MERS コラム:薬害肝炎・大阪訴訟判決 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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MERS コラム:薬害肝炎・大阪訴訟判決

After the Longest Day …
薬害肝炎・大阪訴訟判決に思う-

(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事長 若生治友)

 はじめに

   大阪地方裁判所に入廷する原告・弁護団

 2006年6月21日は夏至の日、すなわち一年の中で最も太陽の出ている時間が長い日であった。梅雨の真最中にもかかわらず、朝から夏の日差しが照りつけ、急激に気温が上昇していた。この日は、薬害肝炎訴訟に関わっている人間にとって最も長く熱い1日となった。そう、薬害肝炎・大阪訴訟の判決日であったのである。開廷した時間は午後1時15分、前日の判決前決起集会の準備からの時間を考えるとほぼ一昼夜以上の時間が経過していた。

 この判決では、原告13名のうち9名が一部勝訴するという結果ではあったが、客観的に考えると、司法がこの健康被害を「薬害」であると認め、さらに国・企業の責任を断罪したのは、我が国の薬害訴訟史上、スモン訴訟以来の画期的なことであった。

 この原稿がニュースレターとして発行される頃には、大きく訴訟の状況が変わっているかもしれない。もしかしたら国の対応が大きく変化している可能性もある。したがって必ずしもタイムリーかつ適切な内容であるか分からないが、今回の薬害肝炎訴訟の判決を受けて、薬害エイズ事件に関わっている人間の視点から今後の課題について考えてみたい。

 本当の意味での判決に対する評価は、被害当事者、原告団・弁護団が行うべきことであり、支援団体の一つであるMERSが行うことではないと考える。あくまで現時点での薬害再発防止や薬害エイズ事件との関連という視点である。

 和解か、判決か

 今ここで、改めて薬害訴訟における判決と和解の意味について整理して考えてみる。

 1989年に提起されたHIV訴訟は、1995年10月6日に大阪・東京の両地方裁判所から和解案(第1次和解勧告1))が出され、原告らは「和解か・判決か」という選択を迫られた。その後、和解協議を経ながら第2次和解勧告2)が出され、最終的には1996年3月29日、HIV訴訟は和解が成立し一応の解決を迎えることになった。

大阪HIV訴訟(大阪地方裁判所第18民事部)の和解案
1)「平成7年10月6日 和解勧告に当たっての所見」 第1次和解案より抜粋
原告らHIV感染者の深刻な被害の状況等をみるとき、早期かつ全面的解決が何より望ましいとの思いを深くしてきたが、これまでに積み上げられた審理の結果に鑑みて一層その必要性を痛感せざるを得ない。そこで、本件紛争を速やかに抜本的かつ総合的に解決するには、和解による以外に最良の途はないとの考えの下に、本日、当事者双方に対し、和解を勧告し、…
2)「平成8年3月7日 和解案(第二次)提示に当たっての所見」より抜粋
当裁判所は、原告らHIV感染者及び家族が余りに厳しく、かつ、いたましい境涯にあることに鑑み、HIV感染被害を拡大させた我が国の特殊な事情を斟酌し、原告らHIV感染者に感染を生ぜしめた個々の製剤名や感染時期などを問うまでもなく、HIV感染者全員につき早期かつ全体的な救済が図られることが必要不可欠であり、そのためには、和解による以外に本件を解決する手段はないとの確信を一層強く深めるに至った。


 和解する場合は、「全員救済の道が開き、医療体制などの恒久対策を確約させることができる」が、「被告の責任があいまいのまま」訴訟が終結してしまう。一方、判決の道を選んだ場合は、「被告の責任の所在が明確になる」が、「原告一人一人の救済内容に差が出るだけでなく、控訴審・上告審と訴訟が長引いてしまう」ことになる。

 第1次和解案が出されてからHIV訴訟原告団は何回も議論を重ねた。原告の多くは判決を迎えたいということが本音であったが、遺族らからの「かえって訴訟を長引かせることで今を生きている患者原告らの命を亡くしてはならない」という強い思いを受けて、和解する方向へ進んだ。ただし被告らに謝罪させることが和解の前提条件となっていた。その後、厚生省に対する座り込み・被告企業への抗議行動、議員交渉などの運動展開を行うことによって、最終的に被告らの謝罪が得られ和解に至った訳であるが、まさに「和解か判決か」苦渋の選択を行ったといえる。

 もしも10年前にHIV訴訟原告団が判決の道を選んでいたなら、AIDS発症有無、死亡、免疫値など、個々の被害状況によって、救済内容が様々に分かれたことであろう。その上、今もなお訴訟が続いていたかもしれない。

 「負の遺産」の清算

         「勝訴」を告げる旗だし

 薬害エイズや薬害肝炎に共通して言えることは、日本の血液行政の欠陥が、これらの健康被害を拡大させた大きな原因であったことであろう。血液行政の欠陥とは、1964年のライシャワー事件が起きるまで売血を放置し、またその後も血漿輸入を放置するなど、国として血液行政・血液事業を如何に行うかということが全くあいまいなままだったことである。

 今回の判決では、医薬品の製造承認における国の責任までを違法とした踏み込んだ内容となった(下記、判決要旨抜粋3)参照、判決要旨全文4)は後記)。結局、薬事・血液行政の歪み・欠陥を放置したツケが、国の責任として問われている。一刻も早く被害者全員を救済して、これら「負の遺産」を精算しなければならない。

3)薬害肝炎大阪訴訟(大阪地方裁判所第17民事部)「判決要旨」より抜粋
厚生大臣は、乾燥加熱処理によっては、ウイルス不活化は十分でなく、安全性が何ら確保されていないにもかかわらず、十分な調査、検討を行わず、当初から非加熱フィブリノゲン製剤に代えて加熱フィブリノゲン製剤の製造承認をするという結論ありきの方針の下に、申請からわずか10日という短期間で有効性、安全性、有用性を実質的に十分に確認しないまま、後天性低フィブリノゲン血症の適応除外のない加熱フィブリノゲン製剤を製造承認したものであるから、厚生大臣の加熱製剤の製造承認は、安全性確保に対する認識や配慮に著しく欠けており違法である。


 今後、私たち一人一人が意識を変えて、薬事・血液・医療行政に対する監視の目を怠ってはならないと思う。薬害エイズの教訓から、2002年7月25日「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」が成立し、2004年4月以降の生物由来製品による被害に対して救済制度が始まっている。徐々に我が国の血液行政は改善されてきているが、これはまだ第一歩を踏み出したに過ぎない。

 これから我々は何をなすべきか

三菱ウェルファーマ前にて、要望書に関して話す山西弁護士

 今回の判決は、全国5地裁で争われている薬害肝炎訴訟の先陣を切ったに過ぎない。過去のスモン訴訟では、全国各地の地裁判決が次々と出されながら段々と救済枠が広がっていった歴史がある。その意味において、大阪地裁判決に続いて今後の各地の判決がより良いものになるよう、社会の関心や世論を高めていく運動が必要である。国や企業の責任を明確に打ち出していくことで、300万人以上いると言われるウイルス性肝炎患者の医療体制を、国の責任として構築・整備させなければならないと思う。

 仮にHCV感染患者のインターフェロン治療費の概算を考えると、おおよそ150万人×160万円=2兆4千億円という医療費が必要となる。いくら国の責任とはいえ、一体誰が負担するのであろうか?今の時勢からすれば甚だしい金額である。近年「小さな政府」という大義名分の下に医療制度や福祉制度改革が行われ、ともすれば弱者切り捨てがまかり通っており、今後ますます国民負担が増大する世の中になろうとしている。保険医療制度や薬価などの問題として、私たち一人一人がきちんと向き合って考えていく必要があると思う。

 加えてスモン、サリドマイド、薬害エイズ、薬害肝炎、etc. 薬害の連鎖が未だに断ち切られていない。薬害被害者が声高に被害を訴えることは非常にインパクトがあり、医療や社会を変えていくためにも患者の視点は非常に大切なことである。しかしながら長期的な視点に立てば、2度とこのような健康被害を起こさせないように私たちは何をすべきか、これらの悲惨な歴史に学ばなければならない。そして私たち自身が、一人の市民として行政や医療をきっちり監視して社会変革を目指す、そういう態度が必要不可欠であると思う。「自分には関係ない」では済まされないと思うのである。

4)薬害肝炎大阪訴訟(大阪地方裁判所第17民事部)「判決要旨」より抜粋
● 1964年非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認について
 ミドリ十字からの非加熱フィブリノゲン製剤の製造承認申請に際し、添付された臨床試験資料はずさんだったが、当時の有効性の審査方法の下では、フィブリノゲン製剤の有効性、有用性を認めざるを得ない。当時の産科出血を取り巻く状況、肝炎の危険性や後天性低フィブリノゲン血症に関する知見などからすれば、1964年、厚生大臣がフィブリノゲン製剤の製造承認をしたことが違法とはいえない。ミドリ十字にも安全性確保に関する過失を認めることはできない。
● 1978年までの後天性低フィブリノゲン血症の適応除外について
 非加熱フィブリノゲン製剤が、1971年から1978年までの第1次再評価手続きで指定されなかった理由は、1976年4月にフィブリノゲン製剤の名称が「フィブリノーゲン-ミドリ」から「フィブリノゲン-ミドリ」に変更承認されて新規医薬品扱いされたことにあるが、これは名称変更されたにすぎず、製剤の本質にかかわる変更ではなく、医薬品としての有効性、安全性に関する審査も一切なされていないから、厚生大臣がフィブリノゲン製剤を第1次再評価対象から除外する合理的理由は見いだし難く、遅くとも1978年には第1次再評価指定すべきであった。しかも、厚生大臣は、海外情報を収集する手段があったにもかかわらず、米食品医薬品局(FDA)のフィブリノゲン製剤の製造承認取り消しという重要な情報の収集、検討を怠るなど、医薬品の安全性確保についての意識が欠如していた。しかし、上記事情を考慮しても、当時の肝炎の危険性やDICに関する知見、産科領域での産科出血の重篤性の認識などからすれば、後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲン製剤の有効性、有用性が否定されたか否かについては、なお不明な面がある。1978年時点で後天性低フィブリノゲン血症の適応除外をしなかった厚生大臣の規制権限不行使が著しく不合理であるとまではいえないから、いまだ違法とはいえない。ミドリ十字にも安全性確保に関する過失はない。
● 1985年8月の不活化処理方法の変更
 1985年の時点では、C型肝炎(当時の非A非B型肝炎)の危険性やDICに関する知見がかなり集積されていた上、医療機器の進歩や医療技術の向上等により、産科領域においてフィブリノゲン製剤を必要とする症例は相当減少し、同製剤の有効性が疑問視される状況になりつつあった。
 ミドリ十字は、1985年8月、フィブリノゲン製剤の不活化処理方法につき、約20年間にわたり行ってきた紫外線照射及びBPL併用処理から、ほとんど不活化効果がなかった紫外線照射等に変更したことにより、C型肝炎(当時の非A非B型肝炎)感染の危険性を一層高めたから、ミドリ十字には、安全性確保義務に違反した過失がある。しかし、厚生大臣は、ミドリ十字の不活化処理方法の変更を知っていたと認めるに足りる証拠はないから、その時点で、後天性低フィブリノゲン血症の適応除外をしなかった規制権限不行使が著しく不合理であるとはいえず、違法とはいえない。
● 1987年4月の非加熱フィブリノゲン製剤の規制権限不行使と加熱フィブリノゲン製剤の製造承認について
 1987年4月時点では、肝炎の危険性やDICに関する知見がかなり明確になり、血液用剤再評価調査会が非加熱フィブリノゲン製剤の有効性、安全性、有用性に強い疑問を抱いていた中で、当時の医学的、薬学的知見に基づく有効性の審査方法の下では、フィブリノゲン製剤の有効性が確認できない状況にあった。さらに当時、非加熱製剤について、青森県での肝炎集団発生事例の報告などがあり、今後も同種感染事例の発生する危険性が高い状況にあった。
 このような状況にありながら、厚生大臣は非加熱フィブリノゲン製剤につき、後天性低フィブリノゲン血症の適応除外をしなかったから、規制権限不行使は著しく不合理で違法である。
 そればかりか、厚生大臣は、乾燥加熱処理によっては、ウイルス不活化は十分でなく、安全性が何ら確保されていないにもかかわらず、十分な調査、検討を行わず、当初から非加熱フィブリノゲン製剤に代えて加熱フィブリノゲン製剤の製造承認をするという結論ありきの方針の下に、申請からわずか10日という短期間で有効性、安全性、有用性を実質的に十分に確認しないまま、後天性低フィブリノゲン血症の適応除外のない加熱フィブリノゲン製剤を製造承認したものであるから、厚生大臣の加熱製剤の製造承認は、安全性確保に対する認識や配慮に著しく欠けており違法である。
 ミドリ十字も、非加熱及び加熱フィブリノゲン製剤の製造、販売につき、安全性確保義務に違反した過失がある。
● 1985年8月以降にフィブリノゲン製剤の投与を受けた原告ら9人については、輸血併用事例を含めフィブリノゲン製剤投与とC型肝炎ウイルス感染との因果関係がすべて認められる。
● 被告会社らは、1985年8月以降にフィブリノゲン製剤の投与を受けた原告ら9人に対し、損害賠償責任がある。
 被告国は、1987年4月以降にフィブリノゲン製剤の投与を受けた原告ら5人に対し、被告会社と連帯して、損害賠償責任がある。
● 上記原告ら9人は、フィブリノゲン製剤の違法な投与により、何らの落ち度がないのにC型肝炎ウイルスに感染し、その結果、深刻な被害を受けるに至ったものである。その損害は、C型肝炎の現在の病態と予後等から、無症候性キャリアの原告につき1200万円、慢性肝炎の原告につき3000万円を基礎損害額とし、病態の程度、これまでのインターフェロン治療歴、その他、各原告ごとの個別事情を考慮して算定すると、各原告につき、1320万円から3630万円(弁護士費用を含む。)、合計2億5630万円及び遅延損害金となる。
● フィブリノゲン製剤の後天性低フィブリノゲン血症の適応除外に関し、その余の原告ら3人の被告会社ら及び被告国に対する損害賠償請求を認めることはできない。
● ミドリ十字からの1972年の第Ⅸ因子複合体製剤(コーナイン)輸入承認申請に際し、添付された臨床試験資料はずさんであり、1976年の第Ⅸ因子複合体製剤(クリスマシン)の製造承認申請は、これを引き継ぐものだったが、当時の有効性の審査方法では、血液凝固第Ⅸ因子欠乏症の疾患の重篤性を考慮すると、第Ⅸ因子複合体製剤の有効性、有用性を否定できるか疑問がある。その後の再評価手続きにおいても、クリスマシンの有効性、有用性は否定されていない。
 したがって、第Ⅸ因子複合体製剤(クリスマシン)につき、後天性血液凝固第Ⅸ因子欠乏症の適応除外をせず、これを製造承認し、その後の規制権限を行使しなかった厚生大臣の行為に違法はない。ミドリ十字にも安全性確保に関する過失はない。
 第Ⅸ因子複合体製剤の投与に係る原告の被告会社及び被告国に対する損害賠償請求を認めることはできない。
以上