選別される生命(いのち)-パネルディスカッション | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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選別される生命(いのち)-パネルディスカッション

司会:花井十伍(ネットワーク医療と人権 理事)

 言いにくいことも言えてしまう空気

花井:
 パネルディスカッションを開始したいと思います。お二人のお話は、大変広いお話でもあり、身近なお話でもあったと思います。どこから話を始めようかと悩んだのですが、ひとまずそれぞれのパネラーの方から、それぞれのお話を聞いた上で、コメントもしくは質問等がありましたらお願いします。

大西:
 いろいろありますが、ストレートにコストの話からいきたいと思います。アシュリー事件の本の中にももちろん書かれていることで、「神聖な義務」が問題になった時に、私自身も反論を書きました。「神聖な義務」において、その趣旨は「血友病で知的にも問題がある子どもに月1500万円もかけているのか」という明らかな非難だったわけです。「1500万円かけて、この人が助かって、結構なことだ。素晴らしい」という趣旨では、もちろんありません。その非難に対する当時の私の反論では、「非難がましい声があるけれども、今まで動けなかった、あるいは体がもっと悪くなっていくかもしれない血友病の人間が、1500万円の経費によって、その不都合を回避できるのであれば、こんな結構なことはないじゃないか」という書き方をしました。しかし、30年以上経った今はそうは書けないのではないかと思います。そんなことを書いたら、「何を呑気なことを言っているんだ」、「月1500万円は、誰の金だと思っているんだ」と、それこそ「炎上」するのではないでしょうか。
 児玉さんの場合は、時代的にはより近年ですが、そういう世間の声なき声が聞こえてくることも当然あると思います。どうお考えですか?

児玉:
 私が子どもを生んで育てる過程で、コストをあげつらって直接言われた体験はありません。ただ、確かに税金を使った医療にかかっているわけなので、最近のこういう空気の中で、こういうお話をあちこちでさせていただくと、そういうことを暗に言われることはあります。質疑の中で手を挙げて、「医療や介護における社会保障費がかかり過ぎていることが問題なのであって、その中であなたはどう考えるのか」みたいなことを聞かれたりします。また、この間もあったのですが、質疑で手を挙げられた方が、「昔は、こういう子が生まれたら産婆さんが殺していたという話だってある」と、まるで見てきたかのような言い方をされました。私はお話する前にあらかじめ「私の娘はこういう事情で……」と言ってあるわけですから、その人は私に向かって、「アンタの子どもは、昔だったら産婆さんに殺されても不思議じゃなかったんだぞ」というようなメッセージを投げかけられているんだなと、私は受け取るわけなのです。だから、昔だったらおそらくとても言いにくいことで、自制されたはずのことでも、今は「ちょっと言いにくいんですけど……」と言いつつも言えてしまう世の中の空気ができてきているのだとすごく感じます。

 

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