取材報告:薬害肝炎大阪訴訟の経過 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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取材報告:薬害肝炎大阪訴訟の経過

薬害肝炎大阪訴訟の経過 -4月20日、6月8日両期日について-


(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局  酒伊 まり)

 薬害肝炎訴訟の現状

 1964年、日本において初めて、フィブリノゲン製剤の製造・販売が、1972年には、第9因子製剤(第Ⅸ凝固因子製剤)の製造・販売が開始されました。これらの血液製剤は止血剤として使用され、とりわけフィブリノゲン製剤は、出産時の出血のときに、止血目的で大量に使用されました。しかし、これらの血液製剤にはC型肝炎ウィルス(HCV)が混入していました。その結果、多くの母親あるいは手術をうけた方々が、HCVに感染しました。

 2002年10月21日、東京地方裁判所では13名が、大阪地方裁判所では3名が国と企業に対して損害賠償を求めて提訴し、その後、福岡地方裁判所、名古屋地方裁判所、仙台地方裁判所において次々と提訴していきました。

 薬害肝炎訴訟は、このような危険な血液製剤を製造・販売した製薬企業(現三菱ウェルファーマ株式会社・日本製薬株式会社など)の責任を追及し、さらには、血液製剤の製造を承認した国の責任を追及する訴訟です。(薬害肝炎全国弁護団ホームページ参考)

 上記の提訴に加え、2006年8月25日に全国5ヵ所で一斉に追加提訴(第2次訴訟)されました。第2次訴訟原告となっている方々と第1次原告の提訴の時期が異なるのみであり、原告要件1)は同じだそうです。大阪訴訟での第2次原告は14番から始まり、現在も新たな原告の追加提訴を行っています。2007年6月19日にも新たに10人が全国4地裁に一斉追加提訴(東京地裁3人、名古屋地裁2人、大阪地裁1人、福岡地裁4人)しました。2007年7月現在では原告総数は5地裁・3高裁で計172人です。

 今回は、大阪第2次訴訟の期日を傍聴しましたので、報告いたします。

薬害肝炎大阪第2次訴訟原告の両川洋子氏(左写真)、藤村あさみ氏(右写真)


1)・・・薬害肝炎全国弁護団ホームページによると、原告となる要件については「昭和39年(1964年)から平成6年(1994年)頃までに、血液製剤(フィブリノゲン製剤あるいは第9因子製剤)を投与され、C型肝炎に感染された方」、但し、血友病・先天性フィブリノゲン欠乏症の方はこの訴訟では原告対象外。

 2007年4月20日 第2次訴訟弁論

 大阪第2次訴訟における被告(国・製薬会社)側からの意見陳述が行われました。

 まず、原告側からの意見陳述となりましたが、原告の記録DVDを上映しようとしたところ、被告側、裁判官も内容を確認していないという理由から、DVD上映が次回へ延期されました。このことにより原告側からは原告本人の意見陳述のみとなりました。

 次に、被告代理人からのプレゼンテーションへ移りました。被告代理人(国側)からの意見陳述では以下の2点について説明が行われました。

 <フィブリノゲン製剤の有用性>
 当時の専門家意見や科学的知見からしてもフィブリノゲン製剤を用いることは最善の選択であり、代替困難であった。また、当時はHCV感染へのリスクは極めて低く見られており、HCVの感染症状や予後についても十分に究明されていなかったという内容を示していました。
<原告の主張する承認・再評価手続きに関する違法性>
 原告が感染した当時の医薬品等の承認プロセスに基づく合理性を示し、加熱製剤の承認においても当時は製剤内におけるウィルス感染などの問題を抱えているとは考えられていなかったと説明しました。また、平成19年3月23日における東京判決においても「フィブリノゲン製剤の承認手続き上において違法性はない」と肯定されたと主張しました。


 続いての被告代理人(企業側)からの意見陳述では、1)HCVの感染成立要件、2)本件フィブリノゲン製剤における感染力のあるHCVの存在数、3)本件フィブリノゲン製剤による感染リスクについて説明が行われました。

 1)HCVの感染成立要件
 欧米で起こった集団HCV感染事件であるガンマガード事件をヒトに対するHCVの感染リスクを考える上で最適な事例として挙げ、それをもとにフィブリノゲン製剤の感染確率を示唆していました。
 ガンマガード事件とは、1986年に製造承認された血漿分画製剤・ガンマガードに対し、1993年にHCV抗体スクリーニングを導入した後、HCV感染者が多く現れたというものです。
 2)、3)についても実験や研究結果を基に、感染力がないと見られるウィルスやウィルスの断片もウィルス量にカウントされること、ガンマガードよりも本件フィブリノゲン製剤は感染力が低いと考えられると説明していました。

 2007年6月8日 第2次訴訟弁論

 前回の4月20日に続き、原告側の口頭弁論が行われました。

 前回中止された2007年3月23日の東京地裁判決から東京での原告団による座り込み・その解除までの記録DVDを上映しました。

 引き続き、4名の原告代理人によって以下の4点について説明が行われました。

国の主張する「フィブリノゲン製剤の有用性」に対する反論

 前回の期日における国側弁論内容より、「直接的な表現では示していないが、本件の医療行為場面(多量の出血を伴う手術や出産場面)における対症焦点がDICであると国は認めているようである」と原告弁護側が述べた上で、国側の主張した、DICへのフィブリノゲン製剤の有用性に対し、「出血時は他の血液成分も失われるために、フィブリノゲンだけを補充するのではなく、新鮮血やFFP2)による方法の方がふさわしい」と医学的根拠(エキスパートオピニオン)も含めつつ説明を行いました。

「C型肝炎の重篤性」

 国側が当時(昭和62年、63年)においては「自然に治癒する」「予後についてはこれからの研究が待たれる」とされていたと述べていましたが、これに対し、「現在のHCVに対する知見と同じレベルのものが1964年には既に医学雑誌等に掲載されていた」「C型肝炎の予後不良は40年前には予測されており、20年前には実証的に予後不良とされていた。」と反論しました。また、「東京地裁においても1983年末には非A非B型肝炎(C型肝炎)の病態は明らかになっていたと認められている」と上記説明の正当性を補足しました。

「フィブリノゲン製剤によるHCV感染リスクの高さ」

 国側の「HCV-RNA検査3)では感染力を有しないHCV-RNAも検出される」ことを認めた上で、国側の「本件フィブリノゲン製剤における感染力のあるHCVの数は多く見積もっても数コピーしか存在しない」という説明に対し、「ヒトに感染を成立させるのに必要なHCVの量、10~20コピー程度を優に超えるコピー量が本件フィブリノゲン製剤には含まれていた」と説明しました。

国の主張する「フィブリノゲン製剤(加熱製剤)の承認・再評価手続時における安全性」への反論

 「『フィブリノーゲン』から『フィブリノゲン』へと名称を変更することで新薬としてみなされ、再評価を簡単にすり抜けている」こと、国と製薬企業間における内示(フィブリノゲン製剤の再評価調査会における審議結果)において企業側は国側の審議結果、加熱製剤の安全性に対して指摘をする機会があったにもかかわらず、それを怠ったこと、またその内示の受け取り後では、先天性低フィブリノゲン血症に対してのみ臨床試験や調査が進められており、後天性低フィブリノゲン血症の調査については調査が終わったことにされていたこと、そして、非加熱から加熱への承認までは10日という異例のスピードで認可が下りたにもかかわらず、加熱製剤の再評価手続きでは13年という歳月がかかっていることなどを、「異常な出来事」として国側を厳しく批判しました。


2)・・・FFP(新鮮凍結血漿:Fresh-frozen Plasma)
3)・・・HCV-RNA検査とは、PCR法により核酸を増幅させ、HCV遺伝子がどの程度あるのかを測る検査。

 おわりに

 6月8日の裁判を傍聴するにあたり、前回(4/20)の国側の「『情報』による戦略性」を改めて実感し、「中立性」を保ちつつ傍聴することの重要性を感じました。その理由としては、当時のC型肝炎の予後については、国側は「自然に治癒する」または予後についてはまだ不明瞭と所見を引用して説明しましたが、それに対して原告側が同所見内に「『慢性化する』『肝硬変へ高率で移行』すると注意されている」と示したからです。原告弁護人の反論がなければ、その当時の状況については、傍聴者側としては国側の提示する情報を鵜呑みにするところでした。

 科学的根拠付けには多いことですが、文章の前後を読む必要性、引用する側のモラル(自分の研究に都合よく解釈しないなど)が必要だと本当に実感しました。今回の裁判傍聴においては、医療領域におけるモラル、倫理観だけではなく、科学的領域におけるモラル・倫理観についても改めて再考し、それを読み解く側にも情報操作に対する、ある種の「警戒心」を持って見ていく必要があると感じました。

左:4月20日期日後の報告集会の様子 右:裁判期日朝の淀屋橋駅前での街頭宣伝活動