出する場面を目の当たりにして、花井氏が言っておられたことを思い出しました。毎年、裁判係争中などの団体を盛り込む事によって緊張関係を生むことが必要、とのことを話しておられました。ある程度の距離感と信頼関係がないと、協議において踏み込めない事もあるのであろうと思い、立場の重要性を再確認した出来事であったと思います。

報告集会(日弁連会館)

 報告集会では、弁護団から現時点での裁判の進行状況と今回の要望書について説明があった後、各原告から今日の感想、病気や裁判に対する想いが語られました。続いて、患者会の人からはこの裁判の意義を肝炎患者がおかれている状況を示しながら話されていました。

 いつ聞いても原告の経験に基づいた言葉には迫力があるとの思いで耳を傾けていました。その場面で印象に残った事は、原告の方々の間で自らの病気に関してどのように身近な人に伝えるか、または伝えられるかどうかについて議論が起こった事でした。それは議論と呼べるようなものではなかったかもしれませんが、当事者間においてお互いの気持ちを共感しあう事に加えて、お互いに考えを交換する事がより当事者のエンパワーメントにつながる契機なのではないかと思いました。

 終わりに

 薬害肝炎訴訟関係者の方々と行動を共にしていて、まだまだこの問題が社会に根付いていない、認知されていないことを感じました。それとこの訴訟を支援している方々のお話を聞いていまして、今回の訴訟に原告として参加されている方々以外にも、その他の肝炎(C型、B型etc.)や感染経路(輸血、血液製剤etc.)、HIVとHCVの重複感染している方など、実に様々な方が肝炎という病気で苦しんでおられることを実感しました。肝炎治療をより充実させるためにも、微力ですが薬害肝炎訴訟を支援していきたいと思いました。