取材報告 第14回 エイズキャンドルパレード | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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取材報告 第14回 エイズキャンドルパレード

第14 回 エイズキャンドルパレードに参加して
キャンドルを灯しながら…


(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 鵜川圭吾)

第14回 エイズキャンドルパレード
日時:2006年5月21日 18:30~20:30
会場:京都市役所(出発)→河原町南下→四条通→円山公園(終着)
主催:PLANET
 エイズキャンドルパレードは、1984年にサンフランシスコで始まりました。その後、世界各地で5月の第3日曜日を中心に実施されています。このキャンドルパレードは、エイズで亡くなった人々の思いを炎に託しながら、エイズについての無理解や偏見、HIVと社会との共生を訴える啓発活動です。(「14th キャンドルパレード」チラシより引用)

 はじめに

 第14回キャンドルパレード当日は晴天に恵まれ、外を歩くにはもってこいの日和でした。恥ずかしながら私は初めての参加で、あまり予備知識もなく参加させて頂きましたが、温かく迎えて下さり、とてもありがたく思います。

 実際のパレードの様子

    パレードの通りの店に飾られたレッドリボン

 当日の行程は、京都市役所前に集合、開会式、その後キャンドルを灯しながら円山公園まで歩き、最後に振り返りを行いました。最大で100名程の参加者の中にはマイ・キャンドルを持参して参加される方や、道中からパレードに参加する方がいたりしました。行進中はスタッフの方を中心にしてビラやコンドームの配布、横断幕を広げて歩く、仮装をする、歌を歌いながら等様々な趣向をこらして、道行く人々の脚光を浴びました。また行進の道には、事前のアウトリーチ活動で依頼し、承諾が得られた店舗にレッドリボンが飾られているのも数多く見受けられました。キャンドルを持って歩いていく中で、ざっくばらんにコミュニケーションが生まれること、その中で新たなつながりが作られていくこともありました。キャンドル、または同じ方向を向いて歩く事でつながっている、そんな感慨にひたれたような気がします。

 薬害と若者と地域と

     パレードの様子(四条河原町付近)

 印象に残ったこととして、参加者の多くが薬害エイズという我が国における初期のHIV/AIDSの出来事を「大切」にしていると感じたことです。石田吉明さんのキルトを作成、披露したり、開会式では一人のHIV陽性者の方が、原告団によってHIV/AIDSの医療体制が確立されたことを説明したりと、この薬害エイズという事象、教訓を「大切」に受け継いでいる人がいることに心強く感じました。

 また、一方で今現実に増えている性行為感染に対して活動している方が数多く参加していたと思います。特に京都で若者へアプローチしている若者の姿が多く見受けられたことも印象的でした。

 そして、第1回から参加されている方がスタッフとなり、このイベントを支えていたり、商店街ではレッドリボンをつけてくれる店舗が多くなっていること等々、地域に根ざした活動には驚かされました。継続性と地道なアウトリーチが地域とのつながりを強固にすることを感じさせられました。

 行動から参加へ

 今回は少し増えたようですが、残念なことにキャンドルパレードへの参加者が年々減ってきているようです。日本社会のHIV/AIDSへの関心が低くなっていることの表れであるとも捉えられます。確かに成人の感染率が約7%(HIV感染者数2580万人、新規感染者数320万人1))のサハラ砂漠以南のアフリカの切迫性と新規HIV陽性者/AIDS患者の合計が1,000人を越えた2)とはいえ、陽性者の割合が0.1%未満の日本の切迫性(潜在的にはもっといるはずです)は同等のものとは言えません。しかし、このウィルスは人の無知、無関心、漠然とした安心感(「自分はかからない」等)を糧に生きながらえているとも言えます。知る、そして(予防)行動する、そしてそこから一歩進めて、啓発・知識の分かち合いの場に参加するという積極的な行動までつながれば、良い展望が見えてくるのではないかと感じました。


1)・・・「HIV/AIDS最新情報2005年版」(UNAIDS/WHO)より

2)・・・平成16年エイズ発生動向年報より。

 来年はいかが?

 来年も5月の第3土曜日(次回は日曜日ではなく)にキャンドルパレードを行うことを閉会式でPLANETは約束していました。

 京都の車道を歩きながら、亡くなっていった方を悼み、そしてゆっくりとHIV/AIDSについて考えてみませんか。今からでも来年の日程を空けておいて頂ければと思います。