MERSイベント第3弾 開催報告 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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MERSイベント第3弾 開催報告

(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局長 太田裕治)


 昨年12月19日、京都立命館大学で当会主催のイベントを開催しました。MERSが主催となって行うイベントはこれが3回目ですが、この日は「弁護士が再現するあの裁判」と題して、昨年3月に安部英被告に無罪判決が下された「薬害エイズ」における帝京大ルート裁判(業務上過失致死事件)を参加者と共に考える企画をもちました。

 まずプログラムの前半で、立命館大学の学生さん(政策科学部1回生)による「薬害エイズ」事件全体の説明と被害者へのインタビューが行われました。この企画に協力していただいた学生さん達には、「薬害エイズ」について調べてもらい、当日の資料を作って発表していただきました。被害者へのインタビューでは、小林アキラ氏に出演してもらい学生達の質問に答えていただきました。会場には若い人たちが多かったこともあり、初めてHIV感染被害者の訴えを聞いて衝撃を受けたとの内容が回収した感想の中に散見されました。

 イベントの後半では、安部英医師が第一審で無罪となった帝京大事件を模擬裁判によって再現しました。検察官と被告代理人(弁護士)の役を弁護士の石川寛俊氏、徳永信一氏に演じていただき、裁判官役を花井十伍氏が担当しました。再現と言いましても、50回以上行われた公判を忠実に再現することは不可能なので、両弁護士に論点を絞ってもらい、これまで裁判で明らかになった事実(検察論告、被告側最終弁論及び判決全文を参考に)をもとに、花井裁判官の指揮によってそれぞれが交互に主張を陳述しました。模擬裁判での双方のやりとりをこのあとに掲載していますが、時間にして1時間30分程の攻防の中に、この裁判の重要な論点が展開されています。

 そして、一通りの陳述を終え、会場から検察側と弁護側への質疑応答が行われた後、参加者を陪審員に見立てて、有罪と思うか無罪と思うかを予め用意した用紙に記入してもらいました。評決の結果は、投票しなかった人も十数人いましたが、有罪10票、無罪11票でした。評決用紙には、それぞれにコメント(有罪や無罪が妥当と思う理由)を書いてもらいましたが、有罪と考える代表的な意見は、危険認識が十分あったと判断できること、専門家もしくは指導的立場としての責任が問われるべきであり、実際の治療に関知していなかったことで責任を回避できるものではないというものでした。一方、無罪と考える方は、安部被告よりも主治医(木下医師)がきちんと裁かれるべきであるという意見があったほか、刑事裁判の限界を指摘する意見が散見されました。

 薬害エイズにおける製薬企業、厚生省、安部英医師、それぞれの行動や責任を検証することは、今後同種の問題が起きたときにどう対処すべきであるのか、つまり危機管理の方途を探る材料を提供します。さらに、当時情報が必要な人々(末端の医師や患者など)に伝わらなかった原因がどのような要素に起因するのかも把握しておく必要があります。第一審では立証されませんでしたが、一部の利益が患者らの健康を阻害することは許されません。また、医師や医療機関という点に着目すれば、帝京大学ルートの裁判は、医師と患者の関係や医師の責務、患者の権利を考えていく上で、様々な問題提起をしています。このあたりも突き詰めて議論していければと思います。

 医療シンポジウム「弁護士が再現するあの裁判」

【出演】
 裁判官役:花井十伍(特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権  理事)
 検察官役:石川寛俊(大阪HIV薬害訴訟弁護団)
 被告弁護士役:徳永信一(大阪HIV薬害訴訟弁護団)


花井:
 まず安部英氏の裁判について、若干おさらいをしておきたいと思います。

 通常3つの薬害エイズ刑事裁判は、非加熱血液製剤を作ったメーカーの責任を問うた裁判を「ミドリ十字ルート」、元厚生省薬務局生物製剤課長・松村明仁氏が被告となっている裁判を「厚生省ルート」、そして、この安部医師への業務上過失責任を問うた裁判を「帝京大ルート」裁判と言われています。

 危険な非加熱の濃縮血液製剤がこの3つの関所-製薬企業・厚生省・医師-を全部フリーパスで来てしまって、最後に患者へリスクのある血液製剤が投与されたということになります。

 今回テーマとするのはこの最後の関所、医師のルートです。現場の医師が使わなければ、いくら危険な薬が売られていても患者の手元には行きません。医師はそのときどうすべきであったか。皆さんご存じのように、安部氏は第一審では無罪判決が出ていて、今控訴審に移ろうとしています。

 本日はこの安部氏の事件をテーマにして、検察と弁護側がどのような論点に於いて攻防したかということを考えつつ、進めていきたいと思います。今回は最終的に皆さんに評決を出していただきたいと思います。

 それではまず、石川検察官の方からお願いいたします。

          石川 寛俊 氏

石川:
 裁判の場合、最初、検察官側がどういうことでこの人を処罰してほしいか、請求する内容を言わなければなりません。それを私の方から申し上げます。

 まず、この安部英氏は帝京大学医学部第一内科の教授で、帝京大の大学病院に来る患者さんの治療方針を決める方です。今問題になっている死亡された患者さんというのは、昭和60年の5月から6月の間に帝京大学医学部で血液凝固因子製剤という注射を受け、エイズウィルス(HIV)に感染し、その後エイズを発症して亡くなったということです。

 なぜ安部氏が刑事事件の犯人として処罰されるべきかという点から述べます。安部氏は第一内科の教授で治療方針を決める立場にあった、且つ厚生省がつくったエイズ研究班の班長として、日本における血友病の治療、エイズに関するいろんな情報について、最先端の立場にあり、情報を入手していた。その情報の内容は、1983年春頃から、アメリカから輸入された原料を使って日本でつくられた血液製剤から「エイズの患者がかなり発生するかもしれない」という先端情報に接しています。そして日本でも、1983年秋頃から「エイズウィルスが混入していない血液製剤をつくらなくてはいけない」ということで、加熱製剤を日本で開発する動きが出てきました。安部氏はその責任者、指導者としての役割を果たしました。

 1985年4月の段階では、日本の血液製剤メーカーのほとんどが加熱製剤の研究開発を終了して、厚生省に認可申請をしています。その年の7月に加熱製剤が認可される、その直前の時期にその患者に危険な非加熱製剤を連続的に投与し、その後エイズウイルスに感染させたということです。

 本件については皆さんもよくご存じのような大きな事実がありますが、検察官の立場では、安部氏がどんな人格で、どんないやらしい人であるかなどにはまったく関心がありません。ミドリ十字からいくら貰って、そのお金をどうしたかなど、そんなことはどうでもいいのです。大事なのは、血友病治療の専門家として、エイズ研究班の班長として、エイズの危険性、或いは血友病の患者の危険性について、一番知りうる立場にあった人が、安全な加熱製剤が認可される直前に、あえて従来通りの薬を使ってHIVに感染させ死亡させたということです。

 直接手を下したのは別の医師です。しかし、誰がこのような危険性を認識して、今までの治療法を改める判断ができたかといえば、おそらく実際に担当していた医師より、指導的立場にあった安部氏でしょう。このような立場にあった方がそれなりの知識や経験を生かして注意していれば、この患者は死ななかったし、少なくとも帝京大学医学部の血友病患者はHIVに感染することはなかっただろうと思います。最高の立場にある医師で、しかもエイズに関する最新情報を厚生省を通じて入手していた、その人が注意を働かせれば、多くの患者が救えたであろうと、そういう思いがあるわけです。今の社会は多くの危険がありますから、誰かが危険を除去してくれないと科学技術や医療の恩恵を受けることができません。確かにつくった製薬企業、認可した厚生省が悪い。しかし、私たちが危険な薬に接するのは全部医師を通してなのです。いろんな人がそれぞれに責任がありますが、患者にとってみれば、一番大事なのは医師がどうするかということです。患者は医師を信頼して治療を受けるわけですから、誰が責任を負うべきかといえば、先ず医師ではないかという見方をしています。

花井:
 では弁護側、お願いいたします。

          徳永 信一 氏

徳永:
 安部英被告の弁護人という立場で今日はお話しさせていただきます。

 私は今回の安部英氏に対する東京地裁の無罪判決は、裁判所に提出された証拠を見る限り、非常に妥当な判決であると信じています。弁護士にとって重要なことは、何が事実であるかということだと考えています。思いこみや偏見、或いは世間の誤解というものによって責任を取らされたり、非難を受けたりということに対しては、それを裏付ける証拠なり情報なり資料なり、そういったものがなければ、それはただの魔女裁判と同じです。このたいへん悲惨な薬害について、その原因が何なのか、再発を防止するためにはどうしたら良いのかということをきちんと客観的に、或いは科学的に論じていくということのためには、何が真実であるのかということを冷静な目で見るべきだと考えております。

 なぜ安部英被告が無罪であるべきなのかということについては、これからの話の中で、私の方から幾つか具体的な根拠をお話しすることになろうかと思います。

 まず安部英氏が今回の薬害エイズの下手人として検察官から、国家権力から犯罪者として訴追されることになったということについて申し上げますと、安部英氏は血友病の治療について最高権威ということを自他共に認めていた人間で、この薬害エイズによって生じた血友病患者の被害に対してもっとも責任ある立場にあった人である。自分たちの多くの患者を彼自身も自分の子供のように感じていたということを再三、或いは恩着せがましく言っていますが、おそらくそういう立場にあった者が結果として薬害エイズという悲惨な薬害を防止し得なかったということに対して、それなりの立場にあったということを理由にして、それ相応の責任を負うべきだと思います。しかし、そのことは権威者、或いはエリートとして背負うべき道義的な徳義上の責任であって、刑事責任を問われるべきなのかということとは別であると思います。ただ検察官が安部英を起訴したということは、正しい判断だったと思います。そのことによって多くの真実が明らかになることが期待されたわけで、事実私もこの裁判でずいぶん多くの事実が明らかになったと感じていますが、そういったことのために彼が犯罪者として訴追され、世間から非難を受け、長い裁判に耐え、生涯挽回できないような不名誉を負うといったことを、道義的責任として安部英被告は甘受すべきであるとは思っているからです。

 先ほど検察官の方から、安部英がその立場において、他の医者には知り得ない薬害エイズの最先端の情報を知りうる立場にあった、そのことによって彼は血友病の治療医を代表して責任を負うべきであるという主張がありましたが、先ほど私が言いましたように、そういう立場において負うべき責任というのは、今回の裁判で問われている刑事責任とは別物であることを前提にした上で、果たして安部英氏は彼だけが責任を負うべき、いったいどのような特別な情報を得ていたのかということについて、検察官は立証しきれていなかった。それは裁判所が正しく判断したとおりだと思っています。

 問題は、では当時どういう治療をするべきであったのかということについてです。為すべき治療が為されなかった、それが安部氏の責任である、或いは為すべき治療方針を出さず、間違った治療方針を出したというのが安部氏の責任であるという主張もあったと思いますが、果たして当時の医学の水準からして、或いは世界に目を移したとしても、安部氏が主張していた医療方針のどこが、どのように、あるべき医療のあり方とずれていたのか。そこについてまだ十分に立証も主張もされていないと思います。そのあたりのことについて石川検事の方からこれから主張があると思いますので、それを待って安部英被告の弁護を続けたいと思います。

 もう一つ言い忘れていましたが、安部氏というのはご存じのように東大医学部を卒業してからいろいろと研究機関を渡り歩いて、最後に帝京大学医学部に教授の職を得た方ですが、非常に研究熱心な方で、他の医者から見向きもされなかった血友病という難病に対して正面から立ち向かい、日本においても世界水準の血友病治療ができるようになるまで献身してきたという方であります。彼が特別に知りうる情報があったのか、その中身についてはこれからお伺いするわけですが、それは彼自身が非常に研究熱心であって、医学者として研鑽を重ねてきたということの結果として得られた立場なのです。そうすると、一生懸命努力してきた者が特別に責任を負うのかという問題が出てくると思いますが、この点についても弁護側は指摘しておきたいと思います。

花井:
 では弁護側が主張した最初の論点、検察側から「安部氏は最高権威として、とくにいろいろな情報を得ていて、その安部氏こそがこの問題を回避し得た」という主張がありましたが、それはいかなる根拠を持って言っているのかという弁護側の反発、もしくは、研究熱心で知識を得るほど責任が重くなるというのはおかしいのではないかという反論がされたと思いますが、そのあたりについて検察側の主張をお願いします。

石川:
 細かい話になりますが、1983年6月に厚生省がエイズ研究班をつくりました5月の初め頃にはその構想ができあがりましたが、そのときにはおよそ1年間に千人の患者発生があることを前提にして、厚生省における予算を組んでスタートされました。1983年6月17日からエイズ実態調査の研究班ができたのですが、そのときの研究班の班長は血友病治療医である安部氏が班長になりました。つまり、エイズの問題は最初から血友病に関する問題であるということを厚生省も安部氏も認識していたからこそ、血友病治療医が班長になったのです。

 当時、日本の厚生省は、アメリカ、フランス、イギリスの大使館に就いている厚生省の技官を通じて、ヨーロッパ、アメリカの最新情報を集めて研究班を発足させました。つまり、安部氏が個人的に研究熱心であるかどうかではなく、厚生省、或いは外務省を通じた国際情報の最先端に接する位置に安部氏だけがいて、しかも安部氏とともに帝京大学において血友病医を担っていた松田重三氏という人が研究班の実質的な事務方として厚生省と直接交渉しながら進めていったという経過があります。次に、安部氏は1983年の7月時点で帝京大学医学部の入院患者の一人がエイズを発症していることを知っていました。1983年7月5日にいくつかの新聞がスクープをしました。その時に安部氏は「第1号かもしれない。今後検討していく。」というコメントをしています。これは後に日本における第1号の症例として1984年11月の段階で発表されました。自分の病院で血友病患者の一人がエイズを発症しているということを日本で最初に知ったのが安部氏でした。しかも、その患者に対してその後も非加熱製剤を投与し続けました。その結果1984年11月の国際血友病シンポジウムにおいては、自分の病院の血友病患者2人が既にエイズで死亡したと発表しました。国内向けにはそのような発表はしなかったのに、国際的に学会発表したのです。その直前の1984年9月の段階では、エイズウィルスの最先端にあるアメリカのギャロ博士に自分の患者の血液をいくつか持っていって、抗体陽性の判定を依頼しました。その結果、過半数のHIV抗体陽性症例が出たわけです。そして1985年3月、4月の段階で日本にエイズ患者が発生していることを新聞発表しました。この新聞発表は厚生省がする予定だったのですが、その前日に安部氏が朝日新聞にスクープして先に発表してしまいました。その後、日本全国におけるサーベランスを続けていくわけです。

 もう一つ、加熱製剤によって安全な血友病治療を始めようと、加熱製剤研究班は製薬会社に働きかけていました。その研究のまとめ役が安部氏でした。その結果、1985年の4月の段階では各社とも厚生省に加熱製剤の認可申請をし、7月から認可されたわけです。4月の段階で、2、3ヶ月後に安全な加熱製剤が日本で認可されるということが分かっていた、にもかかわらず、関節の痛みや筋肉の痛みという、どちらかというと死には関係ない軽症患者に対して連続的に非加熱製剤を投与し続けた。通常は厚生省の動きを医者が知るということはありません。しかし日本の場合、血友病の治療行政については安部氏の意向が厚生省を動かし、研究班をつくり、加熱製剤の認可手続きをしていた経過がありますので、厚生省の資料イコール安部氏の資料であったと言えます。そういう意味で、安部氏は厚生省と近い立場にあることによって日本の血液行政、加熱製剤、安全な薬剤の供給等について、実質上権限があったと言えます。

 安部氏は研究熱心な学者だから処罰されるのではなくて、事実関係をついていたし、すべてを把握していた。ですから加熱製剤の発売される直前に危険な製剤を投与された患者の遺族は、安部氏だからこそ許せないと思っているのです。確かに研究熱心な人こそ罰せられるというのはおかしい。しかし、私がもし血友病の患者であれば、お金と時間の余裕があれば最高の医者のところへ行きます。患者はどこの病院がどの治療に優れているか、選んでいるわけです。特に血友病の患者はある時期から終生医者のお世話になる。つまり、患者の方からすれば、その医者に身を委ねているわけです。安部医師だからこそ行っているというのは、帝京大医学部の血友病患者のほとんどがそうです。結果的に、一生懸命勉強したから処罰されるのではなくて、勉強している人だからこそ、ちょっとした注意で避けられることをしなかった、それで罰せられるのは当たり前です。

徳永:
 なるほど。患者が「こうあってほしい」と期待した水準の医療が為されなければ、それをもって過失責任を問われても仕方がないという論法は、その通りだと思います。

 しかし問題は、当時の医療水準、当時患者は医療に対して、何をどこまで期待できる状況にあったのかということをきっちりと検証した上でそれを言ってくれと言いたいわけです。安部氏が個人的にその立場において知り得た事実について、石川検事の方からいくつかご指摘がありました。「自分の患者にエイズ発症者が出た」「自分の患者の血液をギャロ博士の研究所に送って抗体が陽性であるかどうか確認してもらった」、これらは非常に重要な事実のように思われます。しかし、そこには医療そのものの問題があります。あらゆる医療がそうであるように、リスクのない医療というのはないように思われます。ないように、というのは語弊があるかもしれませんが、多くの治療は、癌の治療を見てもわかりますように、メリットもあるけれどリスクもある。そのリスクとメリットのバランスをはかって、専門家の判断で治療を進めていく、それが医者のプロとしての所以であるように思います。薬害エイズの問題というのは、先ほどから出ています血液製剤のリスクをどのように評価するかということがあります。このリスクについては、安部氏は特に知る立場にあったということは事実であります。そういう危険性があることを知りながら、何故非加熱製剤の投与を治療方針として継続したか、そのことが問題になるわけですが、当時の血友病の治療方法として、非加熱製剤は最も妥当な治療法でした。多少危険性はあるかもしれないけど、そのリスクよりも血液製剤の投与を続ける方が血友病にはメリットが大きいのだという判断をしたことに他ならないのです。問題は、その判断が当時の医学の常識から見て適切だったのか、それとも誤っていたのかということになります。

 我々法律家は「医療水準」ということをよく口にします。ここでも私はそのことについて言っているわけですが、医療の本質というのは、そのときそのときに最善の治療を患者に施すということだと思います。そのとき最善だと思ったことが、結果から見て間違っているということも、珍しいことではないわけです。今回の薬害エイズ事件というのは、まさにそういう形の悲劇であったと私は理解しています。

 何故私がそのように思うかというと、当時は世界的に見ても非加熱製剤の使用を中止、停止といったことを医療水準として決定した国はどこにもなかったということを指摘しておきたいと思います。アメリカでは加熱製剤が承認された1983年4月、この事件が起こる2年3ヶ月ほど前に加熱製剤が承認されたことがよく言われます。確かに加熱製剤の承認は得ましたが、非加熱製剤の承認が取り消されることはありませんでした。当時、アメリカではほとんど加熱製剤は使われず、非加熱製剤が使われ続けていました。そして、加熱製剤によってエイズの原因ウイルスが不活化したという実験報告が1984年10月頃に出たとき、全米血友病財団のアメリカの血友病専門医たちが作るガイドラインの中で「加熱製剤に切り替えるべきではないか」という、加熱製剤の推奨が為されたことがあります。しかし、その時点でも非加熱製剤の使用をやめようという話にはなりませんでした。CDCが1985年の4月、これは事件の起こる1ヶ月か2ヶ月前のことですが、そこに於いて加熱製剤への変換を示唆しましたが、そこでも非加熱製剤の使用を禁ずるという処置は取られませんでしたし、勧告も出されませんでした。アメリカに於いては、そういう状況の中で結果的に被害者が増えた、日本の倍以上に当たる8千人の感染被害者が出ています。これはアメリカだけではありません。フランス、イギリス、カナダ、オーストラリア等に於いても然りです。世界中でアメリカから輸出された非加熱製剤を使用していた患者たちは、この薬害エイズという未曾有の悲劇に見舞われたのです。そういう状況の中で、日本に於いて安部英だけが、その治療方針が間違ったということで責任を負うべきだというのは、彼が為すべき勤めであった、「医療水準に則って治療する」ということに照らしてもおかしいことと言わざるを得ないというのが、私の考えであります。それから、加熱製剤の申請が為されていて、もう近日中に加熱製剤が発売されるような状況にあったことについて。最後に投与した1ヶ月後に加熱製剤が承認されて、使用できる状態になったわけですが、安部英はそれがいつ承認されるかということは充分わかっていました。何故その時期に投薬がされたのか。これはまた一つ大きな論点になると思いますが、安部英は当該被害者の主治医でもなかったし、当時一度も診察をしたことがなかったということがあります。安部英は、基本的には「非加熱製剤の投与を続けて血友病による死亡や後遺症障害が起こることのないように、患者のケアをすることが医者として大事である」と考えていました。

花井:
 今、弁護側の方から検察官のいくつかの主張に対して反論があったわけですが、弁護側の話の中に2つ目の論点、安部英だけが危険を知り得ていた立場にあったのかどうか、安部英が知り得ていたことを前提にして、どのような適切な治療をするべきだったのか、感染の回避は可能であったのか。この論点に対して検察としてはどうでしょうか。

石川:
 確かに1983年当時から1986年頃まで、加熱製剤に全面的に切り替えているところは世界中どこにもない。事態が流動的なときに水準がどこであるかというのは、後になってみないとわかりません。血友病患者に、加熱製剤へ切り替えず、非加熱製剤を投与するというのは、多くの人がそうであったと思います。しかし、例えば風邪の場合であっても、患者の状態に応じて医者は処方を変える。だからこそ医者に診てもらうわけです。非加熱製剤を投与し続けると言っても、それが国内産のHIV感染の危険がない製剤なのか、或いはアメリカの、特にエイズ多発地帯であるニューヨーク、ロサンゼルスあたりから輸入された製剤であるかではずいぶん違う。血液製剤に於いては、薬の内容がどんどん変わっていく事態にあったわけです。こういうときに、今まで使っていたからというだけで非加熱製剤を使い続けるのは医者として怠慢であると言えます。患者としては、そのときの状況、専門知識に応じて判断しながら治療しているものだと信じている。それも他の人ならともかく、安部氏はその最新情報に接している人なのだから一番安全であると、そう信じた人が東京大学ではなく帝京大学に行ったのです。被害者である患者も(以前は)ずいぶん長く安部氏にかかっていました。その医師と患者の信頼関係を抜きにして、医療水準に従っていれば責任はないという見方になれば、医者の半分以上は、間違った結果を出しても救われるということになります。これでは、医療が進歩していく中で安全性は保てないのではないかと思います。

徳永:
 なるほどごもっともであると言っておきたいのですが、やはり今の主張にも何点か無理があると思います。確かに技術の水準などは後になってみないとわからないというのはそのとおりです。現在では(当時の専門家の認識では、HIV感染者のエイズ発症率が)1000人に1人だとか100万人に1人だとか、いろいろなことが言われていますが、それらはそのことについて判断する資料があまりにも乏しいという状況を反映しているわけで、それについてもっと確かな情報はないかということを専門家たちは集めるべきであったし、おそらくそうしているのだろうと期待しているのです。狂牛病を例にとって、もし昨日食べた焼き肉によって10年後狂牛病を発症したら、それは今の時点ではあなた方の自己責任ですと言わざるを得ないわけで、これは多少の誇張があるかもしれませんが、血友病の問題についてもそれと同じことがあったのだということを申し上げておきたい。当時、ニューヨーク、ロサンゼルスといった危険地帯から採血した、すなわちエイズ患者が多発しているところから採血をした原料血漿を用いた製剤の危険性について、わかったはずだという指摘もあったと思いますが、アメリカに於いても確かにそれについてわかっていた医者は何人かいたようです。クリーブランド大学のラタノフ教授とは実際に会ってお話を聞いたことがありますが、彼は危険と見られている地域から採られている血漿が原料になっていることを知って、クリーブランドの中では非加熱製剤の使用を基本的にさせないという治療方針をとって、クリオ製剤に全て転換している。何故ならクリオの原料は地元のクリーブランドで採血されており、ここではまだエイズの発症が報告されていなかったからです。ラタノフ教授は全米でもそういう方針をとるべきだという主張もしました。しかし、それはアメリカの大多数の血友病治療医が従うということにはならなかったのです。そして、ラタノフ教授のお膝元でも彼の方針に対する反発がありました。「血液製剤(非加熱濃縮製剤)は患者の人生を飛躍的に向上させた。それを確かな根拠もないままに使用禁止にして、不便なクリオに戻れということには承伏できない」とした患者の運動もありました。結果的にラタノフの方針は正しかったということになりますが、全ての医者がそれに従わなければならなかったというのは暴論だと言わざるを得ません。もう一つのご指摘、「医療水準を参考にしながら、自分の患者に対する治療を考えるのが医者の責任である」ということですが、全くその通りだと思います。

 先ほど指摘しておきましたように、実はこの患者が帝京大学第一内科で診察を受け、血液製剤の投与を受けたのは安部医師ではありません。木下医師という安部氏の下にいる医師が主治医となって、治療にあたっていた。実際投与したのは、木下医師と彼に指導を受けていた研修医の柳医師です。この木下医師は、安部氏に対して、「非加熱製剤は危ないからクリオに替えましょう」と進言したということを裁判所で証言しています。そして、この裁判の中で、検察側の主張と立証はほとんどこの木下医師の証言に寄りかかってなされているわけですが、この証言の内容をよく考えていただきたいと思います。もし、本当にその製剤が危険であると認識していたのであれば、木下医師は何故それの投与を続けたのでしょうか。木下医師は「安部氏の方針に逆らうと、意地悪をされたり、仲間はずれにされたり、場合によっては学会からつまはじきにされるかもしれない。それで逆らうことはできませんでした」と言っていますが、本当に危険であることを知っていたのなら、目の前の患者がそれによって危険にさらされているのであれば、安部氏が怖かったからといって反対することをやめるような筋合いのものではありません。現にこの木下医師は、安部氏の後任として帝京大学医学部の教授の席に現在座っているわけです。

 そして、本件は右手手首の関節の出血です。場合によれば、製剤を投与しなくてもしばらく様子を見るか、氷で冷やすということもできたはずだということを言われる場合もあります。またこの患者は、重症-第Ⅷ因子活性1%以下-の血友病患者ではありますが、少々暴れて内出血しても平気なタイプの患者であったようです。場合によれば、木下医師が安部氏に進言したように、クリオをどこかから調達して、2、3日後に投与してもよかったとも言えます。当時、加熱製剤承認直前ですから、帝京大学には治験薬が大量にあったわけで、それをまわして使用することだってできたわけです。しかし、その医者はそれをしませんでした。確かに個別の患者に対してどうすべきかというところから医者の責任を論じるべきですが、本件はそういう意味で、安部氏はこの患者の障害がどの程度であるかというのはまったく知らないわけです。知らないばかりか、木下医師から報告も受けていない。木下医師から、「こういう症状の患者なのですが、やはり非加熱製剤を打つべきでしょうか」ということを訪ねられていて、それはすべきだと言ったのであれば、医療水準云々ではなくて、この患者に対して当時どうすべきだったか議論されるべきでありますが、本件はそういう事例ではまったくないと言えます。さらに言えば、この木下医師が安部氏に危険性を進言したという証言についてですが、常識に基づいて考えれば、危ないと思っているのにそれでも投与し続けたのは、たとえ上司が怖くても、やはりその人自身が殺人罪の責任を負うべきだったと思います。しかし、その木下医師は検察官から起訴もされていません。のみならず、これは法廷で明らかになったことですが、木下医師は加熱製剤が承認された後も自己注射のためにその患者に非加熱製剤を渡していたのです。そのような者の証言に基づく本件の裁判が全くのいいがかりであるというのは当然だと思っております。

花井:
 少し整理します。弁護側は、確かに医療水準において一律に判断するものではないけれども、しかし本件においては、医者としての治療の裁量をふるべき立場にあったのは当該被告の安部氏ではなくて、その下の木下医師であった。だとすれば、木下医師を告発もせず、その患者を実際に診てもいない安部氏だけが責を負うことになるのか。それはまったくおかしいのではないか、こういう主張です。

石川:
 裁量についてですが、例えば、手術をすれば死の可能性もあるが、どちらを選ぶかと言われて、それでたまたま上手くいかなくても医者の責任は問えない。医者には裁量はあるけれど、患者にとってはどちらのやり方をとっても患者にはそれほど影響がない、或いは医者の専門的な判断で、好き嫌いがある、信念があるということであれば、これは裁量の中にあるでしょう。しかし、風邪で受診した患者に対して実験的に何かの劇薬を仮に飲ませたとしたら、これは裁量ではないですね。つまり、こんな症状の患者に対して医者はこのような治療をするなという範囲内であれば、多少ずれがあっても問題ではない。しかし、関節が痛いと言って通院してきた患者に対して、エイズになって死ぬかもしれない薬を投与するのはいかがなものでしょう。患者が増え、だんだんと危険性が高まっているとか、自分の病院で既に2名が亡くなっているとか、或いは47名の検体の半分が陽性であったという要因で、その元になったと安部氏自身も考えている非加熱製剤を投与する。或いは2ヶ月後には加熱製剤が出るというときには、せめてそれくらい言って、その当時の状況もふまえて話して、選ばせてほしいものです。全面的に信頼している患者に説明なしに投与する、これは裁量というものを越えているのではないかというのが私の考えです。

 それと、直接手を下していない、投与したのは柳医師なり木下医師であり、安部氏ではない。その安部氏がどうして責任を負うのかという点です。これは少しややこしい問題があるのですが、これがもし、殺そうとして投与しているのであれば、そういう考えで何かをすることを社会は危険と感じます。故意犯と言いますが、本件の場合は過失犯、つまりそんなことはやろうと思っていなかったけれど注意が足りなくて起こってしまった。安部氏、木下医師、柳医師、それぞれの立場でちょっと注意していれば避けられたのです。直接手を下していなくても責任を問われるという形の過失、例えばミドリ十字の社長はみんな有罪になりましたが、ミドリ十字の社長たちは非加熱製剤を作ったわけではないし、発送したわけでも患者に投与したわけでもありません。しかし、非加熱製剤が危険であると知りつつほうっておいたという責任を問われているわけです。厚生省の松村課長も、彼が投薬したわけではない。しかし、危険であると思ったら厚生省の役人として止めることができたのに、そうしなかったことで責任が問われているのです。具体的にその行為を実際したかどうかということとは違う人が処罰されています。安部氏の場合も、木下医師や柳医師がわざと投与していたなら別ですが、通常の診療行為でやったとしたら、その害を避けることができる立場にあった人は、それぞれの立場に於いて責任を負うべきであると思います。

花井:
 最後に専門的なお話も入ったかと思いますが、だいたいこれで今回の論点が全て出てきたと思います。検察側から踏み込んだ意見が出ているので、弁護側の反論も受けた上で、みなさんの質問を受けたいと思います。

徳永:
 今の検察側のご指摘をいくら聞いていても、だから何故安部氏の責任が問われるべきなのか納得がいきません。木下医師、柳医師に対して、安部氏はこの患者にこうという指示をしていたわけではありません。安部氏が決めた治療方針というのは、日本の血友病医が厚生省等で報告を出している、あるいは世界の血友病医たちがいろいろなところで出しているガイドラインと同じことを出しているにすぎないのです。それをもって安部氏が当該患者に対する治療を指示したと言えるのかということを問題にするべきだと思います。

 そして、ではこの裁判はいったい何なのかと言うと、結局マスコミの中で作られた薬害エイズの誤った構図、誤った偏見、こういった物に対して検察庁が迎合し、その検察庁に迎合した医師らによってでっち上げられた裁判であって、安部英氏はこの事件に於けるスケープゴートとして人身御供になったのだと考えています。裁判所がそうしたマスコミ世論、検察官の圧力といったものに対して、よく惑わされずに公正な判断をしたと思いますし、それによって日本の裁判、法の正義が保たれたのだと信じております。

花井:
 一つめの論点、安部氏だけが危険を知っていたのか、二つめは治療の裁量について、そして最後にこの裁判はマスコミ、検察が一体となってでっち上げたのに近いという弁護側の主張。論点としては大きく今の三つで展開されました。最後にみなさんに判断していただくわけですが、疑問点等、検察側、弁護側、どちらでもけっこうですので、自由に質問していただきたいと思います。

〈客席より〉
Q:
 弁護人に伺いたいのですが、安部英氏に道義的責任はあるが刑事罰を問う法的責任はないとおっしゃっているのか、道義的責任そのものがないのだとおっしゃっているのか、その辺がよくわからなかったので教えてください。

徳永:
 安部氏には道義的責任はあると思います。危険を知りうる立場にあり、権威として君臨していたことによって、敗戦の責任は誰かが負うべきだと思います。しかし、その責任の中身は刑事責任とは別だと言いたいのです。

Q:
 弁護人に質問です。徳永先生自身、医療水準という言葉を使われていましたが、二つのことがあったと思います。一つは「医療水準というのは、そのときそのときの最善の治療を選ぶべき」ということ、その後実際にアメリカ、ヨーロッパなどでどのような治療をされていたのかというお話、これも医療水準として語られていました。後者の方は、客観的に存在していた医療水準だと思います。僕としては、過失であるかどうかの判断基準となるのは前者ではないかと思います。そうすると、そのときそのときの最善の治療がどうであったのかこそが問題であって、現実にその時アメリカで執り行われていた資料がどんなものだったのかというのは、過失の判断の基準とはちょっと違うのではないかという気がしました。現実の医療水準というのは、このエイズ研究班のように、一部の専門家が集まって会議を開いて、その結論を元に聞かされていると思うのですが、そのような形で医療水準を作って、それに従っている限り過失責任は負わないという話になると、非常に気になります。その医療水準の形成について疑問があったのですがどうでしょうか。

徳永:
 先ず一点目ですが、そのときそのときの最善の治療をするというのが医療水準であるというご指摘は、ですから私はそうだと言っているわけです。当該患者を診ていない安部氏において、その時の最善の治療ということについて、どういう判断が下せたのか、そういったことに対して検察側は全く何も主張、立証しないのです。何故かというと、安部氏は診ていないし、その後の報告も受けていない。全然知らないところで為されている治療についての責任です。安部氏が裁かれる基準となる医療水準は、すぐ目の前にいる患者に対して、何が最善か臨床医の目で見て判断する、そういう医療水準ではないのです。それはあなたが言ったように、世界の医師たちはどうしたのか、あるいは当時の有力な医師たちはどうしていたのか、そうでない治療をしていた人はどういう根拠に基づいて、どんな人がいたのか、そういったところから議論されるべきです。そういう観点から見たら、やはり世界的な水準から逸脱していない、あるいは日本の医療水準から逸脱していない方針を立てたということについての安部氏の責任が問われるべきではないということを言っているのです。

 二点目、医療水準はどうやって形成されるのかという質問でしたが、実際の裁判の中でも検察側は、弁護側が言っている医療水準というのは、実は安部氏が作ったのではないかと、誤った医療水準を自分で作っておいて、自分が正しいというのはナンセンスだといった議論を展開していますが、果たしてそうなのでしょうか。日本の専門家と自負する血友病医師たちが集まって、そこで議論がなされて、「クリオの転換は見送る」という経過があったのです-エイズ研究班の下部部会である、血液製剤問題小委員会(1984年)-。確かに何人かの医者は、安部氏の直接的なマインドコントロールの下にあったかもしれません。しかし、私が知っている多くの権威ある医者は、心の中では安部氏をバカにしている人がずいぶんいます。安部氏という人は、誤った方針を立てたらここぞとばかりにつけ込まれるタイプの権威者であったと思っていますし、事実、自分の愛弟子である木下医師や、或いは同じように有罪を証言した松田医師に裏切られているわけです。そのような安部氏が独断と偏見で、自らの利益に合うように誤った治療方針を他の医者を押し切ってまで形成できるというような事実はなかったし、そのことを伺わせるような証拠は何一つ提出されていません。

Q:
 石川検事に質問します。先ほどのお話では、なぜ安部なのかということがやはりわからないのですが、私としては、刑事裁判として裁くのであれば、木下医師と柳医師と安部医師とトータルな形、「病院と木下」という形で裁かれるべきで、その中の一環として安部氏も裁かれるべきだというふうに思います。「安部氏だけが知り得た」というのはこじつけのように聞こえるのですが、そこをもう少し教えていただけますか。

石川:
 安部氏、木下氏、柳氏の3人まとめて起訴するべきであったかもしれません。しかし、100人の暴行事件があったとき、100人全員は起訴しません。その中で一番悪い人を起訴します。それは何故かというと、社会的な犯罪としては、中心になった人間を起訴すれば実質的に100人の事件を裁いていると検察官は考えます。そういう意味では、起訴するかどうかについてはかなり社会への影響、あるいは短期間で裁判を終わらせることを考えてやっている面があるので、本件についてその辺を考慮したかどうかはわかりませんが、おそらく実質的には、柳氏、木下氏は安部氏が知っているような状況を安部氏と同じように認識していなかったということで、起訴しなかったのではないかと思います。もしそうであれば、それは正しいと思います。安部氏であれば避けられた、つまり全体の見通しができた、そのような判断は木下氏、柳氏にはできなかったという判断に基づいていると思うので、これはやむを得ないと思います。

徳永:
 その点についてコメントさせていただきたいのですが、木下医師は毒薬が入っていることを知らなかったと証言したのではないのです。「毒薬が入っていることを知っていた。知っていたから安部氏に投与をやめるように進言した。にもかかわらず、安部氏から叱責を受けたから止めることをやめ、その後もずっと毒薬が入っていることを知っていながら投与し続けた」というのが木下氏の証言です。その点を指摘しておきたいと思います。

Q:
 詳しい事情を知らないので、単純な質問をさせていただきます。医療水準の問題なのですが、世界は禁止していないから安部氏はそれを肯定したことで間違いがなかったという答え方を弁護人はなさったと思いますが、自分の患者の抗体検査を出したところ半数近くが陽性でHIVに感染していたという事と、世界が禁止していないという事、その医者にとっての医療水準はどちらを優先するのですか。私たちが考えると、血友病の第一人者であるから、患者の皆さんがそこへ来たということは、そこの病院に行けば、最先端の治療が受けられると思っていたからでしょう。大学の中では絶えず血友病治療の医療方針についてディスカッションされていたであろうと私は思っていました。それが、知っているとか知らないとかいうことでしたが。

徳永:
 安部氏がギャロ博士に自分の患者のデータを送ったのが1984年の9月。ギャロはこの時期にはエイズウィルスを発見したと言っています。安部氏は厚生省の郡司課長から言われて検体を送り、返ってきた結果は48名中半分近く抗体陽性だったのですが、それがエイズウイルス(HIV)に感染したことを意味するというのがわかったのは、ずいぶん後のことです。

 こういった医療水準が問題になる裁判において大事なことは、「後知恵の危険」ということです。後から見れば、「その時にわかるはずじゃないか」と言われますが、当時はわからなかったというのが弁護側の主張です。これは、当時検査法を発見したギャロ博士でさえ、「抗体陽性の意味が何であるかというのがはっきりわからなかった」と検察官の取り調べに対して証言しました。検察側はその証言を公判になかなか出さず隠していましたが、それが明らかになったのです。ツベルクリン検査のことは皆さんもよく知っていると思いますが、ふつう抗体陽性ができたということは、それまでの医学や一般の常識から言えば、病原体に対して安全だということを意味するものでした。ところが、このエイズウィルスは非常に特殊でした。それは後になってようやくわかってきたことです。「あのときわかったはずじゃないか」ということで安部氏の責任を問うているわけですが、この点については、安部裁判の中で当時の科学水準をもってしても、「わからなかった」ということは十分立証できたと私は思っています。

Q:
 危険性は察知していたのでしょうか。

徳永:
 おそらくその危険について、安部氏は察知していて、そのことをずっと言い続けていたと思います。

Q:
 研究班でも話されていた。その知り得た情報は患者側にどの程度話されていたのでしょう。

徳永:
 その情報、抗体陽性の意味がわかれば知らせることは必要だったでしょう。ところが、当時はその意味がわからなかった。確かな意味もわからないまま伝えたところで、いたずらに患者を不安に陥れるだけではないですか。そんなことは責任を持った医師のやるべきインフォームド・コンセントとは別の話だと思います。

花井:
 これまでのお話を聞いて、このあたりで皆さんに評決を出していただきたいと思います。

〈評決用紙回収〉

花井:
 評決の結果、無罪11、有罪10。1票差で安部氏は無罪ということになりました。

 いろいろ感想が書かれていて、ご紹介もしたいのですが、終了時間も迫ってきましたので、この報告はMERSの機関誌に載せたいと思いますし、また、今後の検証にも生かしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

 最後に、お二人から感謝の言葉などお願いします。

徳永:
 私の弁護を受け入れていただいて、ありがとうございます。ただ、今回は弁護側の立場として被告に不利なことは何にも言いませんで、有利なことしか言わなかったわけですが、薬害エイズの真相究明をする上で、本日のような企画をすることは大事なことです。「薬害エイズの原因はいったい何だったのか」ということについて、もう一度見直してほしいということです。安直なマスコミが作り上げた情報に基づいて、その図式で判断していると、むしろ私が言ったことの方が新鮮であったかもしれないと思います。どうしてこういうことが起こったのかということについて、私はこの弁論の中で何もしゃべっていないのです。いくつかの弁護側の仮説について考えて欲しいのですが、私はこの事件の産・官・学の癒着と言われているものは、実は善意の罠であったと思います。みんながそれぞれの善意をあてにして、結局なにもしなかった。もたれ合いの構造の中で善意を信じて、そして自分自身がやるべきことについて勇気を持てなかったということが産んだ薬害だというふうに考えています。そういった可能性もあるのだということを頭に置いて、この未曾有の被害についてこれからも考えていってほしいと思います。

石川:
 控訴審の判決が出たらどんなふうになるか、今日の議論を頭に残しておけば、普通一般とは読み方がぜんぜん違ってくるというのは良いことだと思います。未だにこの判決全文が公表されていないというのは非常に残念なことです。こんなに長い判決文じゃなくて10分の1ぐらいの判決を書けるようになるのが法律家の力量なのですが、長いものしか書けないというのは、一般の人は読まないということを前提にしてしか書いていない。普通の人がわかるくらいに圧縮できないとだめなのです。これが私たちの今後の課題ですね。