書籍紹介「対話が拓く医療」 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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書籍紹介「対話が拓く医療」

(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局)


対話が拓く医療 ~あるエイズ患者の手記とその主治医の提言~

尾瀬哲也・今中真 共著


発行:1994年9月10日
著者:尾瀬哲也・今中真 
発行者:菅国典
発行所:株式会社 木馬書館
定価:1,500円
ISBN4-943931-39-1

【目次】
はじめに 4
序文 6
下総だより ~あるエイズ患者の手記~ 9
「下総だより」の背景 ~インタビューより~ 133
対話が拓く医療 ~あるエイズ患者と医師との対話~ 157
エイズ診療の現場から 203
終わりに 260

 


 この本は、血友病患者であり、非加熱血液製剤によってHIVに感染、AIDSを発症した尾瀬氏と彼の担当医である今中氏の共著である(両者ともに仮名)。

 今中氏の提案から始まった「下総だより」は、今中氏のグループ活動のために1993年2月から1993年12月にかけて総数20回発行されたニュースレターである。その中では、HIV/AIDS治療や社会資源などについてだけではなく、訴訟に参加することの周囲(家族や親戚など)への影響や、その懸念、HIV感染の有無が同じ血友病患者であっても感じさせる「溝」など、尾瀬氏の心の葛藤や不安を垣間見ることができる。また、手探り状態であった1980年後半から1993年当時のHIV/AIDSを取りまく医療機関における消極的診療体制や診療拒否などの「現実」をも知ることができる。

 さらに、この本は、2人の手記だけではなく、尾瀬氏の書いた2通のリビング・ウィル1)やカウンセラー・看護師・弁護士・尾瀬氏の妹さんの追悼文も含まれていることで、尾瀬氏の闘病生活、当時のHIV/AIDS診療体制を多角的に見ることができる。この点からは、「薬害エイズ」と言われる社会問題を学ぶにあたり、関係者の声を聞く重要な資料であると思われる。

「時折崩れそうになる自分を支えているのは、はるかに苦しんでいるHIV感染者の姿と医師としての自覚である。医師とは何か、なぜ医師になり、なぜ医師を続けているのか、自問自答することがある。」(p.252 今中)
「私は、患者のための、患者の意思に基づいた治療を提供したい。単に自身の立場からのみ手を下すのではなく、患者との対話により、患者に病状や予後などを説明し、個々に適した治療法を共に選択する。・・・中略・・・ただし、その前提条件として、患者と医師の間に相互の信頼関係ができていることが最も重要であろう。」(p.261 今中)


 上記のように語る今中氏の言葉には、対人支援に携わる一人としてその職業倫理観に心揺さぶられた。目まぐるしい現在の医療現場の中では、このような意識を持っていたとしても、行動を常時伴わせることは現実的ではないのかもしれない。しかしながら、日常の業務に追われているからこそ、各々は、特に自分も含めた対人支援従事者は職業倫理についてもう一度見つめる機会を持ち、自己を振り返ることが必要であると考える。このような意味で、医療従事者、医療従事職希望者にも一読いただきたい本である。

 また、尾瀬氏が医師任せであった自身の治療に対する姿勢を省み、能動的に介入していったように、利用者側は自身の治療に対して能動的姿勢で取り組み、主体者と自覚することも「利用者のための医療」を構築する上で重要である。このように、尾瀬氏の言う「医療体制の変革」には医療従事者側の変革と利用者側の変革が必要不可欠であると感じた。

 この本は、日本において始まったばかりのHIV/AIDSの医療体制などを知る歴史的資料、非加熱血液製剤によってHIV感染者・AIDS発症者となった尾瀬氏の闘病記であると同時に、「医療」を介した人間関係の構築における「対話」の重要性を改めて感じさせてくれる本であった。


1)・・・リビング・ウィル(Living Will)は、日本語訳については、「尊厳死宣言書」と訳しているものもあれば、「生前遺言書」「遺言書」と訳している場合もある。定義や概念については、まだ議論されている途中であるが、現在、日本では多くの場合、生前における終末期医療や尊厳死、葬儀の方法やその他の死後処理などに関する意思表明をするものと解釈されている。本書で尾瀬氏は終末期医療と尊厳死に関する「生前意思の表明」という意味合いで記しており、尊厳死に関しては、日本尊厳死協会発行のものを参考に記したようである。