生命を育む思想:基調講演 小林傳司氏 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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生命を育む思想:基調講演 小林傳司氏

未知なる事態に於ける科学者の役割と責任

イントロダクション

 20世紀の後半は、科学が技術と密接な関係を取り結び「科学技術」と呼ばれるようになった時代である。この科学技術はわれわれの生活を一変させ、さまざまな製品やサービスが満ち溢れるようになった。しかしこれは同時に、われわれが人工物に取り囲まれた生活をするようになったということでもある。確かに便利になった。豊かになった。でも、どこかで「少し待てよ」、「こんなこと続けていてもいいのか」といった気がすることがある。1970年ころから、こういう気分が社会に生まれていたと思う。公害や薬害事件など、科学技術が恩恵をもたらすだけではなく問題の原因にもなることに人々が気づき始めたからである。

 かつて科学技術の成果は自動的に社会から歓迎されていた。この時代の科学技術の専門家はある意味で幸せであった。しかし、科学技術の研究が加速度的に進み、その成果が社会に浸透するにつれて、その影響が科学技術の専門家の想定を超える事態も現れ始めた。科学技術の知が不確実な状態もしばしば見られる。このような時代に、科学技術の専門家はどのような役割を果たし、どのような責任を負うべきなのであろうか。これは21世紀の課題である。

(小林 傳司)


小林 傳司 TADASHI KOBAYASHI
大阪大学コミュニケーションデザインセンター)


1954年京都市生まれ。1978年京都大学理学部卒業。1983年東京大大学院理学系研究科博士課程修了。専門は科学哲学、科学技術論。福岡教育大学、南山大学を経て、2005年4月より現職。社会における科学技術のあり方について、専門家と市民が同じテーブルで理解を深め提言する「コンセンサス会議」を日本に紹介、実施。2001年科学技術社会論学会の設立にかかわる(初代会長)。著書に「公共のための科学技術」(編著)玉川大学出版会、「誰が科学技術について考えるのか」名古屋大学出版会、「科学論の現在」(共著)勁草書房など。

 

  自己紹介

左:スライド1 右:スライド2

 私は決して医療関係者ではなくて理学部出身なのですが、いわゆる科学者にはならなかった人間です。大学院では、科学史や科学基礎論といった科学について議論をする、人文社会的な観点から科学について議論をするという分野に進みました。ですから理系であり、かつ文系であり、どちらの側からも非常に不思議な人間と扱われております。

 それから「コンセンサス会議」というものに関与しておりますが、これは社会的に対立をしている科学技術に関して、一般市民が集まって議論をする、しかも一般市民が専門家と議論を行ったうえで、社会的に対立のある新しい科学技術を社会の中でどのように組み込んでいくかということについて、市民の視点から提案することを試みる会議です。これはヨーロッパで開発されたものです。日本では私どもが1998年に大阪で日本初のコンセンサス会議を開催しました。2000年には遺伝子組み換え農作物というテーマで、農水省の支援により全国バージョンで行っております。さらに科学技術社会論学会を2001年に設立に関わった人間でもあります。(スライド2)

 20世紀から学ぶために

               スライド3

 科学技術社会論学会設立時の趣意書ですが、21世紀というのは、20世紀の反省をしながら生きていかなければならないわけですが、今、科学技術の存在というのは非常に大きくなってきています。この会場で、今皆さんが服装から何から何まで全部見ていただいて、科学技術の加工を受けていないものは、ほとんどないと思います。あるのは、この空気と、それから皆様の一人一人のボディだけかと思います。そして、そのボディもどんどんと科学技術による改変、加工の技が入ろうという時代なのです。

 その中で伝統的な社会システム、あるいは思想的な問題との間の摩擦が起こってきているのです。ですから21世紀は、科学技術と人間社会の間の新しい関係をきちっと構築していかなければ20世紀から何も学べないことになるだろうということです。このような問題意識で科学技術社会論学会を作りました。(スライド3)

 専門家と非専門家のコミュニケーション

               スライド4

 今私は大阪大学コミュニケーションデザインセンターに所属していますが、このセンターは2005年の4月に設立されました。我々の社会の中で、非常に多種多様な専門家がいますが、その専門家と非専門家、一般市民との間のコミュニケーションというのが至るところで齟齬をきたしているだろうということで、その間のコミュニケーションをどのように改善するか、という問題意識があります。大阪大学の場合、将来専門家になる学生を養成していますので、その学生に対する教育を通じて、社会から信頼される専門家を作ることが大学の非常に重要な役割だろうということを狙って設立されました。(スライド4)

 専門家と非専門家の間のコミュニケーションがうまくいっていない、ではこのコミュニケーション・チャンネルをどうするかを考えると、一般市民よりもむしろ専門家の方の教育が必要なのではないかと思われるのです。そこで、将来専門家になる学生に対するトレーニングをして、そして社会から信頼される専門家として世に送り出そう、そしてこういう教育を実施すると同時に、これからの日本社会で専門家と非専門家との間でのコミュニケーションのあり方をデザインしていくということを考えているわけです。(スライド5~7)

スライド5

スライド6

スライド7

スライド8

              スライド9

 スライド8に写っている部屋で我々はミーティングを行っていますが、この場所で教授会など、フォーマルな会議も行います。場所の設定の仕方もひとつのコミュニケーションデザインでありまして、このような些細なレベルからコミュニケーションのデザインというのはあるということです。つまりロの字型にテーブルを置いて会議をすると、それだけでコミュニケーションの型ができてしまって、内容にも当然影響を与えるわけです。

 科学技術のコミュニケーション以外に、かつて阪神淡路大震災もありましたので、災害に関する専門家、行政と住民との間のコミュニケーション、医療関係者と患者・家族の間のコミュニケーション、このような問題を教育でなんとかしたいと私たちのセンターでは思っているわけです。(スライド9)

 いつから科学技術は有用か

              スライド10

 科学技術というものが、これほど我々の社会の中で大きな存在を占めるようになって、たかだか数十年です。現在は明らかに科学技術が我々の社会にとって有用なものである、と考えられていますが、役に立つと分かったのは、せいぜい第1次世界大戦、第2次世界大戦の頃です。戦争に役に立つ・経済に役に立つということが分かった科学技術に対して国や企業がどんどんと投資をするようになっていきます。それから科学と職人の技であった技術が接近して科学技術になっていくことが20世紀に起こったわけです。

 例えば17世紀にニュートンが万有引力の法則を発見したことで、ベンチャー企業が立ち上がるということはあり得なかった。つまり、あの頃の科学というのはあまり役に立たなかったのです。17~18世紀の科学というのは、いわば哲学のようなものであって、自然はどのように作動しているのかということを考えていた。ところが現在は、天然の世界ではない状態や、物質を作り出すことに研究がシフトしています。だから半導体を作るとか、ナノテクノロジーとか、新しい素材とか、そういう研究がどんどん進んでいく、あるいは新しい医薬品の開発に重点が移り出したのが20世紀だったと思います。(スライド10)

 「お墨付き」の危うさ

              スライド11

 ここで社会と科学技術を大きくつかんでみますと、我々の社会が科学技術化したことにより明らかに便利になりました。豊かで便利な生活を我々は享受しているという点で、我々は科学技術に依存しています。それと同時に、我々が社会的にものを決めるときに、科学技術の専門家の判断に頼らざるを得ないという状況が出てきています。

 例えば化学物質の規制や医薬品の認可などは、法学部出身の官僚が勝手に決めることはできなくて、必ず専門家を集めて、専門家の意見に基づいてルールを定め意思決定をしていきます。つまり我々は便利さだけではなくて、社会の運営にも科学技術の専門家を利用するようになってきています。他方で国や企業が科学技術に対して投資をしていますので、科学技術という業界は非常に大きく成長しました。大量の資金と大量の優秀な人材が科学技術という世界に入ってきております。そして、彼らが非常に熱心に研究をいたしますと、膨大な業績が出てきます。(スライド11)

               スライド12

 昔から1日24時間というのが人間の持ち時間なので、これほどの大量の科学者が熱心に研究をした業績を全て読み解くことは、もうほとんど不可能であります。したがって、研究者は自分の領域に局限された分野の業績しか見なくなります。つまり、ひとりひとりが部分的な領域の専門家になることによって、持ち時間24時間の中で自分の研究をする時間を確保するという構造が出てきます。当然のことですが現在の自然科学が、トータルにどういう世界観・世界像を描き出しているかということを把握している人は、この世にはもはや1人もいないことになります。つまり俯瞰的に科学の達成を把握することは極めて困難という状況です。他方で社会的な意思決定を行う際、科学の専門家のお墨付きが要求されています。

 科学技術の全体像をなかなか把握できませんので、問題が生じたときに、いちばん適切な専門知識がどこにあるかを発見することも、実は非常に大変になっています。それから科学技術が進歩するということは、現在の科学技術の達成している知識がすべて正しいというわけではないということを意味します。数年後には改訂される・変化する、つまり、間違っている可能性が常にあります。それは科学にとってはプラスのポイントです。科学にはこのような性格があるからこそ、進歩してきたのですから。そうすると科学者が今出している結論は、全てとは言いませんが、どこかで暫定的な結論である場合があります。しかし、我々は社会を運営するために意思決定をしなくてはいけないのですが、その意思決定のときには科学技術の専門家の意見を使って決定するわけです。ここに厄介なことがあって、暫定的な結論、つまり将来ひょっとすると間違っていたと分かるかもしれない結論が意思決定のお墨付きを与えるという構造が起こりうるということです。(スライド12)

 180度転換した「お墨付き」

左:スライド13 右:スライド14

 実際に起こった事例を具体的に話したいと思います。いわゆる狂牛病、BSEです。この狂牛病は1986年に出現していますが、当然イギリスの政府は慌てまして、専門家を集めて委員会を作ります。その専門家委員会が答申を出して「おそらく2万頭ぐらいの牛がこれから倒れていくだろう、でも1996年には終結し、人間へのリスクは極めて小さいだろう」と報告書に書きました。しかし現実には2006年8月で18万4千頭という数字になりました。この委員会はサウスウッド委員会と呼ばれていますが、この専門家たちが人間へのリスクは小さいと言っておきながら、1996年に人間への感染をイギリス政府は認めざるを得なくなったわけです。そしてイギリス社会でパニックが生じたわけです。(スライド13)

 何が起こっていたのか。牛のBSE、狂牛病ですから、必要な専門家は、どういうタイプの専門家か。非常に珍しい牛の病気だったわけですから、要するに牛の病気についての専門家がまず必要です。同時に、この肉を食べて人間に感染しないかということを考えますから、人間に関する医師も必要だったわけです。両方の専門家をどうやって集めるか、ということがイギリスの農水省の役人の具体的な仕事になりました。

 結局のところ、今まで役所で付き合いのあった専門家にお願いをして、有名大学の先生に電話をして、という形で集めざるを得なかった。これはイギリスでは普通のやり方ですが、決してイギリスだけではないだろうと彼らは言っていました。私も日本の農水省のお役人さんに「こういう場合どうするんですか」と聞いたら、「いやぁもうその通りです、それ以外にどうやってやるんですか」と言われました。結局、人脈と有名な先生で集める、というやり方しか取れないわけです。ですから、この委員会の先生方が本当にBSEに関してベストな知識を持った専門家であった保証はないというのが実態でした。

 それから、結論に関しての暫定性については、この報告書の原文にあるように、要するにBSEが人間に影響を与える、感染する、という危険性は非常に遠い、かけ離れていると思われる、という文章が書かれています。(スライド14)

 踏み越えてしまった判断

左:スライド15 右:スライド16

 しかし、専門家の弁護のために言っておきますと、「もし我々の見積もりが間違っていたら、大変なことになります。」という文章を最後に残していました。(スライド15)

 でも、この留保は完全に見逃されました。そしてイギリス政府は繰り返し「安全である」と国民に強調し続けました。農業大臣も「この専門家の報告はバイブルだ」と言って、娘と一緒にテレビの前でビーフハンバーガーを食べるというパフォーマンスまで行いました。それでも不安がある国民に対して「あなたたちは我が国の一流の専門家が出した報告に対して、それを疑っている。非常に情緒的で無知な反応をしているのだ。」ということを言っていたのです。

 やがて1996年に人間に感染することが判明したわけですが、専門家の委員長は、「最初に報告書を出したときに、もう少し強い規制をかけることを提言すべきだったかもしれないが、欧州の畜産業界に多大な打撃を与えることになると考えてやめた」と言っています。(スライド16)

左:スライド17 右:スライド18

 しかし、この判断は科学的判断を踏み越えて社会経済的な判断を同時にしてしまっています。サウスウッドさんはオックスフォード大学の生物学の先生です。その科学者がこういう判断をせざるを得なかったという状況だったわけです。彼は後々BSEに関して非常に不確実な状態で、つまり今でも完全には分かっていないわけですが、本当に確かな根拠から離れて判断せざるを得ないことがしばしばであって、科学者としては非常に辛かったと言っています。(スライド17)

 この顛末をイギリス政府は新たに作ったフィリップス委員会で全部レビューして振り返りました。そして膨大な報告書を書いておりますが、その中で彼らが報告しているのは、「『牛肉は安全である』というメッセージを国民に発し続け、科学知識が極めてまだ不確実であるといった様々な重要な情報を公表しなかったことは非常に大きな問題だった。結果として人間に感染しないというイメージを国民に与えてしまい、1996年に人間に感染すると発表したときに、人々は政府や科学者に裏切られたという感覚を持ったのだ。」ということでした。ここからイギリスは、このような科学的不確実性の残る問題に関しては、全ての研究機関は常に一般国民との間での双方向的な討論、ディスカッションやコミュニケーションをする、そういうカルチャーを身に付けるべきであるということを言い出していくわけです。(スライド18)

 科学が答えられない問題群

左:スライド19 右:スライド20

          スライド21

 我々は、なんとなく高校の理科のイメージに引きずられて、科学は確実で客観的で正解を持っている、そして価値的な判断をする場合には、その客観的な事実や真実をその判断の領域に渡す、という分業体制が成り立つと考えがちです。(スライド19)

 ところが「現在はそういう価値的な判断がどうもうまくいかないのではないか」、これが1970年代のトランスサイエンスという議論です。科学が問うことはできるけれども、科学が答えることができない問題群、しかし意思決定しなければいけない、こういうことが増えてきていると言い始める研究者が出てきました。

 このトランスサイエンスという考え方を提示したワインバーグさんは原子力物理学者です。彼が挙げる事例はこんなものです。原子力発電所は、たくさんの安全装置が付いています。「この安全装置が故障したらどうなりますか」という問いは科学的な問いです。科学者は、それはもう原子炉が暴走しますと答えがバッと決まります。次に、その複数ある安全装置が同時に壊れるということはどのくらいあり得ますかという話をします。そうすると科学者の意見は微妙に分かれ始めますが、でも「全部の安全装置が、同時に壊れる確率は非常に低いだろう」ということで、だいたい意見は一致します。

 非常に低い確率である場合に、「これ以上の対策をすべきなのか、それともこれはもう無視してよいのか」ということを科学者に聞きますと、科学者の答えは分裂します。ここはもう科学の領域を超えたレベルになります。ワインバーグは「そういう問題群のときには科学者だけでモノを決めてはいけない、そしてその種の問題のときには普通の一般市民の人々とのディスカッションを通じて決める以外にないのだ。それがアメリカの社会のあり方なんだ」という言い方を致しました。そういう感覚が一挙に1970年代ぐらいから出てきたことを申し上げておきたいと思います。ですから、科学と意思決定をすることが、重なってしまう領域がいろんな場面で出始めていることが20世紀の後半の現象だったと思います。(スライド20、21)

 立場によって解釈が異なる

左:スライド22 右:スライド23

 簡単に日本の例も話しておきたいと思います。日本もBSEは出ていました。9.11のテロの前日でした。すばやく全頭検査体制を作って、内閣府に食品安全委員会という、食品の安全に関する専門家の委員会ができていきます。アメリカでもBSEが発生しましたので、牛肉の輸入を停止致しました。そして去年輸入の再開をして、2006年の1月に脊椎が混入してもう一回停止されて、そして現在また再々開されているという一連の経過があったことはご存知だと思います。(スライド22)

 今、日本は全頭検査をしているから、我々の食卓に上る牛肉は全てBSEかどうかを検査された牛です。これは日本だけが実施している仕組みですが、アメリカの牛肉を輸入するときに日本政府は「アメリカでも同じ全頭検査を行え」と言いました。アメリカはノーと言って行き詰りました。そのとき日本では、日本が実施してきた全頭検査がどのくらい効果があったのかということを検討する委員会からレポートが出ました。

 そこで、このようなことが書かれました。350万頭も検査してきた結果、20ヶ月齢以下のBSEの感染は確認することができなかったことは事実です。つまり若い牛の場合にはBSEの原因物質があまり溜まってないので検査で引っかからないという可能性があるから、20ヶ月齢以下だったら見つかってないという事実で、今後の我が国のBSE対策を検討する上で十分考慮に入れるべき事実であるとレポートに書きました。(スライド23)

左:スライド24 右:スライド25

左:スライド26 右:スライド27

 これが逆手に取られるわけです。アメリカからも20ヶ月齢以下の牛を輸入しますから日本も全頭検査はやめて、20ヶ月齢以下の牛は検査しないでいいという議論にこの報告が使われたわけです。日本でも20ヶ月齢以下だったらBSEの牛は出てこなかったのだから、アメリカも20ヶ月齢以下の牛だったら検査せずに送ったっていいという理屈だったのです。

 専門家が科学的に特に問題ないだろうと思って「今後の我が国のBSE対策を検討する上で十分考慮に入れるべき事実である」と報告すると、役所の方は「検討する上で十分考慮に入れます」ということで「アメリカ牛肉の輸入にあわせた変更を」と返してしまったのです。

 つまり同じ文章を見ても科学者が「客観的な事実」と思って書いて、あまり気にせずに20ヶ月齢以下は出なかったことを、これからの対策のときに考えましょうと言うと、「20ヶ月齢以下は検査しなくていいんですね」と役所が使ってしまったのです。自分たちは科学者として判断しようとしているけれども、その結果が違う形で使われてしまう。例えば科学論文だったら、書いて間違っていればすぐ直すとか、書き換えていく機会が与えられています。ところが報告書がいったん提出されると、それはどんどんと勝手に歩いていってしまうのです。これが現実なのだと彼ら専門家は悩み始めます。そして座長は最終的に「その責任を負う委員会だと思います」と発言しました。科学という立場を保持しながらも、その影響力は学会で論文を発表したこととは違う立場の委員だということです。「こういう役割を我々は演じざるを得ないのだ」ということを言っているわけです。(スライド24~26)

 つまり、このトランスサイエンスの時代というのは非常に厄介なことでありまして、専門家が科学の枠の中に留まることが難しくなってきたのです。しかし専門家として社会的な意思決定の根拠を提供することを、どうしても求められるわけです。しかも未知で不確実な状況です。これは専門家にとっては非常に孤独な状況です。これは負いきれない。こんな責任を負いきれるだろうかということです。結局のところ、このBSE問題のときに専門家の座長は「買うか買わないかは消費者の判断であって、判断材料の提供ぐらいしかできない」と発言しました。安全のお墨付きをくれといったことを言われても今の知識の水準では無理だということを彼らは率直に言わざるを得ないのです。そして多くの委員が任期と共に辞任していったわけですが、このような構造で責任を負わされていきますと専門家は非常に辛いわけですから、できればこのような問題には関わりたくないとなって、社会からの逃避も起こりかねない。そういう厄介な状況が今生じているのです。(スライド27)

 見直しが必要な専門家のあり方

               スライド28

 結局何が問題なのかということですが、イギリスのBSE事例でもそうですが、決して科学者や農水省の役人、あるいは畜産農家が悪意を持ってBSEの感染を見逃した、ということではなかったのです。つまり、ある種構造的な問題です。適切な知識、専門家を発見することが難しい。仮に専門家がいたとしても科学知識が不十分であるということです。しかし意思決定しなくてはいけないという構造的な問題としてのリスクが出てきてしまいます。

 しかも科学者の発言を、行政官があたかも不確実な部分がないかのような形で社会に流通させてしまうと、あとで問題が起こったときにパニックを起こしてしまいます。その意味で、行政官の科学リテラシー(ある分野に関する知識、教養、能力)も非常に重要なポイントになります。不確実な状況における意思決定の場合、従来の専門家への任せ方ではどうにもならないということが、かなり明確に現れてきています。そこで通常よく言われるのが、市民参加型の仕組みの必要性ということになります。科学技術コミュニケーションといった言い方を最近はします。これだけではどうも不十分かもしれない、と思っています。つまり専門家のあり方をもう一度見直さないといけないのではないかということも含めて話したいと思います。(スライド28)

 市民参加型の意思決定

左:スライド29 右:スライド30

 市民参加型という話があります。高学歴で高度に産業化した日本という社会に住んでいる方々、これは非常に有能で、様々な分野での専門知識を、職業を通じて身に付けている方は多いです。ですから、国民による科学技術政策の一層の参画は必要かと問われると、80%近くが「もう少し俺たちの意見を聞け」と答える状況が現代の日本社会には生まれています。(スライド29)

 吉野川の可動堰問題のときの話です。住民グループの代表である姫野さんが言っているのは「反対派として文句を言ってるんじゃないんだ。そうではなくて建設省からきちんとした説明があって、データが提示されて、住民のために可動堰が必要だと住民自身が納得できるのなら、それはそれでいい。」ということでした。彼は「住民投票で、みんなで考えて、可動堰が良いとなれば可動堰をやってみればいいんです。それでうまくいかなくなったら、みんなで後悔すればいいんですよ。」と言っています。つまり、これは単なる反対派ではなくて、自分たちに意思決定の場面に参加をさせて、そして自分たちを納得させてほしいという要求です。こういう感覚を持った人々が増えているのですが、専門家の側にまだこういう感覚を持っている方が少ないように思います。(スライド30)

 当事者の視点≠市民の視点

          スライド31

 コンセンサス会議の経験を話します。一般市民が20人弱ぐらい集まって、それも様々な年代、男女も半々、そして職業も様々ですが、テーマとなる科学技術に関する専門的知識は持っていないことが参加の条件でした。大阪で行ったときは、遺伝子治療をテーマにしたわけですが、そのときの市民パネルの中から「医者選びも寿命のうちと言いますからね」という発言が出てきます。

 つまり普通に生活している人間にとって、適切な医者を見つけることは、実は結構大変なことです。私は何度も引越しをしてきた人間ですので、引越しをするたびに、その地域で子供が病気になったときにどのお医者さんのところに連れて行こうかということに結構悩みます。そのときの情報収集は、近所の奥さんに聞いたり、いろんな人の情報を集めたりします。そのときに信頼できる奥さん、あるいは、何となく感覚の合う奥さんのアドバイスを受けて、そして行ってみるということをします。そういう形で医者を評価するという仕組みは、実は我々の社会の中で普通にやっているわけです。

 そういう仕組みと、いわゆる科学的、客観的な評価はズレている可能性があるかもしれません。我々が日常的に行っている評価・判断は、たぶんまともに取り上げられていないだろうと思いますが、我々はそういう中で生きているのだろうと思います。そういう視点が社会的にまだ取り出されていないと常に感じています。

 インフォームドコンセントの文書の例を紹介したいと思います。遺伝子治療という先端的な治療でしたので、実際に臨床の医師をお招きして、その医師は、市民との対話に非常に積極的に出て来てくださったのです。そして、自分たちの作ったインフォームドコンセントの文書をサンプルとして市民パネルに提示したのです。その医師がいうには、「これはジャーナリストや、いろんな外部の人にも見てもらった自信作です。何回も何回も書き直した自信作です。」と見せていただいたのです。市民パネルはインフォームドコンセントの文書を見て、長すぎる・細かい専門的なことばかり書いてあると言って、「まるで保険の契約書のような文書で、人に読ませる文書ではない」ということを言って、これは医学研究のアリバイ作りのための資料であるなどというコメントが出たわけです。その医師は大変ショックを受けられました。

 私はそのとき愚か者でありましたので、「医者の視点と市民の感覚はズレてるじゃないか」と鬼の首を取ったような気分になりました。それで終われば、つまらない話なのですが、その後ある看護師さんたちも含まれた社会人の方々の前でお話をし、ディスカッションをする機会を私は持ちました。その時このインフォームドコンセントの文書をお見せしました。そして私は「ほら、お医者さんの視点と一般市民の視点はこんなにズレてるんですよ。」といったことを言おうと思っていたのですが、その看護師さんは「非常に良くできた文書だと思います」とおっしゃいました。私は驚いて「でも一般市民の人はこう言いましたよ」と言ってみました。

 その看護師さんは、実際にインフォームドコンセントをとる場面に携わった方、経験のある方なので、「でも、その一般市民の方って、ご自分は病気じゃないですよね。病気になっている人間であれば、体裁の良いパンフレットなんてどうでもいいんですよ。そうではなくて、必要なことが全部きちっと書いてあるかどうか、これが一番大事なんです。そういう観点から見たときに、この文書は非常に良くできている。そして、もしその文書が患者さんに理解できなかったとすれば、それは理解できるような、サポートする仕組みを作るべきなのであって、その文書を読みやすく、分かりやすく、コンパクトにするということではないんじゃないでしょうか。」と言われました。

 私は、その通りだ、と思いました。仮に、私が病気になったら一生懸命本を調べるだろうと思います。そして、分からなかったときに誰かに説明してもらいたいと思うでしょう。つまり、当事者の視点と、また一般の市民の視点というのも、そう簡単にイコールにはならない。そういう厄介さがあるんだということを非常に痛感したわけです。(スライド31)

 媒介の専門家の必要性

                スライド32

 専門家が、もう少し多様に我々の社会に準備されるべきではないかと思います。この分類は医学の場面を元にして考えた言葉遣いですが、「基礎研究の専門家」は自分の研究で出てきた成果が実際に応用される場面に本人が立ち会うことはまずないわけで、基本的に同業の専門研究をしている人間とだけ普段はコミュニケーションをとっているタイプの研究者です。

 それに対して「臨床の専門家」は、常に専門的知識が非専門家との接触を通じて利用される、つまり普通のお医者さんが患者に対応する場面に立ち会っているタイプの専門家です。この2つの専門家に加えて、もう少し私はサポートするタイプの「媒介の専門家」が必要ではないかと思います。つまり知識が利用される現場に身を置いて問題を考えて、しかもこの臨床や基礎研究の専門家と、それから市民、非専門家の間を橋渡しする新たな専門家、こういう役割をする人がいろんな場面で必要になっているように思います。(スライド32)

 社会から信頼される専門家

                スライド33

 おそらく今専門家に求められていることは、人間を単なる啓蒙の対象と見るのではなくて、多様な経験と知識、あるいは価値観を持つ複合的な存在として尊重できる、そういう専門家、これが社会から信頼される専門家なのだろうと思います。ですから単に市民の声を聞いてくれというだけでは不十分だろうと思います。イギリスの研究者が、今人々が求めていることに関して、こんな風に語っています。人々は、「パブリックの意見を聞いてくれとだけ言っているのではない、あなたの中にパブリックを保持してほしいと言っているのだ。」と。

 専門家であり続けてほしいのですが、同時にあなたの中にパブリックであるという感覚を保ってほしいということなのですが、私もこの意見に共感しています。(スライド33)

 「納得できる失敗」を如何に実現するか

                スライド34

 しかし現実には、おそらく一部の誠実な臨床の専門家が苦労しつつ媒介という作業に取り組んでいるという状況だと思います。しかし、この科学技術が飛躍的に発展したことによって生じ始めている構造化された問題やリスクという状況に、現在の専門家養成は対応できていないと思います。

 コミュニケーションデザインセンターで専門家と一般市民の間のコミュニケーションの回路を設計する、将来信頼される専門家を作るための教育をしていると申しました。残念ながら大阪大学の場合、医学部の学生は、我々が開発している科目を取ることができません。カリキュラムがタイト過ぎて、全くそういう科目に彼らは参加しておりません。そして医学部もそのことを熱心に考えてくれません。つまり基礎研究の専門家、あるいは臨床の専門家という医学部教育のプログラムで手一杯という状況です。

 ですから、媒介の専門家の養成などということに関して、もう道ははるかに遠いというべきなのかもしれません。仮に媒介の専門家が世の中に生じたとしても、最終的に科学技術が不確実であり、その不確実な状態で意思決定をしなくてはいけないという状況は変わらないわけですから、トランスサイエンス的な状況において意思決定をどうするかということは非常に重要な課題であります。我々ができるのは「納得のできる失敗をどうやってやるか」ということなのかもしれません。失敗を完全にゼロに押さえ込むことは、おそらく不可能だと思います。我々がここまでやって失敗した、これだけのことをやった上で失敗したのならばしょうがないねと言える仕組みをどうやって作るかということがおそらく課題だろうと思います。100%の成功を望むことはほぼ不可能と思っています。(スライド34)

                 スライド35

 科学技術の専門家は、常に市民の側の科学技術に関する知識が足らないから「君たちは勉強しなさい」という議論をするわけですが、重要な問題は、科学技術は社会の中で使われているのだから科学技術の専門家たちは、市民に対して科学技術リテラシーを要求する、科学技術についての知識を勉強しなさいと要求するだけではなくて、社会に通じる価値観といったものを今度は逆に専門家の方も持っていただきたい。

 この両方が揃ったときに初めて両者の関係というのが改善されていくのだろうと思います。現在、我々が未知なる事態、科学技術による解明が不十分な状況に直面することが増えていく事が予想されます。こういった状況では、科学者だけが責任を負うことはできないわけですし、市民が科学技術を勉強すれば済むわけでもありません。社会的なリテラシーを身に付けた専門家と科学技術リテラシーを備えた市民が対話していく社会をどのように形成するか、そしてこの対話をどのように設計するかということが課題になっているのです。この課題に答えるために、新しいコミュニケーションデザインが求められているのではないかと思っています。以上です。(スライド35)

小林 傳司 氏