特集 薬害イレッサ訴訟 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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特集 薬害イレッサ訴訟

薬害イレッサの真実

 

≪筆者≫


水口 真須美 MASUMI MINAGUCHI (薬害オンブズパースン会議 事務局長)


1989年弁護士登録(東京弁護士会所属・41期)。東京都立川市内で24名の弁護士とともに法律事務所を開業、一般民事・刑事事件の他、東京HIV訴訟(副団長)、ハンセン病国家賠償請求訴訟、薬害イレッサ訴訟(副団長)等を手がける。薬害防止のためのNGO「薬害オンブズパースン会議」事務局長(1997年~現在)、「薬害対策弁護士連絡会」事務局長(2005年から2007年)、厚生労働省「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討会」委員(2008年~2010年)などをつとめる他、講演活動等も行っている。著書(弁護団編)「薬害エイズ裁判史(全5巻)」「ハンセン病違憲国賠裁判全史(全9巻)」他。

 

  和解のチャンスを失わせた「下書提供問題」

 本年5月、薬害イレッサ訴訟について、東京高等裁判所に続き、大阪高等裁判所は、原告全面敗訴の判決を言い渡しました。両訴訟とも提訴は2004年です。被害者は、提訴から8年を超えて、なお最高裁での闘いを続けなければならなくなったのです。

 実は、この訴訟については、昨年1月7日に、東京・大阪両裁判所から同時に和解勧告が出され、全面解決につながるチャンスがありました。

 裁判所の和解勧告所見には、「最後の命綱として、副作用が少ないと言われたイレッサを使用し、副作用である間質性肺炎によって苦しんで死亡した患者と遺族の深刻な被害を十分に理解する」と記載されていました。そして、裁判所は、1月28日までに、和解協議の席につくか否かの回答を求めたのです。

 原告側は早々に和解協議の席に着くと回答をしました。1月19日には、厚労省の元審議官・土井脩氏が、「被害は防げたはずで、国と企業は和解協議に応じるべきだ」とする見解を新聞上で明らかにしました。これは大きな波紋を呼び、和解協議開始への期待が膨らみました。

 しかし、1月24日から翌日にかけて、国立がんセンターの他、日本臨床腫瘍学会、他の関係医学会が「和解協議に応じるべきではない」とする見解を公表し、同じ日にアストラゼネカ社が和解協議を拒否、和解期限には国も拒否したのです。

 後に、この一連の医学会等の見解は、厚労省が依頼したものであり、中には厚労省が声明の下書きまで提供していたものがあることが分かりました。この種の事件は、和解協議に応じるか否かという局面では政治判断です。そこで、厚労省の官僚は、関係医学会等に対して、和解に消極的な見解の公表を依頼し、その見解を国会議員や閣僚の説得に使い、政府に和解拒否を促したのです。

 この「下書き提供問題」は、国会質問でも取り上げられ、厚労省は調査チームを発足させざるを得なくなりました。しかし、調査チームが公表した報告書は、真相の究明にはほど遠いものでした。そればかりか、「自省の利益」を守るために局議で決めて「メディア対策」として声明を依頼することは「正当な業務」の範囲であるとし、ただ、下書きまで提供したことは「過剰なサービス」だったというまとめをしたのです。

 大阪地裁判決から最高裁まで

 いずれにしても、訴訟は、企業と国が和解を拒否したため判決となり、昨年2月25日に大阪地裁、3月23日に東京地裁で言い渡されました。判決の判断は分かれ、大阪地裁は企業の責任のみを認め、東京地裁は企業と国の責任を認めました。

 しかし、国の責任を否定した大阪地裁も、国の対応に問題がなかったとしたわけではありません。イレッサの初版添付文書については、「警告が不十分で製造物責任法の『欠陥』がある」と指摘し、国の添付文書に関する行政指導には問題があったと指摘しているのです。ただ、最高裁判所の判例で、国が規制の権限を行使しなかったことについて賠償責任を問われるのは、裁量を著しく逸脱したといえる場合であるとされていることに照らして、問題はあるが裁量逸脱というレベルには達していないという理由で国の責任を否定したに過ぎなかったのです。国は法律論に助けられて、かろうじて法的責任を免れただけなのです。

 そのため、大阪判決の後、当時の福山副官房長官は、官邸内で大阪訴訟の原告と面談し、3月に東京の判決が出た後は、改めて東京の原告の方々との面談の機会を設けると述べたのでした。

 しかし、3月11日、あの東日本大震災と原発事故が発生しました。新聞紙面は震災と原発一色、原告は3月23日に東京地裁で悲願の国と企業の責任を認めた画期的判決を手に入れ、本来であれば、これをもとに政治解決を迫るはずでしたが、それが許されるような環境ではなかったのです。

 そして、事件は控訴審に移りました。しかし、東京高裁は、わずか2回の期日で審理を終え、それから20日という極めて異例のスピードで昨年11月に原告逆転敗訴の判決を下し、本年5月には、大阪の高等裁判所も原告の請求をすべて退けたのです。

 黒塗り資料と情報公開請求訴訟

 ところで、私が事務局長をしている薬害防止を目的とするNGO、薬害オンブズパースン会議では、厚労省に対し、「下書き提供問題」についての調査チームの報告書のもととなった関係者への聴取票やメールなどの公開を求めて情報公開請求をしました。しかし、開示をうけた100枚近い書類は、そのほとんどが黒く塗られていました(コピーをすると、読むところはほとんどないのに、トナーばかりがなくなります)。

 そこで、やむなく国に対して情報公開請求訴訟を提起したのです。この情報公開請求訴訟は、東京地裁で続いています。その過程で、国が一部の資料の墨塗りを解除しました。国が保有している情報は公開が原則ですので、裁判所から「黒く塗る理由を説明せよ」と言われ、どうこじつけても説明できなかったのだと思います。一部公開された書類中には、厚生労働省から関係者への働きかけの状況について、職員がチェックするために作成した「アタックリスト」なるものがありました。また、「裁判所の所見に従うならば、あらゆる未知の危険まで明らかにならないと、抗がん剤のような新薬の承認ができなくなることを意味しています」、「今後リスクのある医薬品の承認はますます困難になります」と記載して、和解に消極的な見解の公表を促した厚労省発信のメールもありました。

 もちろん和解に応じると新薬の承認ができなくなるなどということはありません。そもそも和解勧告は、未知の副作用のことは一言も触れていないのです。裁判所は、「承認前に分かっていた副作用に関する情報を患者に提供するべきだった。それがされていないのだから被害者を救済しなさい」と言っているのであり、メールの内容は偽りです。しかも、裁判所が求めたのは、和解協議の席につくというだけのことであり、内容は協議に入ってからの交渉次第です。それを、厚労省や医学会が、ここまでして和解協議の開始を阻止しようとするのは何故なのか。そこまでしなければならない薬害イレッサ事件とは何なのか。薬害イレッサ事件の真実を知ってほしいと思います。

 

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