生命を育む思想:パネルディスカッション | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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生命を育む思想:パネルディスカッション

パネリスト:
 小林傳司(大阪大学コミュニケーションデザインセンター)
 養老孟司(養老研究所)
 花井十伍(大阪HIV薬害訴訟原告団)

花井:
 これからの時間は、小林さん、養老さんのお二人と共にパネルディスカッションを進めていきたいと思います。このフォーラムは、10月14日~15日の2日にまたがっていますが、今日のお二人の講演は、明日につながる基調講演ということになります。

 明日は計5つのテーマが用意されていまして、朝一番で行われるフォーラム1は「優生思想」、同時進行するもうひとつのフォーラム3は、「医療における医学と倫理」です。医療と医学を分けて考えているわけですが、さらにフォーラム2「水俣病と現在」、フォーラム4「医師と患者の語りから」となってます。医療現場における患者の語りと、科学的、もしくは統計学的なエビデンスというものがどう折り合いが付くのかという話です。

 明日のメインとしては薬害エイズについて、かなり徹底的な調査をした何人かの社会学グループのお話を聞いて、全体に共通する何らかのテーマがそこに立ち現れるという仕掛けになるはずです。ですから明日のフォーラムセッションに対して今日の話がどのように関係していくのかということを中心に、お二人に伺っていきたいと思います。

 「医療」が今大きなテーマですが、養老さんの話では、医療というのは、実はその人の幸せ、健康、寿命ということについて、ある種限定的な役割しかないのかもしれないことを示唆されたわけです。その現実の医療現場において、科学やエビデンスというものと、そこにいる患者という、生きている患者そのものがうまく折り合いを付けられるのかということに関して、明日の「医師と患者の語りから」のセッションでは、エビデンス(根拠)とナラティブ(語り)がテーマとなっています。

 医師の主観とか、医師の専門性とか、観察者の立場とか、そういうことを放棄したり、それに留まったりと、どうすればうまいことやって医療が成り立つとお考えでしょうか。明日のテーマが、患者の語りに注目すればもっと良くなるのだと考えているのですが、ご意見などお伺いしたいと思います。

養老:
 医療というものを、どう考えるかということがまずあって、おそらく医療というのは、現在のお医者さんという社会実務を前提にした議論です。その中でどのようにしたらうまくいくだろうかという話は、先ほど小林さんも随分丁寧にきちんと説明してくださったと思うのです。

 ある意味で私はわざとそれを外したので、社会全体として見たら、例えば、医療はどういう役割を持っているでしょうか。例えば、救急医療などを考えると、意地の悪い言い方をすれば、非常にそれがはっきり出てきてしまいます。どういうところに救急医療の問題が出てくるかというと、私が知っていた古い時代で言いますと、東大病院に人工呼吸器が小児科に6台ありました。6台の人工呼吸器が全部フル稼働している時に、7人目の患者さんが来た時どうするかっていう問題です。そうすると、その6台に繋がれている6人の患者さんと新しく入ってきた7人目の患者さんを、現場で医者は比較考量しなければならないのです。6人の方がすでに使っている、だから7人目は使わないということになれば、7人目はそういう状況の中で扱われることになります。そうではなくて、ご破算にして初めから考え直すということになれば、7人の内、どの一人から呼吸器を外すかという話になるのです。そういうことは、医療を受ける側の方は普通お考えにならないだろうと思います。それを医者が議論しているわけではありません。

 医療というのは極端な場合、刻一刻がそういう判断です。それを別な言い方をすると、実は人生そのものがそうなのですが、多くの方が余裕のある時代にいると、人生がそういう切迫したものだという感覚をお持ちにならないから、そこで医療というものに対する周囲の見方と、医療を行っている医師本人との乖離がでてくるのです。10年ぐらい前ですが、私が後輩の救急の医者に、いちばん言われたのは、医者がどの患者を助けるか、ということが現場の判断に任されたのでは堪らないということでした。

 それはどういうことかというと、彼の経験ですが、東京のある大きな病院で救急の医長をしていたのですけど、9割方の患者さんは、結局障害を残して生きるというのです。ということは、彼が一生懸命やればやるほど、障害のある患者さんを社会に返していくことになるというのです。それがいけないというのではなくて、障害はいけないと言っているわけでもないのです。つまり現場の医者はそういうことを悩んでいる。患者さんが運び込まれた時、クモ膜下出血だといいなと思い、ほっとする。なぜほっとするかというと、この場合は、完全に良くなるか、かなり良くなってしまうか、死んでしまうか、どれかだからと言っていました。それで、よく例に上げるのですが、アメリカが作ったコーストガードという制度です。海水浴場に屈強な若い人を配置して、溺れかけた人を助けるのです。10年経過してどうなったかというと、脳障害の患者さんを相当数増やした結果になっているという結論になっています。救命救急ということが一番はっきり出るために例に上げましたが、医療が社会全体にどういう寄与をしたかというところまでいきます。社会全体から見れば個々の医療というのはさして問題ではないという結論が言えるのです。

 しかし今度はまったくひっくり返して、個人一人一人が生きていくという立場に立つと、価値がまったく逆転して、例えば親御さんでしたら、お子さんがたとえ障害が残ったって命が助かった方がいいという考え方は、ある意味当然ですから、その2つが対立しているのだということを多くの方が意識してないのではないかと思うのです。

花井:
 小林さん、臨床医は、まさに今養老さんがおっしゃられた不可避的に放り込まれる現場であるという側面があると思います。もう一段深い意味においては、先ほどワインバーグさんの話を引用されていましたが、専門家が保持するパブリックそのものがどうあるべきか、その辺について、コメントお願いします。

小林:
 私は医療の専門家ではないし、医療に関して研究してきた人間ではないので、その意味では医療を受ける側の視点しか持ちあわせてない人間です。医師のスタンス、あるいは社会政策としての医療の場面からの問題の立て方と、その患者の側の問題というのは違うだろうというのは全くその通りだと思います。そういう意味では社会防衛といったコンセプトはあまり評判が良くないわけですが、一転、公衆衛生政策はそういうレベルで議論せざるを得ない。そういうところに医師が巻き込まれているということもやむを得ないことだと思います。

 ただ今度は、医療を受ける側から見ますと、たぶんこれは時代の変化が非常に大きいのだと思いますが、少なくとも現代においては、この過去数十年の医学の進歩(のおかげ)によって、いよいよ病気は治せるものだということを、やはりどこかで我々は信じてしまったのだろうと思います。

 つまりあきらめるポイントが、どんどんときつくなってきて、簡単なことではあきらめないという気分を無意識に持っている気がします。医療社会学などの議論では、寿命が変わったのは決して抗生物質が出現したからではなく、衛生環境の影響の方が大きかったのだということはかなり常識化しつつあるわけです。でも一般的に治療を受ける側から見れば、どこかでそうは思ってないわけで、優れたお医者様がいて、そこで手術をしてもらえば治るのではないかという期待がどんどんと上がってしまっている、そういう社会に我々が生きるようになったのだろうと思います。

 おそらく子どもの数が減ったとか、新生児死亡率が非常に下がったとか、そういう結果として我々の期待値が変わっていくという、この50年でそういう変化があったのだと思います。少なくとも医学はそういう期待を我々に持たせたし、ある意味で売り込んだと思いますが、そして医療は患者の期待に応えるべく、あるいは応えているフリをしなくてはいけないという構造でお互いにどんどん高めあっている。

 しかし現実には、やはり患者と対峙している医師にとってみれば、あまりに不確実な場面、あるいは不確定な場面は多数あるのだろうと思います。EBMというのは、良くも悪くも個々の医師に対して「私は、これにエビデンスによってやったのだからしょうがないじゃない」と言うための仕組みのように見えなくもないわけです。だから私が初めてEBMの話を聞いたときには、「えっ、じゃあ今までエビデンスに基づかずに医者はやっていたの」って思わず反問したわけで、それが常識的な感覚だったと思います。

 他方、私が経験した全く個人的な医療の場面でいうと、お医者さんが「なぜこれが有効かっていうのはさっぱり我々にも分からんのだけれども、長年の経験であんたみたいな症状の人にはこの薬がなぜか効くんだよね」と言われて、それが効いたという経験をしているわけです。つまり、私の場合は妻の不妊治療だったわけで、これは最もそういう部分が多いわけですが、なんかある種、魔術というか職人技のようなもので、「メカニズムは分からん」と言っていました。そんな経験もあります。

 また私の娘はちょっとした病気なのですが、どこにふさわしいお医者さんがいるのかを探すのには非常に苦労するという経験を持っています。そういう構造がありますからEBMのような仕組みで解決できると本当に医療の人は思っているのかどうかが私にはよく分からないのです。直感的にはできないだろうなと思っています。

花井:
 今のお話に対してどうですか。僕は患者なのでEBMの実感はあるのです。要はその病気で、放っておくと絶対死ぬことが分かっていて、エビデンスに基づいた標準的な治療をやると絶対助かるに決まっている場合は、わりと医師の責任や医療過誤も分かりやすいのですが、どうなるか分からない場合が大部分であるはずなのに、一般的な議論の中では結構全部コントロールし得るような想いというのもあると思います。僕は当事者すぎてちょっとよく分からないところがあるのですが、今の話から医学の立場からすると、どうお考えですか。

養老:
 私は本当に若いときに医療をやる側であることを放棄しました。もうひとつインターンの時の体験を申し上げます。当時は実は人工腎臓が未発達で、東大病院に初めて機械が入りまして、当時でいえば尿毒症という腎不全の末期の患者さんにちょうど使い出す最初の頃でした。私が就いた内科の患者さんが慢性の腎不全で、私の上にいた先生がその方に人工腎臓を使うということを決意しました。当時の機械に慣れていない状況の中、人工腎臓で透析をしたわけです。そしたら容態が変わりまして、それまで多少なりとも尿が出ていたのですが、完全に尿が出なくなりました。

 それで私は「文献的に調べなさい」と言われて調べ始めました。教科書から自分で調べていきましたら、人工透析によって起こったことなのに、治療に人工透析と書いてありました。それで私は臨床医学とはこういうものかと思いました。実は私は臨床医にならなかったひとつの理由に、こんなことならもうちょっと基礎研究しなければどうにもならんと若いから正直に思ったのです。そういう意味で不確実どころか、あからさまな矛盾というものが医療現場で出てきてしまうのです。だからさっき私が、私の周りの同級生たちがどうやって臨床の医者をやっていこうとそもそも思ったのか、ということすら当時理解できなかったのです。今になってみると変な話で、同級生たちは、定年になる前に院長クラスの役職になって、何を言っていたかというと、「毎日、毎日ひたすら医療事故が起こらなければいいと念じております。」と同窓会でいうのが普通でした。それは、若い頃の私からすれば当たり前だろという、今そう思うのは当たり前で遅いぐらいじゃないかと本音で言えば思っていました。

 ただ私は、そういうことが起こらない完全なシステムを作れるかといったら、初めから作れると思っていませんし、そこまで非論理的な、要するに人工透析で起こった出来事を人工透析で片付けるのだということになってしまう、医学全体が非論理的でなくなることをシステムとして考えることができない。だから自分でちゃんとできることは何か、と考えたわけです。そうすると、あくまでも自分でちゃんとできることは基礎的な仕事であって、それも解剖がいちばん極端ですが、全くウソをつかれる心配がないものというところから始めたのです。

花井:
 僕などはC型肝炎やらHIV感染症やら血友病やらということで苦労しているわけですが、実はその医療や治療という以前に、生まれるということが決して治療ではなく、最も初期の医師といえば魔女狩りをされた女性たちである産婆さんという話もあるぐらいで、医療の原型としては「出生」があったと思います。今は出生すらコントロールしようという動きがあって、コントロールするからには価値観が働くだろうということです。よりよい出生、よりよい子ども、よりよい人間と、これがいわゆる優生思想となるわけで、明日のフォーラム1で取り上げるテーマとなっています。

 さて、小林さんにちょっとお伺いしたいのですが、例えば出生の段階で科学の関与を考えるときに、今の現場で起きていること、つまり不妊治療という名目で様々なテクノロジーをむしろ使いたいという強い圧力が専門家の中にあって、それに対して弁護士的な発想の人たちは、そのことにブレーキをかけるべきだといったことがあります。アメリカだとリベラルとコンサバティブ、それを分かつような話まで発展してしまうということがあります。そういう時に、専門家と言いながら、自分の専門性に特化して伸ばす方向にいけば、何でもできてしまうことになります。しまいには病気じゃない子どもが生まれたり、もっと頭の良い子どもが生まれてほしいということにテクノロジーを使うことが言われ出しています。そのような流れの中で専門家がその専門家でいられる条件とか、そういった点で今回の脈絡ではいったいどのような理解をしたらよろしいのでしょうか。

小林:
 医療というものを科学とみるかどうか。これはすごく難しい。かつて医療は、科学と患者さんとの繋がりにおける職人技という両方の側面があるという言い方をしていたわけです。それに対して、科学は「患者さん」という場面がなく、自分の好奇心によって研究をどんどん進めていく営みとして完結しているのです。そういうコントラストで語っていたのですが、おそらく科学技術というのは、どんどん医療に似ていくわけでして、つまり研究室、例えば大学の研究室で閉じたような科学研究というピュアな部分はどんどんウェイトが下がって、社会的には開発されたものをどんどん社会の中に使っていきたいという形でお金も研究費も下りているわけです。

 ある技術的なものが開発されると、それをどうしても使いたいのです。そのために、どこかで使えないかという形で探索が起こり、それを商品化してどこかで使いたいというドライブが起こるわけです。つまりニーズがあって開発しているのではなく、開発した後、どこかで使う、ニーズを作り出そうというドライブがかかっているのです。つまり研究開発された、研究レベルで可能なものは全て社会的に実用化すべきであると誰も証明した、あるいは誰もそういうことを決定したわけでもないのに、そういう感覚が当たり前になっているという社会なのです。

 だから医療の場面でも同じことがたぶん起こるのであって、生殖技術も初発のところはたぶん不妊治療もあるだろうと思いますが、おそらく、いざ研究というレベルにいきますと、もう少し悪魔的な部分を持っていると思うのです。やれることは全部やりたいのです。研究というのは、そういうもので、そういう感覚がなかったら、研究者はたぶんやれないというデモーニッシュなものがあると思います。生殖技術も可能性があるとすれば使ってみたいという欲望は常に付きまとうだろうと思います。

 科学技術には、基本的に自然や人体を制御したいという感覚があると思います。そういう感覚とそれを受け入れる社会の人々の意識が予定調和していた時代もあったわけで、例えば1960年代の日本などはそうだったと思います。だから研究者が良かれと思って何かを社会に差し出すと、社会の方も待っていましたと拍手するという予定調和があったわけです。

 ところが1970年代以降、その感覚に対して違和感を持つ人々は一定で出てきているわけです。これ以上、自然あるいは環境をコントロールする思想だけで生きていいのかということを、豊かになってしまうことによって思うという逆説的なことが起こっているわけです。ですから不妊治療の場面もそうですが、当事者として、どうしても子どもがほしいと思っている人から見れば、その科学技術は魅力的でしょうが、当事者ではない人から見ればやり過ぎに見える、そういう分裂は起こっている気がします。

 だから、たぶんそういう技術開発している人は、苦しんでいる患者さんがいるではないかと、その人たちのためにやる時に「お前たちは何を無責任に反対するのだ」という議論がよくあります。それついて、私は一定の説得力がやっぱりあるのだろうと思います。それを求めている患者さんには、切実さが必ず出てくると思います。それに対してどう向き合うのかというのは、私自身は、個人的なモラルとしてはいろいろありますが、例えば私は自分の子どもに関するその種の遺伝的な介入というものをしたいとは思わなかったわけで、それで実際に子育てをしていく時に思ったことは何かというと、自分の子どもほど私という人間のわがままを、矯正してくれる装置はないと思うわけです。

 つまり、どこかで自分の子どもであるということにおいて、私はその子どもに対する支配欲を持っていたわけです。こうなればいいとか、こんなふうになれと、どこかで思っているわけですが、残念ながら半分しか私の遺伝子は伝わっておりませんし、遺伝子が半分だから半分言うことを聞くかといったら、親の言うことを聞かない子どもにもなります。やがて親とは違った行動をし始めるということで世の中ままならないという、コントロールしたいという私の欲望が、かなり矯正された感じを持ちます。そうやって人類は生きてきたのだと思っていたのです。ところが、それを際限なくコントロールしたいという欲望を持ち始めたのが生命技術なのだろうと思います。だからアメリカがポジティブな優生学的なものを非常に好むのは、アメリカのカルチャーと非常に整合的だと思います。

花井:
 この突っ込んだ話は、明日のフォーラム1へのお楽しみです。この1960年代から1970年代にかけての、科学技術を使ってしまおうという方向が、必ずしもみんなそれぞれをハッピーにするのではなくなってきたのではないかという話でした。養老さんも出生前診断が間引きを拡張しているのだということを確かおっしゃっていたと思います。この日本的な間引きに代表される、いわゆる日本の「世間」ですが、こういう「世間」が1960年代から1970年代までとは、今変わってきたとすると、現在の21世紀の「世間」として変質してきたのか、もしくは今後さらに変質し得るのか、もしくは日本の世間はもうやっぱりアメリカナイズされて等質化してグローバリゼーションに飲み込まれるのかということについてご意見ありますか。

養老:
 私も日常考えることで、現在の日本の「世間」というものも簡単には定義できなくなってきていますから難しいと思います。例えば日本語という道具を使って、ある種の比較的均一な社会を作っていくことは間違いなくて、それが簡単には壊れないだろうという印象があります。

 例えば、ある種の問題について日本型の解決をしていくことが具体的には目に見えてきているわけです。例えば臓器移植問題などもそうだし、極端な話、中絶問題もそうですが、それが全て日本型になっております。それは丁寧に見れば分かると思うのです。臓器移植に関していえば、ドナー(提供者)とレシピエント(患者=移植される側)では、ドナーに年齢制限あります。子どもさんが、臓器をあげたいということはできませんから、日本の「世間」では、ある年齢以下の方からの臓器提供を許さないわけです。

 では、小さい子に臓器移植が必要になったらどうするかというと、日本の場合、外国へ行って移植手術を受けることになります。その場合のドナーは外国人ですから、日本の法律で縛られておりませんからできるわけです。しかし、グローバルに言ったら、明らかに法の整合性がなく、不合理だと外国人が指摘しているのです。しかし、そう言っても日本人はそれを許容しています。許容しているということは、特に糾弾するわけでもない。例えば腎移植などでももっとはっきり起こっておりまして、学会の雑誌で調査結果が出ていますからお分かりだと思います。非常に多くの方が東南アジアなら東南アジアで、ある程度のお金を払って腎移植を受けます。そういうドナーになっている人がどういう人かということについて、日本人は普通関心を持とうとしません。

 それは最初の脳死心臓移植例は高知赤十字病院だったと思いますが、新聞の一面に出ました。そして大変な騒ぎになって200人ぐらいのマスコミ関係者が病院に来たわけです。私はそのことに対して、では、それ以前に約40例の日本人の心臓移植を受けた例があって、「そのドナーについて新聞が一言も書いていないのはどういうことだ」と書いたことがあります。もう少し引いて日本の社会全体を見た場合には、「世間」という中の論理でやはり動いているのだろうと思いますし、それをあえて意識することが必要か・不必要か、私は判断を保留しています。

 なぜなら、ほとんどの人はこの日本という中で暮らすことができているのであって、石油が切れたらもう少し閉鎖的に戻るのではないかなという気がするのです。石油がなくなれば、海外に行くことが簡単ではなくなるから、これだけ人口超過密なところで比較的均一な暮らしをしている人たちが、全体として考えを変えるということはあるかもしれない。つまり考えを変えさせやすいのかもしれないし、逆に変えさせにくいのかもしれない。このことに関して、今私は判断が保留状態になっています。

 けれど今の状態でいいのか・悪いのかという議論を、私はあまりしたくないのです。つまりなぜかというと、そのシステムの中でそうできているということは、何らかの形でその状態の方が、具合がいいのです。ただし臓器移植を外国に求める例を言ったのは、外の世界に排出することをやりますとそれは良くない。昔の歴史で言えば侵略問題になったわけですから、現在、それに類似することが日本の医療の中で起これば、それは問題ですが、システムの中で片付けられる問題であれば問題ないと見ています。世界一般に、こういう倫理が普遍的に成り立つはずだという考え方を、私はしません。

花井:
 まさに社会における価値観が、どのように決まるのかということになると、また別の問題になってしまうところがあると思います。今の僕らがいちばん関わることが多い医療の面で言うと、いちばんコントロールしているのは、おそらく巨大な製薬企業の資本で、たぶん日本で1兆円ぐらいのお金がマーケティングという目的に、この社会に流れている限り、おそらく相当の情報が私たちに発信されていて、その影響から自由になることは、いくら一部の薬害被害者たちが声高に「許さんのだ」って言ったところで、これはもうどうしようもない話ではないかと思います。

 ただ、現実にコントロールされた時に日本の世間の中で、いい命と悪い命を選別する価値観まで作られつつある問題、経済の問題、政治の問題と、専門性という問題、いろいろありますが、ある程度なんとなくうまくいく方向をみんなが納得する形でのコンセンサス、もしくは日本流で言うと得心といったものを形成する場合、今後の問題点は、どうお考えですか。

 例えばコンセンサス会議が重要ということになれば、当然メーカーはそこの場をうまくコントロールしようとお金を使うし、政治家はそこに自分の息のかかった人間を送り込もうと思って、結局政治介入、経済介入が当然起こってくると思います。結果的には政府の今起こっている審議会と同じものになってしまうと思います。どのような方向で解決し得るとお考えでしょうか。

小林:
 審議会と同じようになってしまうというのはおっしゃる通りで、それは制度設計の問題だと思います。最初の制度設計のレベルで言えば、いわゆる一般市民の人が参加して議論をするような場、あたかも合意を強要する話に聞こえるのですが、もしその会議で一般市民の人々が議論して合意を作りなさいと言っても、価値観の根底的なところの対立などは、少々話し合ったって合意にはならないのです。

 ですから無理やり合意しようとすると、これは多数決原理を入れざるを得なくなる。けれど、そんなことはあんまり意味がないと私は思います。ですからコンセンサス会議という名前が良くないのですが、仮にそれが社会的な意思決定とダイレクトに結びついてしまえば、これはもうただの政治の場と同じになるだろうと思います。それでは別に審議会を二種類行うのと同じ話ですから、開く意味はない。そういう意味では切り離すべきだと思います。コンセンサス会議で、一般市民の声がどういう形で、社会的な意思決定に関与するかという設計をちゃんと考えなくてはいけないわけです。そこで私はその媒介の専門家とか、そういった役割を作って知的な加工をするとか、あるいは政策に対する反映とか、そのためのルートを作るということを考えるべきだという立場をとっています。つまり、ある市民参加型のものによって、意思決定を本当にそのままダイレクトにするということは、そんなやり方では世の中は回らないと思います。

 それから審議会もそうなのですが、科学が中立であるという思い込みから、いったん自由になるべきだと思います。ほとんど我々の社会的な意思決定の問題は、不十分ですがどこかで最終的に国民が投票するチャンネルを持てるわけです。年金問題というのは我々の将来に影響を与えます。これに関しては国会で議論され、最終的に国会で決議されていきます。最終的に国会議員を選ぶチャンネルを、不十分と言いながら我々は手にしているわけです。ところが原子力政策、あるいは科学技術政策、これに関して我々はそういうチャンネルは一切持っていないのです。だから、どこで決まっているのかということをお考えいただきたいのです。新しい研究方向を決める、あるいは新しい医薬品の開発をする、こういった問題群はプライベートカンパニーの中で決めるか、行政官、あるいは特定の専門家集団の中で決めています。その専門家集団の決定に関して国会での審議というのは、ほとんど皆無の構造ですし、その決定権限は実際その専門家集団が握っているのが日本の社会のシステムです。

 なぜそうなるかというと、専門知識は極めて高度であって一般的な人々による議論になじまない。それから科学的な議論は多数決の結論で問題にするのではなくて、いわば客観的な審議として出てくるはずだからという形で、そういう討議の仕組みから免除されているのです。けれど、それは本当かと疑ってみた時に、例えば審議会、あるいは科学の専門家たちが出てくる委員会に関しても、専門家が今までにどういう研究費をもらってきたかとか、どういうところで仕事をしてきたかを公表するという形で専門家が登場するべきであって、この専門性を持っている、詳しいというだけで出てくるべきではないと私は思います。

 今までこの問題に関して、どういうところから研究費をもらってきた、どこで仕事をしてきた、ということは、その人の発言におそらく影響力を持つ、影響しているだろうと読むのが自然な状況でありながら、それなしに科学の論理は中立と我々はどこかで思わされていると思うのです。私は、一回疑ってみるべきだと思っています。そういうことも含めて両面でやるべきだろうと思っています。

 つまり、専門家集団の議論の「科学の中立性」というのはかなり神話的な部分があるので、それを一回疑って、もう少し様々な利害関係と結びついているのだと分かる議論の場にすること、それから市民参加型のレベルでの議論というのは、多様なソーシャルインプット、様々な立場の視点によって、専門家集団には気付けない視点を入れるという貴重な役割があって、しかもこれはアンケートよりはるかに価値が高いことをどうやって言うか、ということです。

 アンケートというのは、一問について頭を使うかと考えたら、反射神経による反応の累積といえます。それに対して、きちっと議論した上のものであれば、いかに少数の人のものであっても、それはそれなりに尊重されるべきだし、そういうものをどう組み合わせるかという問題だと私は思います。

花井:
 薬害エイズと水俣病というのは、結局、同じような脈絡で、不可避的に、起こるべくして起こったというと、私どもの立場から言えば怒られてしまうのですが、やはり、ある種の工業を推進する、あるいは血液という人の身体の一部をプロダクトとして、産業化するという、必然の中で生み出されていった。その影響が、これほどまでに、こういう形で出るとは分からずに、まさに、最初の一滴をスポイトで落としたらインクが広がって、広がったインクが被害者で、最初の一滴を落とした奴は誰なのだということは、その時点では予想できなかったし、それから広がりかけている過程においても、どこまで広がるか、もしくは何が原因で広がっているかということを、科学者は確定できなかったのです。ですから、その責任を取る必要はないのだといううちに、結局機を逃し続けていってしまったといえます。つまり防げたか・防げなかったかと議論しても過去のことで無意味なのですが、ある瞬間、ある瞬間で何か手を打てたら、あるいは打てるところがあったのに、結局手をこまねいているうちに進んでしまったという部分があったと思います。最後にお二人に、薬害エイズや水俣病といった典型的な、かなり規模も大きい二つの事件についてコメントいただきたいと思います。

養老:
 繰り返しになりますが、臨床医にならなかったというのは、結局今の時代区分でもお分かりのように、私実は昭和37年、つまり1963年に医学部を出ております。やっぱりそういう時代だったのだなと今になると思うのです。ある種の傾向がはっきりしてきて、いわゆる日本の社会が高度経済成長で動いていました。その時に私自身、いろいろな問題を感じていたのですが、この年になって初めてそれがどういう問題だったのかということが分かってきた気がします。

 薬害エイズや水俣病といった問題が当然を起こるという言い方をすると怒られるって言いましたけど、当然起こる時代であったと思います。私なりに別な形で感じて、臨床医をやるか、基礎医学やるかという時に、基礎医学に移っているわけです。ですから、そういう意味で同時代的に生きてきたのだという気がします。その反省というか、非常に乱暴だけど、先ほど石油の問題だと言いました。石油が非常に安く手に入るようになったから、全ての社会の動きが可能になったのだと今は考えております。

花井:
 我が国は、水俣病や薬害エイズに何か学んだとお考えですか。

養老:
 私は学んだと思います。つまりこれらの事件がなかったら、もっと酷いことになっていた可能性があります。今となっては過去のことですから分かりませんが、いまだに学んでいない人がいるということも間違いないはずです。

小林:
 水俣病と薬害エイズ。私は、今日どのような話をしようかと考えた時にBSEを選んだわけです。私なりには、この3つは共通していると思ったのです。いわゆる血液の産業化、それから水俣の場合には完全に高度経済成長の時の産業城下町の構造だったわけです。BSEの場合は、いわゆる肉骨粉でお分かりのように、牛の死体の加工による共食いの連鎖というビジネスモデルなのです。市場経済的に肉骨粉をグルグル回すことによって悪化したわけです。その結果として出てきた被害者たちのパターンも非常に共通しているわけです。つまり食とか、治療という、人間の生存の根本に関わる部分で、しかも基本的に信頼していたセクターから出発・出現しているのです。

 そういう意味で、被害者に共通しているのは、理不尽という感覚だと思います。この理不尽さというのは、交通事故に遭った場合にもあるわけですが、とりわけ理不尽なのは被害者を多く生んでいるという点で、この3つが共通していると思いました。少なくとも我々が科学技術というものを使って豊かな生活を生きる時に、科学技術の知識、あるいは科学技術的な研究をする専門家集団という不思議な集団、つまり知識の生産だけをするという不思議な集団を社会の中に飼い始めて、たかだか百年ちょっとですので、そういう集団をコントロールするというか、マネジメントする技を我々はまだ身につけてないと思っているのです。

 これは、軍隊が王侯のプライベートな私兵であったところから、国民の軍隊を作っていくという時に、その目的がもちろん国家の防衛だったわけですが、下手をすると暴走してクーデターを起こすわけです。それを防ぐために我々が何をやったかというと、文民統制という仕組みを作っていったわけです。それとパラレルな形で科学技術の専門家は非常に熱心に知識を生産してくれるわけです。それは我々に対して利益を、恩恵をもたらすわけですが、だからといって、これほど重要なものを彼らだけに管理を任せていいのかという問題だと思います。

 そういう意味で、科学技術に対する文民統制のような仕組みを作ることが、これから21世紀の課題だと私は思っていました。今日も科学技術社会学会で新しい関係などというぼやかした言い方をしましたが、それは別に科学技術者に対して社会が命令して、「こうせい、ああせい」と言って、実験室に介入していって検閲するという話ではありません。しかし少なくとも最終的な判断権限を社会の側が持つ、科学技術の研究に関するマネジメントの最高責任を持つのは、我々市民社会の方であろうと考えています。逆に市民社会の側にそれだけの覚悟があるかという問題も大いにあります。けれども、そういうことをこれから考えなければ類似の事件が繰り返されるだろうという気がします。だから、学んだのか、と言われた時に、半分ぐらい学びつつある人もいるけれども、全体としてはまだまだというのが私の率直な実感です。

花井:
 まだまだ聞きたいことはたくさんあるのですが、時間となってしまいました。今出たいくつかの論点やテーマについては明日またじっくりと新しい専門家をたくさん迎えて行いたいと思います。ぜひお越しいただけたらと思います。