生命を育む思想:基調講演 養老孟司氏 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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生命を育む思想:基調講演 養老孟司氏

治療行為の不確実性と所与の存在としての患者

イントロダクション

 現代社会を情報化社会と呼び習わすようになって久しい。氏は「情報化」=「脳化」であり、生きる実体(身体)が諸行無常なのに対して、情報化は固定化、シンボル化であると論じる。

 医学もまた情報化されたシンボルの体系であるならば、原理的に実際に生きている患者とは接点を持ちえないはずである。しかしながら、現実社会においては、医療という接点が存在する。この意味において医療は、世間に通有する、情報化と人間をとりまく諸問題が凝縮されて顕在化する場であると言いうる。

 科学を基盤として開発される、医薬品や医療技術が次々と医療現場に投入されてゆく中、これらの利用の仕方としての「適切さ」は、何によって決定しているのだろうか、あるいは決定すべきなのだろうか。病気や『障害』を情報化してゆく作業は、人を本当に幸福へと導くのだろうか。

 永遠に「脳化」されることを拒み続ける昆虫たちを凝視しつつ、目に見えない壁を可視化し、目に見える壁をすりぬける、養老氏の卓越した千里眼が、命や医療をめぐる諸問題をどのように論ずるのか、まったくもって「ワクワク」である。

(花井 十伍)


養老 孟司 TAKESHI YOUROU
養老研究所)


1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入り、同大学医学部教授。1995年退官。北里大学教授を経て、現在、東京大学名誉教授。1989年『からだの見方』でサントリー学芸賞、2003年に『バカの壁』(新潮社)で毎日出版文化賞を受賞。その他にも『唯脳論』(青土社)『涼しい脳味噌』(文藝春秋社)『身体の文学史』(新潮社)『記憶がウソをつく!』(扶桑社)など社会批評から科学論、文学論まで多数の著書がある。

 現代社会における石油依存症

 私は1937年(昭和12年)生まれで、来年70歳になりますが、私が生まれた時代と現代では、社会の状況が非常に違っております。根本的にその違いがどこから来たのか、ということをよく考えるのです。

 つまり、私は神奈川県の鎌倉市で生まれて育っておりますが、私が小学生のころ、非常にはっきり覚えているのは、田んぼや畑が鎌倉の市内にもたくさんあって、車といえば駅前から出る木炭バスくらいでした。今の若い方はほとんど分からないと思いますが、バスの後ろにお釜が積んであって、薪を放り込んで車が走っておりました。また水洗のトイレはどこの家にもまずありませんでした。

 それが、なぜ50年ぐらいでここまで変わったかということです。ここまで社会を変えたのは、石油というエネルギーです。さらに補助として原発が加わっております。なぜそれが補助かというと、原発の発電所を見たことがあるかどうか分かりませんが、あれだけの発電所を原発だけで作ろうとしたら、つまり使えるエネルギーが人力と原子力だけだったとしたら、あんな立派な発電所が簡単にできるかということです。つまり大変な量のコンクリートを使うはずですが、それを運ぶのにはトラックが要ります。そのトラックを動かしているのは石油なのです。

 50年間、現代社会がほぼ完全に依存してきたのは、石油であり安く大量に使えたからだと思っています。安い石油を大量に使えるという状況がいつまで続くか、これは地面の中にあるものを掘って使っていますから、いずれ無くなると思うのです。第1次オイルショックの時によくそれが言われていました。今その話を持ち出すと、大抵の方が、あの時もうじき無くなるって言われたけどまだ続いているじゃないかと言われます。しかし、この問題が消えたわけではございません。

 思考を停止させる状況

 しばらく前に私は東北のある町で市長さんと晩ご飯を食べました。一緒に話して、そこに医師の方が何人か一緒におられて夕食をしたのですが、そこで市長が何を言ったかというと、石油というのは地面の中でできていくのだと、地熱を利用して合成されてできてくるんだと、かなり真面目に言っておりました。そういう本があることを知っていましたから、私もニコニコして聞いていたのですが、一切訂正致しませんでした。訂正しなかったのは、市長の気持ちがよく分かるからです。なぜかというと、そこの町で一生懸命地元に産業を誘致して地元の若い人の就職先を作ろうとしていたのです。真面目な市長さんですから石油はいずれ無くなるかもしれないよって言われると、はて今自分がやっていることはどこまで確実なのだろうと悩むはずです。その時に二つの考え方があって、石油がいつ無くなるのか、現在この町にこういう企業を誘致して若い人をそこに就職させて果たして良いのだろうかと考えていくか、石油は地面の中で、ひとりでにできてくるのだから無くならないよと考えるかです。そういう考えをとりたくなるということが分かるのです。

 なぜかというと、小学校2年生で終戦でしたが、「この戦争はもう負けるよ」と常識的に考えて分かる人たちの中に、「神風が吹く」という考えがあったのです。日本ではそういう国難の時に、本当に困れば神風が吹くと思っていたのです。たぶん皆さん方も人生を生きていくときに、多くの問題をそうやって放っておいた方が、日常がむしろ無事にいくと考えがちです。

 そこで私が今申し上げたいのは、現在の我々の社会は普通の社会ではないということなのです。どこが普通じゃないかというと、タダみたいに使える石油が山ほどあるという状況なのです。この状況が今後200年、300年続くかというと科学的な表現ではありませんが、まず続く可能性は無いだろうと考えております。続く可能性が無いとしたら、いったいどうなるのだろう。石油が切れるという話を時々持ち出すのですが、大抵の方が思考停止をして考えたがらないのです。それは戦争のときに「この戦争負けたらどうなるの」と聞く人がひとりもいなかったことと似ているのではないかと思います。まず前提から申し上げますと、石油が切れたら人間は不幸になるかというと私は不幸になると思っていません。そもそも私が育った時代が石油の無い時代だったからです。

 太平洋戦争がなぜ始まったかというと、ABCD包囲陣といって、まず日本に対して、石油を禁輸措置にしたのです。石油を禁輸されたら何がアウトかというと、まず日本の軍隊がアウトなのです。当たり前で、軍艦も飛行機も戦車も動かないのですから。それでパニックを起こして、軍部が何と言っていたかというと、このままではジリ貧だということで、戦争を始めて、石油を獲ったわけです。パレンバン空襲といってインドネシアの石油を押さえました。それで何が起こったかというと、そこで本音の戦争はおしまいだったと私は思っています。

 文化系の方はそういう解釈はしませんが、私は理科系ですから、石油が必要で始めた戦争ですから、ということは石油が手に入った段階でおしまいです。戦略観が無いとか大局観が無かったとか言いますが、大東亜共栄圏とか言ったって、そんなことは関係が無いのです。石油が入った段階で考えが止まりましたから、何をしたかというと、しょうがないからミッドウェーに出てって、以後はご存知の通りでございます。

 石油が枯渇して解決できること

 私は、今もまったく同じだろうと思っています。いずれ石油は切れるでしょう。石油の切れた状態になれば、今のように好き勝手にエネルギーを使えません。どうなるかというと、現在日本人の半分がメタボリック症候群になっていて、私もそうですが、内臓に脂肪が溜まっているのです。超音波で見たらすぐに分かりますが、なぜそうなるかというと食べ過ぎで動かないからです。基本的に多くの生活習慣病といわれるものがそこから生じているわけですから、石油が無くなったらたちまちこれは治ります。歩かざるを得ない、動かざるを得ませんから。実はこれだけ安いエネルギーを大量に利用しているということが現代社会の根本的な問題であることはお気付きになると思うのです。しかも人間という動物は、それを予想して造られてきた動物ではありません。脊椎動物になってから5億年ですが、その間にこれだけ楽ができる世界は無かったのですから、たたらを踏むというか、調子がおかしくなるのは当たり前と根本的に思っております。

 この時代がいつまで続くかというと、たぶん今申し上げたように続かないのですから、高齢化社会の問題と同じです。10年ぐらい前からその言葉が時々登場していましたが、50年辛抱すれば消えて無くなるといつも言っていました。つまり、あと50年すれば私も含めて年寄りは全部いなくなりますから、若い人は人数少ないのですから、その時には高齢化社会じゃなくなるだろうと言ったわけです。

 つまり長い目で見ますと、現代社会固有の問題というのがあって、それは石油の過剰によるものであります。これ以上私は申し上げるつもりはありません。エネルギーがたくさんあることによって何が可能になっているかというと、都会の生活が可能になっているのです。都市というのは、必ず外部からエネルギーを注入しなければ成り立たない。それは分かりきったことです。小松左京の「日本沈没」ではないけれども、小松左京に別なSFがありまして、巨大な指輪が落っこちてきて、いわば東京の街の周りを囲んでしまう、という、きれいに、ものすごい壁がですね、そういうSFがあります。そこで見事に現れるのは、まず食料が切れてしまう。あっという間に無くなります。つまり物流がなければ都会は成り立ちません。エネルギーがなければ電気は使えませんし、以下同様ですからもう言うまでもないと思います。

 古代にも都市はありましたが、それらの都市は全て木材というエネルギーによって維持されてきました。古代文明であるエジプト、メソポタミア、インダスの流域、黄河流域を旅行されたら、嫌でもお分かりになるはずです。その四大文明と呼ばれた4つの場所のいちばん大きな特徴は、現代ではまったくの荒地で木が生えてないということです。そんなの当たり前で、あれだけの人たちが煮炊きをすることから始めて、陶器から何から全部木材を使って焼いたわけですから、家を建てる資材も木材を使いましたから、近くから運べる範囲での木材が消えてなくなる段階で、文明は停滞するか消えてなくなりました。それだけのことだと思います。

 ですから、ベースにはそういう問題があります。人間の生活を成り立たせているもの、根本的なものについていうなら、個人ではそれは体であり、社会でいうならばそれは石油と水です。日本人は少なくとも水の心配は当面する必要ございませんが、多すぎるという心配だけでいいですが、隣の中国はおそらく水が非常に大きなネックになります。なぜなら全世界で可能な、それぞれの国の人たちが使える水というのがあるのですが、量が計算できるわけですね、どのくらい雨が降るか、どれだけ川があるか。それで調べますと、ひとりが1年に使える全世界平均の水の量が出ます。中国はその平均の3分の1しかありません。だから中国をお考えになるときに、水を抜くことはできないのです。

 当たり前ではない現代社会

 それで、何を変なことを言い出したかと思われるかもしれませんが、まずそれをいちばんベースに置いていただかないと私の話が分かりにくいだろうという気がします。現代社会を当然の社会と思っておりません。皆さんはそれを進歩とか発展とか言い聞かされてきたと思いますが、それは時代の動きのある一部なのであって、ちょうど戦争中が当たり前の時代ではなかったのと同じように、今の状況も私は当たり前の時代だと思っておりません。

 これで石油が切れた場合には、大阪という街そのものがたぶん成り立ちません。それでそれが悪いことか、江戸時代だって成り立っていたのですから、あるエネルギー水準では成り立つと思いますが、現在のままで成り立つはずがない。それが第一です。ですから、その中で後とか先を考える時には、どうしようもない枠ということをまず考えればいいわけであって、そのどうしようもない枠というのは石油と水です。その次に天気が来ます。温暖化については、まだまだ変わる可能性が十分あります。でもそれがどう変わろうと、それなりに対応できるでしょう。1万5千年前に日本の氷河期が終わったということが最近ほぼ分かっておりまして、私は虫を見ていますから、虫があまり多くない所というのは、そのころ氷詰めだった所だということがよく分かるのです。

 私が経験した医療の不確実性

 私は医学部を出ましてインターンを1年間真面目にやりました。当時インターンを真面目にやる人は少なかったのです。医者の資格がありませんし、病院でちょうど看護師さんと同じように、医師の監督の下で医療行為をするというもので、しかも1年間報酬がないのですから完全にタダで働くわけです。学生でも医者でもないという極めて奇妙な身分です。インターン制度反対と10年近く後に社会騒動が起こったぐらいです。私はその制度で大変良かったと思っている例外の人間のひとりですが、インターンを真面目にやったという意味は、インターンを真面目にやれば病院で患者さんを診て働くわけですから、当然医者になろうと思っていたことです。ただインターンを1年やった結果、おかげさまで医者になりそびれました。なぜかというと、そこでかなり重大な医療事故に3度出会ったからなのです。

 最初の事故は極めて簡単でした。内科にしばらく入院しておられた若い女性の患者さんで、本態性高血圧で、血圧が高い理由が分からない、若いのに高いというのはおかしいのです。結局、当時最新の血管造影をやってみたところ、腎臓の血管が細いことが分かりました。腎臓の血液が足りないと、腎臓からホルモンが出まして血圧を上げます。腎臓というのは血液をきれいにするための臓器なのです。そこの血流が下がってしまいますと、血液をきれいにすることができませんから、血液が減ってきたということを腎臓が感じると血圧を上げます。血圧を上げれば血液が増えてきますから。内科でその結論が出て外科に回って参りました。当時は乱暴でしたから血管が細いのだから腎臓を切ってしまえばいいとなったのです。要するに血管が細い方の腎臓を取ってしまえば、腎臓は2つありますからひとつあれば別に何の問題もないということで取ることにしました。

 それで私は上の人に血液型だけは自分で調べておいて下さいと言われました。なぜならば内科に何ヶ月か入院していましたので厚いカルテがあったのです。当然カルテのいちばん先に血液型が書いてあります。ただ外科の上の先生に一言注意されたのはよく覚えています。部屋に戻ってカルテを開きました。カルテの最初のページにろ紙が貼ってあって、AとBを判定するための青と黄色の液が染み込ませてあります。患者さんの血液を入れたときにどっちが固まるかでA、Bが分かるのです。両方固まればABだし、両方固まらなければOなのです。それを判定した結果をそのまま写して出しました。次の日、手術場に行って大目玉食ったのです。輸血用に用意した血液と患者さんの血液を、もう一度交差試験で混ぜてチェックします。ところが輸血用の血液と患者さんの血液が混ぜると固まってしまいました。つまり血液型が違っていたのです。ただ輸血する必要がなかったので事故にはならなかったのです。

 このことは私にとって大変なショックだったのです。内科の厚いカルテに証拠まで貼ってあるのに、内科の先生がAとBを書き間違えているわけです。単なる簡単な間違いです。データが貼ってあるのですが、私が何をしたかというと、先輩が書いたものですから、信用して当然だと思って、現物のデータを見ずに文字の方を見てしまったということです。一言言われたにもかかわらず自分で調べなかったのです。だから、こういう体験をしますと、いったいこれから先、医療をやっていくときに私は何を信じて何を信じてはいけないのか、ということが非常に分からなくなってきたのです。だから確かに先輩に言われたとおりで、手術に関わるのなら血液型は自分で調べなければいけないことを叩き込まれました。

 けれど東大の医学部の血清学教育の中で血液型の判定は非常に重要だ、ということを叩き込まれていたのです。実習の最後の試験は、4種類の血液を与えられて、その血液型を判定しなさいというものでした。ただしその4種類の判定を1回間違えますと、次に8種類をやらされます。その8種類を間違えますと16種類やらされます。さらに間違えると32種類、それを1つでも間違えると64種類やらされるのです。私の同級生の女の子は、実に128種類になって泣いておりました。私の先輩もその試験をやったはずで、判定が間違ってないのに字を書き間違えているのです。こういうことって私は、どうしようもないなと実は思いました。こういう間違いは手も足も出ません。構造的とさっき言葉が出ましたけども、言うならばこれは人間の構造的なものであって、私の場合には目の前にデータが出ているのにきちんとそっちを見ていない。字の方を見ている。なぜ字の方を見てそれを受け取ってしまうかというと、そこに先輩が書いたという権威があったからです。私がそこまで疑う心理の持ち主であったらどうなったかというと、たぶん世の中で暮らしていくのに、うまくいかないでしょう。そういう意味でちょっとお考えいただきたいのは、やっぱり人は間違えるということを私はそこで嫌というほど叩き込まれました。

 もうひとつの事故というのは、手術で起こった事故です。これは実は上顎(じょうがく)がんの末期で、患者さんが外来に来た時、もうこれはダメだと素人の私でも分かりました。ですから病院をたらい回しになって、最後に東大へ来たのです。東大病院というところは、もうどうにもならない患者さんが最後に来るところだったのです。それで受け持ちの先生が、助かるかもしれないということで手術をしました。

 8時に手術場に入って手を洗いまして、9時から始まって午後の3時半、6時間半かかりました。その間、飲まず食わずでやりまして、無事に手術は終わりました。私は、ヘトヘトになって帰って寝て、次の日行きましたら、朝から教授以下ズラーっと患者のベッドの周りにいました。何が問題か、手術は終わったのですが、患者さんの意識が戻らないという問題が起こっていました。戻らないまま、その日の夜には亡くなられたのです。直ちに病理解剖になりまして、今でも僕はよく覚えていますが、病理の医者が首の血管を出して、「これだ、これだ」と言って振っていました。

 顔の手術で、上顎がんというのは骨の中にある部屋、上顎洞に発生した腫瘍ですから、骨を相当削らなきゃいけない。骨の中には血管がたくさんあって、硬い骨の中を細い血管が走っています。それを削っていくから壊れて血がジュクジュク出るのです。それを止めること、縛ることができません。軟らかい組織であれば、縛ればいいのですが、その時どうしたかというと、顔全体にいく血管を首のところで、頚動脈の枝分かれ、内頚動脈と外頚動脈があって、その外頚動脈を縛ったのです。片側だけ。なぜかというと顔の鼻の辺りに血液を送っていますから、それを止めてしまえば出血が少なくて済むのです。

 その手術のどこが問題で間違ったかというと、外頚動脈のはずが脳にいっている内頚動脈を縛ってしまった。大変な手術だったので、そのことで頭がいっぱいだと、最初に締めた血管が実は間違いの血管だったことが最後まで手術が終わっても気が付かなかったのです。この内頚動脈と外頚動脈を、首を切って見ても、どっちがどっちかを判断することは極めて難しいのです。後に私は解剖専門になってからよく分かりました。

 後でこうすればよかったということはいくつもあるのですが、その手術中6時間半に何でもなくても、最初にやったことが根本的に間違っていたわけです。6時間半の内容が大変だと、最初の考え方のウェイトが非常に軽くなりますから、まさかそこで事故が起きるとは思わないのです。その教訓は何か、6時間半もかかるような手術はしてはいけないということが私の教訓です。結局どこかで間違いを起こす可能性が大きい。だからシステムというのは、複雑なよりは単純な方が良いのです。

 便利になればなるほど

 今の機械はほとんど自動化されていますので、壊れた時には手も足も出ないのです。例えば車がそうだと思います。私は電子顕微鏡を使っていましたが、私が使っていたころの電子顕微鏡はマニュアルで操作しましたから、壊れても自分で修理ができたか、あるいはどこで業者を呼ばなきゃいけないかが分かりました。つまり自分では直せない、どこが壊れているかまでは分かりましたが、今は分かりません。全部ボタンで動けば便利ですけど、機械を使っている方の人間の理解が浅くなります。

 ロボット学会の会長をやっておられた東京工業大学(東工大)の森政弘教授が言っております。東工大の自分の教室で、金属を削る旋盤という機械を学生が壊してしまうのです。学生の機械の取り扱いが全体に荒くなっていたのです。旋盤に限らず、学生の機械の取り扱いが粗雑になって困ったとおっしゃったのです。それで一計を案じて、オーストリー製の旋盤を買って入れてみました。下手に使っても壊れないのではなくて、上手に使えばアメリカ製より性能がよく出るのだけど下手に使うと壊れてしまい、止まってしまう、たちまち学生の機械の取り扱いが良くなったそうです。結論は一言、機械を丈夫にすると人間が壊れるというものでありました。

 さきほど石油の話をしたのは、機械を丈夫にすれば人間が壊れますし、機械を便利にしますと人間が不便になります。便利な道具を使うと、人間の方が怠け者になります。現在教育問題といわれているのは、総論的にそれだけのことだと思います。「30万やるからお袋を殺してくれ」なんて言って、それを引き受ける奴がいるという時代です。嫌っていうほどエネルギーが余っている時代でなければ考えられないのです。

 要するに、はっきり言って暇なのです。脳みそを含めて環境の方が用意されている本来の基準を遥かに超えてしまったという状況です。ですから「あんたどう思ってんだ」って言われたら、石油が切れていくのが私の理想です。これが切れたら、今皆さん方がいろいろ問題にしておられることが根本的にかなり消えてしまうと思います。

 それだけですと話になりませんから、医療に戻しますと、私がこれから医者になったら何人殺すか分からんと思ったのです。僅かの間違いで患者さんの命に関わることが絶えず起こるのですから、だいたい人のやったことは信用できないし、そうかといって自分が一生懸命やったからって、一生懸命やらなかったところに穴があるかもしれない。こうなるととても医者はできないなと思い、私は実は解剖の道に行ったのです。解剖する患者さんというのは亡くなっておられますから、これ以上死ぬ心配は絶対にない。もしも全てのインターンを経験した学生が、みんな私のように思ったら医療が成り立ちません。けれど、そういうことはあり得ません。だから僕が不思議に思ったのは、どうして同級生たちが医者になれるんだろうということだったのです。私が良心的だとか、そういうことではなくて、彼らはそこをどうやって通り抜けているのだろうと考えたのです。40年、50年してみて、ここまで医療が問題になった。薬害エイズの問題もそうだし、水俣病もそうだし、医療だけではありませんが、やっぱり私が感じたことは問題だったのだと、この歳になって思っています。

 医療の価値を何で測るか

 次の話題ですが、言ってみれば社会の問題です。医療の価値をいったいどう測るかということを、私はある時から暗黙のうちに考えていたような気がします。なぜなら、私は医療現場から逃げ出しましたが、白髪になったら医者をやろうと思っていました。今のままでは間違えるから危なくてしょうがないですが、歳を取ったらできるかもしれないということを、母親がよく「白髪になんなきゃ臨床の医者はできないよ」と言っていました。それで社会問題としての医療を考えると、全然違うことが考えられるわけです。

 医療をよくご存知の方や医者自身はあまり考えてないのですが、我々の多くが日本人の平均寿命が世界一に近いくらい長いという原因・要因の中に医療の進歩などを必ず入れると思うのです。けれどよく考えてみると統計上、男性の平均寿命が減っているのです。何故かといえば、バブルが弾けてから年間自殺者数が1万人増えてしまい、たちまち男性の平均寿命が縮んだのです。実は沖縄は長寿県で、男女共に1、2位をいつも争っていたのですが、最近の統計では、女性は相変わらず1位ないし2位ですが、男性だけ23位ぐらいまで落ちてきました。沖縄の医療は、男性に特に悪いのでしょうか。そういうことはあり得ませんから、この原因は今のところ食事ということになります。沖縄の男性は酒飲みで、そこにアメリカ型の食事が入ってきたために両方が一緒になって寿命を縮めている。つまり平均寿命に生活習慣などがもろに影響するということなのです。

 かつて結核の患者がいつから減ってきたかというイギリスの疫学論文を簡単に紹介したことがあります。僕らのころは、三剤併用療法、結核の特効薬ができて、結核が治るようになったという時代を通ってきたのです。ですから私の常識としても、当然そういった薬剤ができてきてから結核の患者が減ったという統計になっているだろうと思って見たら、残念でした。結核の患者さんは、特効薬による治療法ができる以前からひたすら減り続けていたということが分かりました。では、なぜ減ったのだということです。

 著者の答えは簡単で、社会経済状態がいちばん影響するということでした。その話を雑誌に書いたところ、高校の後輩で、当時建設省の河川局長をしていた竹村公太郎というのが、手紙と資料をドサッと送ってきました。それが何だったかというと、日本の女性の平均寿命がいつから伸びだしたかという問題なのです。ご存知のように男性より約7年長いのです。初めから女性が長いと思っておられるかもしれませんが、実はそうではなくて、明治時代には男性の方が長かったのです。どこかの時点で逆転して、女性の方が長くなってきました。女性の寿命がいつから延びてきたかを統計上で調べてみますと、きれいに分かるのです。大正8年ないし9年からということが分かるのです。竹村が大正8年か9年から何が起こったのだろうと本気で調べだしました。そしてついに見つけました。

 そこで何が起こったかといいますと、東京都から始まっていたのですが、当時東京都知事でありました後藤新平が水道の塩素消毒を始めるのです。新生児の死亡も、幼児死亡率も急に下がり始めたことが分かります。ですから水道の水がきれいになって感染を起こさなくなったために、子どもさんが死ななくなって、そのおかげでお母さんが随分楽になったのだと思います。それがきっかけで女性の寿命がどんどん延びだしました。ついに男性はとても追いつけない状況になっております。ですから、私はフェミニストには必ず、後藤新平の銅像を立てろと言うのです。

 私は38年間、東大医学部におりましたが、後藤新平の後の字も聞いたことありません。つまり何で測るかということなのです。社会全体として測りますと、医療全体が束になったことよりも後藤新平ひとりが決断したことの方が大きかったような気がします。しかし、皆さん方は個人として社会の中で生きておられますから、個人として社会の中で生きていて、個人の目から医療を見ますと、医療のありがたさっていうのは逆に分かるわけです。

 私は昭和19年に東大病院に入院して手術を受けました。当時の東大病院の医療がなければ、私はここに立っておりません。私が田舎で暮らしていて母が医者でなかったら、当然手遅れで死んでおります。ですから個人から見れば医療っていうのは極めてありがたいものです。それをありがたいと感じるわけですけれども、ある見方をすると、私がひとり生きようが死のうが、昭和19年の当時の状況では何の問題でもないでしょう。原爆一発で、何十万って桁の人が亡くなっているのですから。よく学生には言うのが、「あんた方が、おなか痛いおなか痛い、ヒーヒー言って、医者に駆け込んで注射するか、薬飲ませてもらって治ったら、医療に感謝するのだろう」と。「けれど初めから腹が痛くならないようにしてやったら感謝しない」と言うのです。だって痛くなくて当たり前なのですから。つまり社会の経済状況と同じなのです。痛くなくて当たり前という状態ですから、医療のありがたみ、予防のありがたみっていうのは実は分かりません。BSE問題も出ましたが、典型的にそうです。予防に関して一般に議論するときの常識の難しさです。

 さらに申し上げますと、今のところ医療というのは、社会全体の寿命あるいは健康にどの程度寄与しているかを測りようがありません。仮に平均寿命を物差しにとれば、医療はあまり効いてないという答えが出ます。バブルが弾けたり、沖縄で食生活が変わったり、水道の消毒をしたりする方がずっと大事だ、ということが分かります。それがどのくらい、それでは社会の常識になっているか、ということが国によって違うということに、私は気が付きました。

 どこまで医療にコストをかけるか

 例えば、最近現役のお医者さんが書かれた本の中で、イギリスの医療が崩壊していると書いてあるのです。イギリスは予算制度になっていて、病院は予算がなくなると、もうその日から患者は診ないのです。そんな医療はとんでもないと日本人だったら言うと思うのです。イギリス人は平気なのです。日本の真面目な医師は、それをイギリスにおける医療崩壊と言いました。社会全体として、本当にその病院を開けるだけのコストをかける価値があるかどうかが違うのです。別に医療が崩壊しているわけではありません。何も、今日患者さんが病院に行って診てもらえないということが起こっても、それは社会全体にしてみればそれほど大きな問題ではありません。皆さん方が、それを認めないのは、私はよく分かりますが。

 戦争中のコベントリーの空襲という有名な話がありまして、コベントリーというある町が、人口が確か5万ぐらいだったと思いますが、そこが空襲を受けることを、イギリスの諜報部で分かっていたのです。ナチの暗号を解読して次の空襲はコベントリーであるということがはっきり分かっていました。おそらく、いつということも分かっていたでしょう。しかし諜報部は分かっていたけれども、情報を一切外へ出しませんでした。ですから現にコベントリーは空襲を受けて5万の住民の内、万という桁の人が死傷しました。日本であったなら、おそらく戦後に関係者は袋叩きにされたのじゃないかという気がします。でもその時のイギリスの判断、諜報部の判断は、ナチの暗号を自分たちが解読している、ということをドイツ側に知られるのと、コベントリーの市民にそれだけの犠牲が出る、ということを秤にかけて、解読をしている事実を知られない方を選んでいるのです。皆さん方が、その責任者であればどちらを選ぶかということを私が伺っているわけです。

 いわゆるグローバリゼーションとか、いろいろなことを言われますが、私どもが相手にしている国際社会はそういうことを考える社会だということです。それを皆さん方が良いとか悪いとか判断するのはご自由ですが、同時にそういう社会が我々の外に存在している、ということも事実なのです。ですから、どこに基準を置いて考えるかというのは文化によっても随分違ってきます。ひとつの考え方は、日本型医療というものを徹底的に押していく。これは要するにコスト問題ですね。リソースの配分問題といいますが、つまり病気の人にどれだけのコストをかけるかということです。イギリスの社会は病気の人にあまりコストをかけないという考え方をとっております。おそらく、このような考え方をしているのではなく、極端に言うと社会全体としてそうなっていると言った方がいいかもしれません。

 遺伝子が淘汰される理由

 あそこの社会では、19世紀にチャールズ・ダーウィンという人が出て、自然選択説、自然淘汰説を言いました。自然選択、自然淘汰というのは何か、これをきちんと説明すると大変ですが、自然淘汰というのは何に対して成り立つかというと、情報に対して成り立つものであります。ダーウィンは、生き物が自然淘汰されると言ったのですが、そんなこと分かりません。たぶん私は、それは間違いだろうと思います。しかし情報は淘汰されます。どういうことかというと、私がここで一生懸命しゃべったことは、皆さん方の頭の中に残るか・残らないか、どちらかです。では、どうして残るかというと、皆さん方の頭に適合すれば残りますが、適合しなければ残りません。つまり淘汰されます。それだけのことです。

 だから生物を情報として見るならば、生物は淘汰されます。だから遺伝子が正に淘汰の対象になるのであって、遺伝子というのは情報だからであります。情報として見た生物といってもいいのです。何か変なこととお考えになるかもしれませんが、先ほど花井さんが情報と実体って言ってくれましたが、実体が淘汰されるかどうか私は確信がありません。たぶんされないでしょう。なぜなら実体というのはシステムであって、それはそれ自身で生きていって、最後に壊れます。人間の答えがそうですが、生老病死といっております。

 切り離せないこと

 最終的には我々がものを考えるときに、患者さんと医療、人間と社会と、要するに、ある対象とそれを取り巻くものを考えるわけですが、これは対象を取り上げて、それを周りと根本的には切り離すことができないということはそろそろお分かりだと思うのです。常識になってまいりました。ただ科学は根本的に対象を取り出して調べますから、例えばウィルスという言葉、あるいはBSEのプリオンという言葉がありますが、それはその対象自体を取り出します。そういうものを取り出しますと、それはただの物質です。タバコモザイクウィルスが最初に結晶化されましたが、結晶化されてタバコモザイクウィルスはどうやって生き延びるのか。このウィルスは、生きた細胞であるタバコの細胞に感染して自分を増やします。つまりタバコの細胞がないとウィルスは増えられません。だから僕は若いとき、ウィルスは生物じゃないと自分で勝手に定義していました。なぜなら、そういう生きた細胞という環境がないと生きられないからです。でも、その後だんだん年取って考えてみると、細胞だって宇宙空間にいきなり放り出されたら壊れてしまいます。ということは、その細胞が必要とする環境があるわけで、結局全ての生き物は、地球という環境を必要としているのです。地球と同じような星が宇宙にいくつあるかという計算がありますが、近くにはほとんどないだろうという結論になっています。やはり地球全体が生きていると言ってもいいのです。生きていくためには。そういうふうに考えていくと、患者さんと医者と病院ですね、社会と個人とか、そういうものは便宜上分けるのですが、本当は分けられない。そうすると議論はどうなのだということになります。