薬害肝炎訴訟結審報告 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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薬害肝炎訴訟結審報告

(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局長 太田裕治)

 大阪・福岡でスピード結審

 全国五ヶ所の地方裁判所で審理が行われている「薬害肝炎訴訟」のうち、大阪地裁での当訴訟が2月20日に結審しました。また、その二日後の同月22日には福岡地裁でも結審の期日があり、年内中には東京、仙台、名古屋の地裁でも結審を迎える模様です。当薬害肝炎訴訟は、2002年10月に大阪地裁と東京地裁で第一陣が提訴され、その後提訴地を広げていきました。そして大阪では提訴以来3年4ヶ月というスピードで結審期日を迎え、本年6月21日には審理を終えた13人の原告の請求につき判決が下されることとなりました。

 大阪訴訟結審当日の朝はあいにく雨が降っていましたが、裁判所には70余りの傍聴券を求めて100人以上の人が列を作っていました。雨の降る月曜の朝にもかかわらず、このように多数の人たちが裁判所に詰め掛けたことは、この日のために学生を中心に支援者らが熱心に広報した成果の現れだと思います。期日終了後に開催された結審集会でも、予定数を大幅に超えて立ち見が出るほどの参加者があり、改めてこの訴訟にかける原告、弁護士そして支援者らの熱意が予想以上に人々の関心を呼び込んだと感じました。なお、残念ながら結審期日を傍聴できなかった人たちのためには、午後から集会が行われる中央公会堂の会場で、前回期日の法廷でも使用されたPCによるプレゼンテーションスライドを使って、弁護側の最終陳述の解説が行われました。私は幸運にも裁判傍聴、記念集会ともに参加することができましたので、以下にそれらの模様を報告いたします。

 結審期日での原告陳述

 大阪訴訟の結審期日は午前10時からいつものように大阪地裁202号法廷において行われました。期日ではまず、被告である国からの最終準備書面に基づく意見陳述と、それを受けて原告側代理人から反論の意見陳述がありました。続いて、実名公表している桑田智子さん、武田せい子さんら5人の原告及び東京訴訟の福地弁護士、大阪訴訟の山西弁護士がそれぞれ意見陳述を行いました。

 今回陳述した5人の原告はいずれも女性で、それぞれ出産時の出血や産科での術後の止血にフィブリノゲンが投与されC型肝炎ウイルス(HCV)に感染した方々です。原告で最初に陳述した桑田さんは、肝炎罹患が出産時のフィブリノゲン投与に原因があることが分かって提訴を決意したものの、当時の病院にカルテ開示を申し出てから製剤使用証明書が発行されるまで1年もかかったことに苦言を呈するとともに、薬害の責任を回避する国の主張は母性への冒涜であり、フィブリノゲンは女性の尊厳を奪った、と陳述されました。また、国(厚生労働省)はフィブリノゲンが納入された6993の医療機関を公表したが、ほとんど当時のカルテが存在せず、提訴できない感染者が多数存在すること、自身も高額な医療費をかけてインターフェロン治療を試みたが治癒しなかったことを挙げ、すべての肝炎患者を救済してほしいと訴えられました。

 その後に陳述された原告の方々も、C型肝炎罹患後の無残な生活実態、カルテに記載された「フィブリノゲン」の文字を見たときの衝撃、インターフェロンの副作用のきつさ、苦しさ、肝がん・肝硬変(移行)への不安、治療にかかる時間とそれに伴う経済的負担や周囲に迷惑をかけているという情けなさ等々を訴えられ、皆さん最後には被告に対して心からの謝罪を求め、裁判官へは正義ある判決とすべての肝炎患者救済を訴えられていました。

 最後に陳述した原告番号1番の武田さんは、裁判を傍聴するうちに国の理不尽な薬事行政を知り、過去の過ちを反省せずに薬害を繰り返す被告には責任の重さを真摯に受け止めることを求められ、裁判所には公正な判断とすべての患者に救済の道筋をつけるよう訴えられました。

 原告代理人による意見陳述では、福地弁護士が日本では年間4万から4万5千人が肝がん、肝硬変等の肝疾患で死亡している現状を述べ、これらのもととなる肝炎ウイルス感染の原因は1980年代までの不衛生な医療と国の無策に起因しているのであり、訴訟を通じて被告の法的責任に基づく肝炎対策の必要性を訴え、最後に山西弁護士が裁判官に望むこととして、本件被害の本質をはっきり捉えること、繰り返される薬害の連鎖を断ち切る判決であること、肝炎患者全員に救済の道筋をつけることを訴えて締めくくりました。

 薬害肝炎大阪訴訟結審記念シンポジウム

薬害肝炎大阪訴訟結審記念シンポジウム「知ってますか、薬害肝炎」
日時:2006年2月20日 13:00~17:00
会場:中之島中央公会堂 3階小集会室
主催:薬害肝炎訴訟大阪弁護団、薬害肝炎訴訟大阪原告団、薬害肝炎訴訟を支える会・大阪


 当日午後からは、結審後の集会が裁判所とは堂島川をはさんで対岸にある中之島中央公会堂の大会議室で開催されました。昼食時をはさんだとは言え、午前中に行われた期日がやや時間をオーバーしたことと、雨が降っていて裁判所から会場への移動に案外時間がかかったために、けっこう余裕の少ないスケジュールのように感じました。しかし、少し遅れて会場に入ってみると、既に用意された椅子席は満杯の状態で、立ち見どころかまだこれから入場しようとする人たちが会場の外にあふれているほどの盛況振りでした。

 今回の集会は、大阪訴訟結審記念シンポジウムと題して、2部形式でパネルディスカッションが行われました。第1部では、「繰り返される薬害の連鎖を断ち切るために」をテーマに、週刊金曜日代表で経済評論家の佐高信氏と大阪HIV薬害訴訟原告団代表の花井十伍氏の基調講演が行われ、それを受けて増山ゆかり氏(財団法人いしずえ理事)、池田恵理子氏(テレビプロデューサー)、鈴木利廣氏(薬害肝炎訴訟全国弁護団代表)及び上記スピーカー二人を加えてのパネルディスカッションが行われました。

 薬害は役害

         演台に立つ佐高信氏

 まず、基調講演で佐高氏は、規制する側の役人が「厄人」であり、「薬害」は役所・役人の害つまり「役害」であると断じ、官僚たちは醜いポスト争いを繰り返すのみで、自分たちの出世にしか興味がなく、国民の安全の問題を真摯に対応するということが念頭にない。政治家も同様で小泉政権の「規制緩和」は薬に置き換えると「安全緩和」である。そんな政治家、役人と私たち国民の関係で考えると、一般的に政治家は役人に強く、役人は国民に強い、そして国民は選挙を通じて政治家に強いという、ちょうどグー、チョキ、パーの関係にあると言われるが、そういうことを頭に入れつつ、ある種「まともな政治家」を動かしていくということも必要であろう。薬害をなくしていくには、「まともな専門家」の力をも借りつつ、とんでもない奴らへの警戒心を緩めないで闘っていかざるを得ないと訴えました。

 医薬品にも及ぶ市場原理の支配

 続いて花井氏は、1960年代からスモン・サリドマイドを初めとして現在まで薬害の連鎖が脈々と繋がっている。薬害とは、薬による「受忍限度を超えた副作用被害」とひとまず定義した上で、典型的な薬害としてスモンを例に挙げることができるが、薬害であるかどうかは常に社会的脈絡の上で考えなければならない。また、受忍限度を超えた「痛み」を患者当事者が訴えないと社会的には認知されない。医薬品はその成分(化学物質)の有効性と副作用を比較考慮して有効性が上回ると判断されたとき認可される。その医薬品の評価が専門家の手によって科学的に行われているとされるが、その専門性も科学性も結局は市場原理に絡め取られてしまっているのが現実である。当該肝炎訴訟は、国の血液事業のあり方を問う裁判でもある。(有用性はもとより有効性の観点から見ても)勝訴できる裁判と思うが、最後まで気を緩めずに支援し、この裁判に重大な関心を持っているのだということを裁判官に示して圧倒的勝利を勝ち取っていただきたい、と訴えました。

 変わらない国の体質

 サリドマイド被害者である増山氏は、1974年10月に行われたサリドマイド訴訟和解の日とHIV訴訟が和解した1996年3月29日は忘れられない日と述べ、増山氏が、サリドマイド訴訟和解確認書の調印の場で謝罪した当時の厚生省薬務局長であった松下廉蔵を記憶していたところ、今度はHIV訴訟ではミドリ十字(当時)の社長を務めていたことを知って、この人(松下氏)はまだこんなことをやっているんだ、との驚きの印象を持ったとのエピソードを語りました。また、当日の肝炎訴訟を傍聴していて、問題のフィブリノゲン製剤は適応外使用であり国には責任がない、とする被告国側の陳述に怒りを覚える。これは近年サリドマイドがある種の抗がん剤として個人輸入で使用されている問題について、厚生労働省に対応を求めたところ、未承認薬は国が認可した薬ではないので何もできない、といった無責任な対応と相通ずるところがある。国・厚生労働省は国民の健康を守らなければならないのであって、認可薬であろうと未承認薬であろうとそれは変わらないはずであり、このように自分たちの職務とは関係ないとする昔からの体質が変わっていないことが許せないと述べました。

 メディアの責任を痛感

 池田氏は、血友病患者の取材を続けていく中で、当時日本を震撼したAIDSパニック、そしてHIV薬害訴訟へと取材を進めていった。膨大な裁判資料を読みこむうちに海外製薬企業によるHIV汚染製剤回収の事実に行き当たり、危険情報はちゃんと当時の厚生省には報告されていたことを知る。1994年に放映されたNHK報道スペシャル「埋もれたエイズ報告」の取材班として薬害エイズ問題を調査したときの体験から、役人や専門家は患者や国民を甘く見て情報を隠したり「情報操作」をしようとするものであることが分かった。一方で、もっと早い時期にこれらの情報を社会に出せたら被害拡大を阻止できたのではないかと考えると、メディアにも責任の一端を感じる。権力を持って情報操作をしようとする者に太刀打ちするには、メディア間の連携も必要と語られました。

 本当は国の責任が重大

 鈴木氏は、これまでの薬害裁判の和解では、メーカと国の責任の比率は、サリドマイドが7対3、HIVが6対4とされてきたが、薬害について、メーカが悪いのは当たり前としても、本当は国の責任のほうが重いのではないかと最近は考えている。薬害肝炎について言えば、ウイルス感染症は国家の存亡に関わる問題であり、血液事業の問題でもあるので国の責務こそ重要であると論じました。また、薬害、副作用被害防止に関して、鈴木氏がメンバーとして活動する「薬害オンプズパースン会議」では、市販後調査だけに力点をおくのではなくて、医薬品の開発、承認、市販後すべてのプロセスで総合的な安全監視体制を作ること、治験を全部登録制にしてすべての治験データを公表すること、さらに企業の副作用情報だけでは当てにならないので、欧米のように患者からの情報を受けつけることを提言していることを述べ、医薬品の分野でもわれわれの追いつけないスピードで規制緩和が進んでいるなかで、以前にも増して製薬メーカと国の人的・経済的癒着は大きくなってきていると指摘し、是非とも肝炎訴訟に勝って、再び強固な規制を医薬品行政にさせるようにしたい、と訴えました。

第1部パネルディスカッションの様子 左から花井十伍氏、佐高信氏、増山ゆかり氏、池田恵理子氏

 勝訴判決を得て協議の場を

 第2部では、パネリストに肝炎専門医の小畑達郎氏(宇治徳洲会病院)、日本肝臓病患者団体協議会 常任理事の西村慎太郎氏、原告の桑田智子氏、肝炎弁護団の塩野隆史氏を迎え、「恒久対策として肝炎治療体制の確立のために」をテーマにパネルディスカッションが行われました。まず、桑田氏からインターフェロンの治療経験が述べられたあと、小畑氏からペグインターフェロンとリバビリン併用療法の治療成績を中心に最近の肝炎治療の解説があり、西村氏からは肝炎患者の現状を踏まえた肝炎における診療体制整備と治療費助成など患者への経済的社会的支援策の必要性が語られました。それらに続いて、塩野氏からウイルス性肝炎における恒久対策がどうあるべきか、HIV訴訟での経験を踏まえて、その内容と実現へ向けての方策が語られ、それに基づきパネラー間で討論されました。内容的には、塩野氏が治療法の研究開発促進と治療費公費負担の早期実現を提示し、西村氏から、肝臓専門医が都市に集中している現状に鑑み、肝臓専門医のいる病院と地元診療所との連携、適切な専門医の配置などが提案されました。そして、こういった課題の実現については、今まで肝炎対策に消極的であった国を動かすには、やはり勝訴判決を得て患者らと行政・政府側との協議の場を確立することが必要であるとの結論が示されました。

第2部パネルディスカッションの様子 左から西村慎太郎氏、桑田智子氏、塩野隆史氏

 シンポジウムは予定を1時間も上回る午後5時に終了しました。終日雨が降り続いた結審の日でしたが、空模様とは反対に原告、弁護士及び肝炎訴訟支援者らの熱気が伝わる1日でした。さて、6月21日、全国の先陣を切って大阪訴訟の判決を迎えます。勢い的にも客観的にも勝てる裁判と思いますが、若干の不安もありつつ判決が楽しみです。


参考資料

 1986年から1987年にかけて、各地でフィブリノゲンによる肝炎の集団発生が出たときに、当時のミドリ十字と厚生省の担当者がその対応を協議した内容を、ミドリ十字担当者がまとめた報告書。文書中3のハ「理論武装の用意が必要」とあり、また、「こういうこと(フィブリノゲン投与後に肝炎に罹患したという可能性)は血液製剤の特性である。良くするには研究開発しか手がないということで肯定していく」という対応がメモされている。