生命を育む思想 開催概要報告 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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生命を育む思想 開催概要報告

 MERS イベント特集

生命(いのち)を育む思想 ~薬害エイズと医療~
開催概要報告

イントロダクション

 2006年10月14日(土)~15日(日)の二日間かけて開催した「生命(いのち)を育む思想 ~薬害エイズと医療~」の速報をお届けします。多くのパネリストの方々に来て頂き、示唆に富んだ議論と多くの気づきを与えてくました。現在、各セッションの内容をまとめた記録集を作成中です。次号に掲載することにしていますが、今号ではMERS事務局として概要を報告致します。

「生命(いのち)を育む思想 ~薬害エイズと医療~」プログラム

主催:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権
後援:輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究委員会

<10/14 基調講演>
時間 14:00~16:30
会場  ドーンセンター ホール

○ 基調講演
「未知なる事態に於ける科学者の役割と責任」
  講演者:小林傳司(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)
「治療行為の不確実性と所与の存在としての患者」
  講演者:養老孟司(養老研究所)
○ パネルディスカッション
  パネリスト:養老 孟司、小林 傳司、花井 十伍(大阪HIV薬害訴訟原告団)

<10/15 フォーラムズ 薬害エイズと医療>
時間 9:00~17:00
会場 ライフサイエンスセンター

〔サイエンスホール〕
○ Forum 1 生まれること、生むこと ~優生思想と当事者~
パネリスト:
 増山ゆかり(財団法人いしずえ)、松原洋子(立命館大学大学院)、早川寿美代(大阪ヘモフィリア友の会)
○ Forum 2 水俣病と現在
パネリスト:
 木野茂(立命館大学 大学教育開発・支援センター)、坂本美代子(チッソ水俣病関西訴訟原告)、藤田三奈子(甲南女子高校教諭)

〔会議室(501-503)〕
○ Forum 3 医療における医学と倫理
パネリスト:
 勝村久司(陣痛促進剤による被害を考える会)、粂和彦(熊本大学発生医学研究センター)、花井十伍(大阪HIV薬害訴訟原告団)
○ Forum 4 医師と患者の語りから ~エビデンス・ベイスド・メディスンとナラティブ・ベイスド・メディスン~
パネリスト:
 蘭由岐子(神戸市看護大学)、日笠聡(兵庫医科大学)、山田富秋(松山大学大学院)

〔ライフホール〕
○ Forum 5 薬害エイズ調査からの報告
<薬害HIV 感染被害者(患者・家族・遺族)生活実態調査から>
パネリスト:
 伊藤美樹子(大阪大学大学院)、溝田友里(東京大学大学院)、山崎喜比古(東京大学大学院)
<輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究から>
パネリスト:
 種田博之(産業医科大学)、横田恵子(神戸女学院大学)、好井裕明(筑波大学大学院)
○ Final Forum 全体総括
座長:村上陽一郎(国際基督教大学大学院)

 「生命(いのち)を育む思想 ~薬害エイズと医療~」を開催して

はじめに -フォーラムの位置づけ-

 本年10月14-15日にフォーラム「生命(いのち)を育む思想 ~薬害エイズと医療~」を主催した。14日の基調講演は小林傳司氏(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)と養老孟司氏(養老研究所)が行い、2日間でのべ約250名が参加した。

 当事者の視点や患者中心の医療の重要性が指摘される一方、患者・専門家・行政各自の「最善を求める努力」が、必ずしも「最善の結果」をもたらさない場合がある。現在我々は、薬害エイズ被害者と医療者の関係に注目し「輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究委員会(委員長:養老孟司)」として調査研究事業を行っているが、これまでの調査成果に加え医療における今日的課題を、さまざまな立場から考える機会を作ろうと考えた。

基調講演

 小林氏のテーマは「未知なる事態における科学者の役割と責任」である。現代はトランスサイエンス時代で、科学が問うことができても答えられない数多くの問題が存在しているが、それでも意志決定が求められる状況にあるとした。このトランスサイエンスは1970年代から提唱され始めた考え方であり、このような状況下では「科学者だけで判断してはならず、一般市民とのディスカッションを通じて決める以外にない。」と訴えた。その上で科学技術が利用される際、非専門家-専門家間の「媒介の専門家」が必要であり、市民や専門家自身がパブリック(公共性)を持って判断・意志決定し、相互に「納得できる失敗」を合意できる仕組みが必要であると訴えた。

 養老氏のテーマは「医療行為の不確実性と所与の存在としての患者」で、自身の体験と共に医療の不確実性を強調し、救急医療の充実がかえって脳機能障害等をもたらしたことを例に挙げ、技術革新に潜む功罪に社会がどう向き合うのかという問題提起を行った。

14日 パネルディスカッション

フォーラムズ 薬害エイズと医療

○ Forum 1 生まれること、生むこと ~優生思想と当事者~
 松原洋子氏(立命館大学)は、戦前の「国民優生法」が、戦後の人口増加防止のため中絶条件と避妊指導を加えた「優生保護法」へ変わり、さらに日本にはナチスドイツの優生思想に基づいた法律があるとして世界女性会議などで批判され、「母体保護法」に変更されていく優生思想の歴史的な全体像を解説した。

 血友病患者の母として早川寿美代氏(大阪ヘモフィリア友の会)は「周囲がどう考えようと、たとえ血友病児であっても生みたい。」と発言し、サリドマイド被害者・障害者の増山ゆかり氏(財団法人いしずえ)は、「障害自体悪いことではなく、障害を受け入れる社会を」と訴えた。

○ Forum 2 水俣病と現在
 2年前の10月15日はチッソ水俣病関西訴訟の最高裁の判決日であり、被告国・熊本県の責任が確定した。木野茂氏(立命館大学)は、熊本大学のメチル水銀原因説が出されて9年後の1968年ようやく国が公害と認定したことから、専門家は未知の事態の緊急性や切迫性に注目すべきで、当事者-企業-研究者-社会間の対話を円滑化すべきであるとした。

 坂本美代子氏(チッソ水俣関西訴訟原告)は「最高裁は国と県の責任を認めたが、原告が一人でも負けたら敗訴なのだ。」と発言し、藤田三奈子氏(甲南女子高等学校)は、総合学習に水俣病を取り上げた当時は無知であったことを反省し、現在生徒たちに学ばせている思いを語った。Forum1に続き増山氏は、被害者が語ることの重要性を訴えたが、同時に痛みが伴うということへの理解を求めた。

○ Forum 3 医療における医学と倫理
 勝村久司氏(陣痛促進剤被害を考える会)は、医療現場のカルテ改ざんなど、倫理以前の問題を妻の出産時に体験し、医療の都合で行われる計画分娩が、市民に全く知らされていないこと自体が問題であるとした。

 粂和彦氏(熊本大学発生医学研究センター)は、自身の医療現場での違和感や医療過誤訴訟の実例を交えながら、社会と医療者の倫理観に大きな乖離があり、医学と医療の混同が患者を蔑ろにする場合があると指摘した。そして積極的情報公開が専門家の問題性を浮き彫りにし、被害者・患者への傾聴が専門性の中にない新たな発見につながる契機になると訴えた。

○ Forum 4 医師と患者の語りから ~エビデンス・ベイスド・メディスンとナラティブ・ベイスド・メディスン~
 蘭由岐子氏(神戸市看護大学)はNBM(ナラティブ・ベイスド・メディスン)の用語解説を行い、山田富秋氏は「輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究」で得られた医師・患者らの語りを紹介した。医師の知りうることはわずかで、NBMは医療者が患者の生活環境全般を聞き取るために必要な手法であると指摘した。患者の語りでは「お任せ医療」に陥る患者への警鐘が紹介された。日笠聡氏(兵庫医科大学)は、急性・慢性疾患の患者に応じて、EBMと「経験や勘」、NBMと「問い」による手法も必要であると述べた。

○ Forum 5 薬害エイズ調査からの報告
<薬害HIV感染被害者(患者・家族・遺族)生活実態調査から>
 「当事者参加型リサーチ」を手法とし、研究者と被害者(患者・家族・遺族)協働の「薬害エイズ」被害実態調査である。血液製剤のHIV感染が起きた当時の医療に被害者らがどのように対峙していたか、また家族関係へ及ぼした影響などについて報告した。

<輸入血液製剤によるHIV 感染問題調査研究から>
 社会学者らが中心となり医師(医療者)-患者関係に着目して、医療者・患者・家族に複数回の聞き取り調査を行い、各々の立場の主観的意味の明確化を試みている。医師の語りから不確実な状況下で何らかの判断を迫られた時、専門家の行動を規定しているのは必ずしも科学的根拠のみではなかったことを報告した。不確実な状況において医師と患者が共に考え対処していく必要性を訴えた。

フォーラムを終えて

 技術の進歩と共に新たな論議を呼ぶ優生思想など、思想自体が社会に脈々と流れており、その時々で変化する多様な解釈が、我々に社会のありようを問いかけている。本フォーラムを通して、当事者の実感と世間や専門家の価値観・倫理観に大きなズレが厳然と存在し、コミュニケーション不全や、いわゆる権威への過信・依存などが指摘された。

 参加者アンケートの回答にも、多くの気づきがあり物の見方を再考する機会となった。医薬・看護系の方々から意識が変わったという声が寄せられ、開催目的は概ね達成されたと考えている。

 一方で多くの問題提起がなされたことは、我々に大きな宿題が課されたといえる。この世に生きる全ての人々が幸せと感じる社会へ変えていくには非常に困難が多い。しかし一人一人の営みが積み重なって社会を作り上げていることを考えれば、指摘された課題に対して個々人ができることから始めていくことも必要である。

 専門家の立ち位置、当事者の思い、社会のありようは、水俣病発生から50年以上経過した今だからこそ考えるべき課題であろう。

(ここまで、文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事長 若生治友)

 フォーラムズ 薬害エイズと医療 フォーラム1~4報告

Forum 1 生まれること、生むこと ~優生思想と当事者~

 Forum1は、立命館大学院の松原洋子氏、血友病患者会「大阪ヘモフィリア友の会」の早川寿美代氏、財団法人いしずえ(サリドマイド福祉センター)の増山ゆかり氏で行われた。

     フォーラム1 座長の松原洋子氏

<優生思想の歴史>
 最初に松原洋子氏から、我が国における優生思想の歴史・全体像を解説いただいた。1940年、国民優生法が成立して「遺伝子疾患」を持つ人に限って不妊手術が認められた。当時は「兵士となる子どもたちを増やせ」という時代で、一般的には許されなかった避妊や中絶についても許された不妊手術であった。

 ところが戦後まもなく誕生した優生保護法では、戦前とは逆に人口の増加をくい止めるため、中絶を許す条件と避妊の指導を付け加えた法律となった。さらに1955年までの改訂により優生手術の対象を遺伝性疾患だけに限らず、ハンセン氏病や遺伝性以外の精神病・精神簿弱に拡大し、「経済的理由」も追加された法律となり、合法的に「人工妊娠中絶」が可能となった。国民優生法以上に優生学的な見地に立った法律になったといえる。そして中絶審査を廃止し、すべて指定医師の認定で可能となったのである。国民優生法では1941年から1945年までの間に435件の断種が行われたが、優生保護法に基づく強制的な優生手術は、1949年から1994年の間に1万6千件に及んだ。

 一方で1972年には障害者団体「青い芝」などによって、「経済的理由」の削除、胎児条項の導入阻止が行われていき、1980年代には優生保護法撤廃運動へと流れていく。世界的な流れの中で、日本にはナチスドイツの優生思想に基づいた法律があるとして世界女性会議などで批判され、優生思想部分を削って1996年6月に現行の母体保護法に変更された。条文から優生学的な文章を削除し、表向きには母体保護法は大幅縮小した。

<当事者の思い>
 早川氏は、二人目の息子さんが頭蓋内出血を起こしたとき、周囲からの「次から次へと大変やなあ」とか「何故産むの?」といった何気ない言葉にわだかまっていた。しかし、「たとえ血友病患者や障害児であっても産みたい。医療費を障害者医療にまわし、福祉を整えてほしい。自分はそう考えているが、将来社会がどう考える状況になっているのか分からない。」「自分の考え方のどこがいけないか、何故妨げるものがあるのか」と述べていたのが印象的であった。

 一方、障害者本人の立場からどう考えるのか。増山氏は、サリドマイド被害を受けた方で、生まれた時に濡れ雑巾を顔にかぶせることを医療者から提案された被害者がいることを話した。また女性被害者の方では「子育てが大変だから」という理由で、子宮摘出手術をされることも珍しくないと話し、彼女自身の幼かったころの経験として、まるで浦島太郎の亀のように周囲からいじめられた過去を語った。その上で「優生思想は論外で、障害があることが悪いのではなく、障害を受け入れ、生きる前提を考えてほしい。」と訴えた。

<現在の優生思想>
 負の概念がつきまとう優生思想は、現在遺伝子技術や生殖技術の進歩と結びついている。医療や政策、そして社会が「健康であること」を価値として追求しているが、逆に一人一人の多様な生き方や生命を育むことを阻害している。女性の自由意志が尊重され、また医師によって人工妊娠中絶が増減する。法律から優生という言葉は消えたが、その根本的な思想は密かに脈々と流れている。その時々において社会の根底に流れる優生思想は、解釈が多様に変化し、私たちに社会のあり方を問いかけているのではないだろうか。

Forum 2 水俣病と現在

 Forum2は、立命館大学の木野茂氏、チッソ水俣関西訴訟原告の坂本美代子氏、高校教師の藤田三奈子氏で行われた。

左から、坂本美代子氏、木野茂氏

<水俣病の歴史>
 公害の原点ともいえる水俣病は、1956年5月1日の公式発見から50年が経っている。この日に新日本窒素付属病院から水俣保健所へ報告された。いまだに認定を受けられず苦しんでいる人々が多数おられる。フォーラム参加者の多くは、生まれてから50年も経ていない人たちがほとんどであった。

 木野氏は、まず水俣病の歴史を紹介した。1959年7月22日には熊本大学が水俣病を有機水銀説と発表し、アセトアルデヒド製造に使われたメチル水銀が水俣病の原因と確定。アセトアルデヒド生産停止に続き、1968年9月26日には政府が熊本・新潟の両水俣病を公害病と公式に認定した。この前後に新潟・熊本で水俣病患者が企業を相手に訴訟を提起し、1971年9月29日新潟判決で、1973年3月20日熊本判決で、患者が被告企業に対して勝訴を得ている。1970年の環境庁裁決から1973年まで、水俣病の認定率が上がっている。

 しかしながら、第三水俣病1)の否定により認定数が激減していくことになった。1977年に認定要件が厳しくなり未認定者が1万人以上にも膨れることとなる2)。その後、1982年には水俣病関西訴訟が起こされるが、一審地裁で患者側が敗訴、二審高裁では一部患者について勝訴が言い渡された。1980年代に起こされた熊本訴訟から国や熊本県が被告になっている。

 国は、ハンセン氏病について全く無抵抗の謝罪を行っているが、水俣病については上告をした。2004年10月15日、ようやく最高裁判決が出され、患者側の勝訴と国と熊本県の責任を確定した。しかし、小泉政権と小池環境大臣は一貫して認定基準を変えず、混乱がむしろ広がっている状況であり、いまだに行政が水俣病であると認めていない現状がある。この司法判断とは別に、1995年に村山内閣の連立政権は水俣病の政治的和解を提案し、一時金260万円で、訴訟停止、認定申請の取り下げ、交渉停止などを条件とした。これによって全国申請患者の99.9%は裁判を取り下げることとなる。しかし関西訴訟だけは訴訟を継続し、最終的に原告50人ほどが司法認定を受けることとなった。そもそも1959年の有機水銀説から国が公害と認定するまでに、どうして9年もの年月が経ったのか。早く決着をつければ、その後の新潟水俣病の発生被害など拡大は防げたのではないかと思う。

1)・・・1974年6月7日、環境庁の水銀汚染調査検討委員会健康調査分科会は、熊本大学第2次水俣病研究班の報告書「10年後の水俣病に関する疫学的、臨床医学的ならびに病理学的研究(1973年3月)」が指摘した有明海の「第三水俣病」問題に対して、「現時点では水俣病と診断できる患者はいないと判断できる」と発表した。
2)・・・1977年7月1日、「後天性水俣病に係る判断条件について」(環境庁環境保健部長通知)により、水俣病認定の申請棄却が増え続けていく。

 

            フォーラム2 藤田三奈子氏

<水俣病を伝えていくこと>
 坂本氏が、「関西訴訟については確かに国と県の責任を認めているが原告すべてが勝ったわけではない。原告は一人でも負けたら敗訴なのだ。」と語ったことが印象的だった。1982年から22年の裁判を闘ってこられた責任者としての重みを感じる。

 また高校教諭の藤田氏は、数年前に始まった高校での総合学習「探求」に水俣病が取り上げられ、当時全く何も知らなかった自分を深く反省しながら、現在の思いを語った。当初は写真を見せ、怖い、いやだ、見たくない、と連発されながら、うまく話せなかった自分に代わって、長い間患者の世話をしてきた山中由紀氏を呼んだこと、生徒たちが真剣さを増していく経験・感動を語った。この総合学習を通じて、自分たちの排泄・廃棄したものが海に流れていき、再び自分たちの食物として戻ってくることを生徒たちに気づかせ、水俣病は決して過ぎ去った過去ではなく、日常の環境の中に同じ問題があることを学ばせている。

 最後に、坂本氏は自分のためではなく子どもや孫のために国・県と交渉していきたいと語った。前のセッションから引き続き参加した増山氏は、被害者や患者が語ることは非常に大事であるが同時に痛みを伴うことを理解してほしいと訴えた。そして被害者としては公害も薬害も基本的には犯罪であり、その責任の追及は当然であるとコメントした。

(ここまで、文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 太田裕治)

Forum 3 医療における医学と倫理

 早朝のセッションだったため客足はまばらであったが、各講演者の経験に裏打ちされた興味深い問題提起がなされたセッションであった。

 勝村氏は奥さんが陣痛促進剤によって子どもを亡くした被害、そして被害者に共通する医療不信の原因から医療現場における倫理の問題に言及した。粂氏からは自身が医学部で学んだこと、インターン時代の出来事、そして臨床現場で覚えた違和感を通じて、医療現場の根底にある価値観について疑問を投げかけた。時間の制限もあり十分なディスカッションが出来たとは言えなかったが、医療受ける側、施す側双方の異なった視点から概ね一致した医療現場のねじ曲がった倫理観が提示されたことは注目に値する。

     陣痛促進剤による被害を考える会 勝村久司氏

<患者不在の医療>
 勝村氏からは、陣痛促進剤の被害から医療の問題点を提示した。主に産科医療についてであるが、まず政府が出している人口動態統計から出生が操作されている分析データを提示した。曜日別では日曜日より火曜日の出産が約1000人多く、時間帯別でみると夜間より午後2時の方が約2.5倍出産数が多い。つまり、火曜日午後2時に赤ちゃんが比較的多く産まされていることを如実に示しているのである。時間帯は、身体的リズムが関与している可能性もあるが、曜日に関しては人為的なものであることは否めない。

 陣痛促進剤による被害者の類似点としては「知らされず飲まされた(投与された)」「人間として扱われなかった」「密室での拷問」があった。特に「密室での拷問」という意味には、医療の現場の閉塞性のみならず、子宮収縮剤によって子宮内で我が子を殺してしまうという、母親にトラウマを与えかねない事実をも含んでいる。

 勝村氏からは上記の要因として、高等教育において医療者に陣痛促進剤、子宮収縮剤の特性(患者によっては200倍の感受性の差がある etc.)が教えられていないこと、出来高払いによる医療行為が過剰になる仕組み(etc. 微弱陣痛→陣痛促進→帝王切開という産科における診療報酬の積み上げ)、本当に必要な医療にお金がかけられていない診療報酬体系の在り方などについて言及し、産科をはじめ、現代医療を患者本位からねじ曲げている要因を明らかにした。

<医療の内側から感じるもの>
 続いて粂氏からは、自身が医療の現場で覚えた違和感について述懐した。その前段として、

「医学」=科学=価値観、倫理観を明示的に必要としないもの。
「倫理」=「価値観」(目的)を必要とするもの。
「医療」=(医学の)応用。真、善、美の追究。


と定義付けをした上で、個人的な二つの経験に基づく違和感を語った。一つは医学部時代の実習先であった医局における医師-製薬会社プロパー(現在でいう「MR」)との関係性であった。掲示板に要求を書き込む医師、それに忠実に従うプロパー。プロパーが居ても、居ないように振る舞う。あまりにも露骨な権力関係の有り様が示されている。もう一つは、効果的に臨床試験結果を出すべく、病状が悪化する患者の身体状態を操作する(厳密には「放置する」)医療者の平然さであった。前者では医師集団内部、そして外の社会との圧倒的なヒエラルキー構造、後者においては「医学」と「医療」が混在し、生きている人間の在り方をないがしろにしていることが示されている。まさに「白い巨塔」という表現が似つかわしい20数年前の医学部医局での有り様である。しかし今現在医学教育にも携わる粂氏からは「少しは改善したのでは…」と述べ、未だに根強く残る「違和感」が払拭されたとは言い難いことが伺えた。

 また、自身の経験のみならず医療過誤訴訟を例に、医療現場で起きていることが世間の倫理観に照らしてみて、「おかしさ」を呈していることを示した。医師個人によるカルテ改ざんや専門家としての見識を疑うような身内びいきの鑑定書など、専門家の「嘘」に収斂される出来事は明らかに世間の倫理観とずれている。個々の医師の資質に関わる問題性をマスコミは高い次元の問題(「医療の世界」の問題)として提示するきらいがあるが、これら問題を医療全体に広げることは問題点の取り違えである。

 これらの問題への処方箋として積極的に医療過誤裁判に提出された資料をWeb上に掲載するなどの積極的な情報公開が必要である。そして被害者・患者のこだわりに耳を傾けてみること、そこに新たな発見があり、その気づきに意義があるということを経験的に語った。最後にまとめとして「個の中にパブリックを持つべき」という前日の小林氏の講演を引用して、締めくくった。

Forum 4 医師と患者の語りから
~エビデンス・ベイスド・メディスンとナラティブ・ベイスド・メディスン~

 当該セッションにおいては、証拠に基づく医療(EBM)と語りに基づく医療(NBM)の関連性について、語りを通して事象の多面的な構造を研究する社会学者と日々患者と向き合っている臨床の医師を交えてディスカッションを行った。始めに蘭氏より一般になじみの薄い「NBM」の用語解説、その後に山田氏は「輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究」から得られた語りを引用し、一方日笠医師は日常の医師-患者関係を紹介しながら、NBMとEBMの関連性をまとめる形で発表した。

左から、日笠聡氏、山田富秋氏、蘭由岐子氏

<NBMとEBMの間で>
 EBMとは個人の経験や観察に因らず、客観性に基づく医療として、NBMは患者が語る物語から背景を理解し全人的医療を施す手法である。蘭氏からは、医師が疾患そのものにのみ着目した医療モデルを紹介した。そこでは患者の背景情報(文化、家族構成 etc.)による語りは注目せず、治療への寄与の側面(コンプライアンス=治療に忠実かどうか)にのみ着目しており、医師が問いかける内容も「Yes or No」で答える閉じた質問が多い。当該医師には患者の疾患への対応がいかに生活・文化に根ざしているかどうかを知ろうという観点はなく、あるのはただ患者の行動様式を端的な言葉でカルテに記すのみである。医学モデルがいかに患者が「生」の有り様を表すことを抑制しているかがよくわかる例示であった。

 日笠氏はNBMとEBMは対立するものではなく、双方を相互補完的に必要なものとして説明した。EBMが成立する要素を紹介した上で、その中で対話が必要な要素、

  • 問題点を明確にする(疑問の定式化)
  • 個々の患者への治療の適用を吟味

に焦点をあて、治療においてNBMの要素がEBMにも必要であることを紹介した。また、エビデンス(根拠)の反対語としての「経験」、ナラティブ(物語)の反対語としての「問い」も臨床現場では必要な手法として位置付けた。例えば、急性疾患の患者であれば「問い」による早急なる問題分析が必要になる、またエビデンスの確立していない疾患であれば経験に基づく処置を講じざるを得ない状況もあり得るとし、個々のケースに応じて臨機応変に医療を提供しなければならないことを臨床現場の医師の立場から体系的に説明した。

<語りから医療を診る>
 山田氏は、輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究で得られた語りから、医師が知っている患者像と患者自身の自己認識との「ずれ」を提示し、医療現場における医師-患者関係のあるべき姿の提示を試みた。医師自身が患者について知らない側面があること、そのことを他職種を通じて聞いた経験を話す医師の語りが紹介された。医師の知りうることは患者の一側面であり、全人的医療に必要な患者の生活環境を聞き取るために必要な装置として他職種による患者への複合的なアプローチの形式が示された。

 また、薬害エイズの被害を受けた患者の語りから、「おまかせ医療」に陥る患者への警鐘、医師が患者へ関心を持つことが必要性が紹介された。患者として積極的医療に関わる意志、そして患者が生活環境を話すことが出来るような医療環境の整備が重要であると結論づけた。

(ここまで、文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 鵜川圭吾)

 

フォーラム4 会場の様子