薬害イレッサ訴訟の経過 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

Newsletter
ニュースレター

薬害イレッサ訴訟の経過

薬害イレッサ訴訟の経過
「抗ガン剤」と「イレッサ」


(文責:特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 鵜川圭吾)

イントロダクション

 前号で「MERSイベント『薬害イレッサと薬害肝炎を考える』」のイベント報告を掲載した。ここでは上記イベント以降、裁判期日を迎えた西日本訴訟を報告する。その後には抗ガン剤の現状をイレッサの問題点と関係付けて提示してみる。

 薬害イレッサ訴訟の概要

 「薬害イレッサ訴訟」は非小細胞肺癌適用の抗ガン剤「イレッサ」により健康被害を受けた被害者(遺族を含む)が国、製薬会社アストラゼネカを被告として、損害賠償請求を起こした裁判である。本訴訟は、西日本訴訟(大阪地方裁判所)、東日本訴訟(東京地方裁判所)の2地裁で争われている。大阪では2004年7月15日、東京では同年11月25日に提訴され、両地裁ともに2006年3月現在も係争中。以下に裁判の経過を報告する。

  • 西日本訴訟第7回裁判 2005年12月7日
  • 西日本訴訟第8回裁判 2006年1月11日
  • 西日本訴訟第9回裁判 2006年2月27日

 西日本訴訟第7回裁判報告 2005年12月7日

 原告、被告双方の争点の摺り合わせの段階。原告側から「第6回準備書面意見陳述要旨」が提出された。以下に主張の要旨を記す。

 前回までの準備書面をめぐって、被告らからは当該医薬品(イレッサ)は「肺ガン患者への最後の薬剤であり、患者に希望を与えるもので副作用リスクは容認されている」、「医薬品の安全性は延命効果を含め様々な目安ではかるものである」等の主張がなされた。

 それに対し原告側の主張は当然のことながら真っ向から対立するものとなった。原告側は、「肺ガン患者の残り少ない命の尊さからくる厳格な審査の必要性」、「薬事法上の規制の軽視」、「肺ガン患者の切迫性へのつけ込み」の3点から強く批判した。その上で、製薬企業と国による高度の安全性、有用性確保がなされるべきであること、その水準に達することを怠った責任があることを主張した。

 後半では有効性、有用性、安全性の3点から当該医薬品の被告側評価が杜撰として、強い論調で批判している。その中で有効性では「比較臨床試験での延命効果こそ医薬品の有用性の唯一のめやす」とし、延命効果+α(腫瘍縮効果や症状改善効果)を総合的に判断するものと主張する被告に反論した。また、被告側は全体の延命効果でなくても、個々の延命効果が認められれば十分という論調であるようだ。

 西日本訴訟第8回裁判報告 2006年1月11日

 大阪訴訟で使用されている202号法廷は大阪地裁で大きな法廷であるが、証拠調べに先だっての本人尋問、また遺族ではなくイレッサ被害者本人(清水氏)の尋問ということもあり90名程埋まった。後の報告集会で分かったことだが、東京から30名ほど応援に駆けつけたことも傍聴席が埋まった理由のひとつであった。

 証言台に立つ清水氏は、末期の肺ガン患者と思えないほど、堂々としていた。気が張りつめていたこともそのように見えた一因である。まず、陳述書に沿った主尋問、そして被告アストラゼネカ社、国と反対尋問が続いた。

 主尋問内容は肺ガンが見つかった頃から、手術、再発(リンパ節転移)、放射線治療そしてイレッサ服用とそれに伴う副作用発生までを時系列に陳述した。特に副作用が発生し始める2002年10月22日から10月27日までは1日おきに詳細な状況説明がなされた。その中で当人が間質性肺炎で苦しんだ様子が述べられた。イレッサ服用後、回復熱による症状という診断を信じ、1日おきにひどくなる症状(発熱、激しい咳、下痢)は「身体を動かせば咳がでる」「物事を考えることが出来ない」「日常生活ができない」という言葉で表現された。その苦しさは「家族のことを考えられない」と振り返る。思考そのものが出来ない苦しさとはどのようなものか他人には筆舌に尽くしがたい。

 主尋問は被害の側面と共に、「くやしい」という思いがにじんでいた。重篤な副作用が自分の身に降りかかったことに対しての偶然性そして隠蔽されたことに対する「くやしさ」であろう。その思いに呼応するように、「この状況を話さなければ」、「少しでも遺族に伝われば」という使命感が彼をここに連れ出したのだろうと思われる。

 最後に被告である国・製薬企業双方に対しては、「教訓となるよう」「改良してほしい」と表現されたように、この事件を踏まえて二度とこのような悲惨な被害をもたらさないようにという被害者の最も強い想いが込められていたように思う。

 一方、反対尋問では主に因果関係、記憶の正確性に関する追及が大半を占めた。看護記録を中心に陳述書との齟齬を入念に確認した。「咳はいつからでたのか?」「ボルタレン、ステロイドの副作用に間質性肺炎があることは知っていたのか」「HP上の日記と食い違いがある」等である。もう3年近く前のことであり、いくら予習してきたとはいえ、文書記録と記憶では齟齬が生じるのは致し方がなく、何度か考え込む時があったように見えた。

 その後の報告集会で、イレッサ東日本訴訟弁護団事務局長の安部氏から東京の裁判の状況が報告された。それによると東京地裁では、5回の裁判が行われ、まだ争点整理の段階であること、2006年5月~6月にかけて証拠調べに入ろうという流れであるということであった。今回の本人尋問には東京地裁の裁判官に大阪に来て検分してもらうことをお願いしたが、却下された。しかしながら、東京でも証拠としてビデオテープを採用してもらうことはとても画期的なことであると述べた。

 今回の尋問の担当弁護士から、主尋問のポイントを3点述べられた。まず「肺ガン患者の薬を使う思い(心理的状況)」、「夢の新薬への期待」「副作用の恐ろしさ(『殺してくれ』という言葉に集約されている)」である。弁護団としては、家族への思いなども尋問内容に取り入れるかどうか検討したが、本人からそんな余裕はなかったという実体験に基づく苦しさから、取り入れないことにしたそうである。また、反対尋問の評価は、弁護団として想定内であることが述べられた。

 証言台に立った清水氏からは、使命感を果たした安堵感が見られ、原告、弁護団がいてくれたことに対して、とても支えになったことが吐露された。

 西日本訴訟第9回裁判 2006年2月27日

 原告から第7準備書面が提出された。被告アストラゼネカ社による不当な販売戦略の実態と安全性確保義務を怠ったこと、国による医薬品承認にかかる安全性確保義務違反についてだった。

 企業体質の面で、被告アストラゼネカ社が関与した「ネクシアム」(胸焼け薬?)、「クレストール」(コレステロール低下剤)、「ゾラデックス」(前立腺ガンの薬)の過剰な販売戦略ゆえに、消費者団体・各国政府の省庁から警告、起訴された状況を紹介した。過剰な販売戦略を具体的に示すと、「ジェネリック薬の市場参入の妨害、遅延」「有効性があるかのような虚像を振りまく」「根拠薄弱な仮説や意図的に歪められたデータ」等である。イレッサの場合は、まず承認時の臨床試験データの情報操作が意図的になされたことを主張した。動物実験における肺障害データの不開示、臨床試験の肺障害との関連性の否定、有用性の過大広告等が挙げられた。

 また安全性確保については、過去の薬害訴訟の前例を引用しながら、被告アストラゼネカにはイレッサの被害が予見できたことによる結果回避義務や、承認後の適用限定等の措置の必要性があったにもかかわらず、利益追求のためこうした措置を採らなかったことを厳しく糾弾した。

 国においては、抗ガン剤の承認が第Ⅱ相試験で市場に出される特性から、安全性判断をより厳格に行う必要があることを前提として、イレッサの承認自体が誤った判断であったと主張した。また添付文書、使われ方を含めた総合的な判断の不備、承認後に出された臨床試験データ等による解析や副作用情報の把握、当該医薬品の規制を怠ったことが述べられた。

 抗ガン剤治療に横たわる壁

 前回のニュースレターにおいて、MERS主催イベント「薬害イレッサと薬害肝炎について考える」を報告した。その中では抗がん剤「イレッサ」の問題点について述べられているが、抗がん剤一般に関する状況を以下に並べてみたい。

 抗ガン剤治療に熟知している外科医の平沢氏が執筆している「抗癌剤」には、抗ガン剤についての最近の知見が述べられている。その著書に「抗癌剤治療の『五つの壁』」(p69)という見出しで、端的にその要因を述べている箇所がある。他の頁に書かれていることも補足し、イレッサとの関連も含めて下に記す。

新薬の承認と抗ガン剤療法

「第一の壁は『新薬の承認』である。未承認薬を使う医者は、『何が起きても、全責任を負います』という誓約書を、厚生労働大臣に提出しないといけない。患者も医療費が全額自己負担になる。」
「第二の壁は『日本に存在するが、使えない抗ガン剤』があるのだ。」


 第一の壁は医師にとっては精神的、患者にとっては経済的にも未承認の薬を使用することが負担になることを示している。

 抗ガン剤治療では、薬がガンに効かなくなれば他の薬剤に変える必要がある。よって、使える抗ガン剤の種類は多ければ多いほど良い。加えて人によって何十倍も効きが異なるため、処方する薬のさじ加減が必要とされる。それゆえに、患者の状態の変化を定期的、頻繁にモニタリングする必要性も出てくるという特性がある。

 第二の壁は、薬はあるが保険適用外で使用が難しいこと、また適用外の使用が国際的な標準治療であったりすることを示している。日本の承認は他国に比べ慎重であるため、国際的な標準治療に合致していないことが多く、治療も海外の後追いになっている場合が多い。

 ちなみに、未承認薬を使用するとその抗ガン剤治療に付随するすべての治療が自由診療扱いになる。現在、自由診療は原則医療費の全額が自己負担となる。未承認薬が保険収載されることの過渡期として、保険診療と自由診療を組み合わせることが可能となる混合診療容認、特定療養費制度の適用拡大への動きが出ている。

 イレッサの場合では、短期間で世界に先駆けて承認されたことは新薬を待ち望む患者にとって望ましい事象であったと思われる。しかも、前評判では著効率が高く、副作用が少ない、1日1錠という手軽さで、しかも保険適用されたというイレッサが患者・医師によく受け入れられたことは想像に難くない。

医療格差と診療報酬

「第三の壁は『その病院に抗癌剤がない』ということだ。」
「第四の壁は、前述したが『抗癌剤治療の技術料や手間賃が無料』ということだ。」
「良い抗癌剤治療の噂を聞き付けた患者が集まれば、その病院は財政的に逼迫するからだ。…良い抗癌剤治療を受けようと思う患者は、『内緒の治療』を広い日本の中から探し出さないといけない。これが第五の壁である。」


 ガン治療に地域格差があることをデータとして示されたことは、少し前に新聞を賑わせた話である。薬がないということもその現れの一つであると思われる。そして第四、五の壁は診療報酬の配分のゆがみが表れている事象である。それが関係してかどうかは定かではないが、加えて抗ガン剤を適切に処方できる医師が不足している現状がある。抗ガン剤の特性故に専門医が処方することが望ましいが、イレッサの場合は適切な医師の管理下で処方されなかった場合も多々あったようである。前号で薬害イレッサ訴訟の原告である稲垣氏が、「きちんとした管理下で、きちんとした処方」をするべきであったと指摘している。

 また、薬を考える技術料等は無料だが、もちろん抗ガン剤治療は無料ではない。抗ガン剤治療の費用は大半が薬代である。イレッサの薬代は薬価収載前で1錠9,000円、収載後1錠7,900円(1日1錠の服薬)であり、他の抗ガン剤と比較してもかなり高価である。「病院も医者も、鵜匠(製薬企業)に操られた鵜に過ぎない。病院が幾ら高額の薬を使っても、一円も病院に落ちることなく、製薬会社に流れるのである。」(p237)と著者が述懐している。

インフォームドコンセントと情報

 いまやガン治療を積極的にするためには、患者・医師、そして家族間で十分な議論がなされなければいけないことがこの書籍の中で語られている。それは副作用、社会生活の影響などを考えると、十分な覚悟と納得が必要になるからである。

 しかしイレッサにおいて、患者そして医師は正確な情報を欠いた状態でお互いの信頼関係を築くことが出来たのであろうか。築くことが出来たとしても、何度も改訂文書が出され、信用性が揺れていく過程から、イレッサや医療そのものへの不信が生まれてくることもあっただろうと推察される。前号で花井が「結局市場で人体実験していくということになるわけです」と述べたように、第Ⅱ相試験を終え、市場に出回る抗ガン剤には患者はもちろんのこと医師、家族も覚悟をもって服薬しなければならないことが示唆されている。そのために必要な情報を被告である製造販売元のアストラゼネカ社と承認した国が早期に発信できたかどうかも本訴訟で問われている。

 まとめとして

 非常に大雑把ではあるが『抗癌剤』を参考にし、抗ガン剤治療を阻害する制度的・経済的要因を書き記してみた。イレッサ問題は、抗ガン剤一般の問題点と重なる部分が当然ながらある。イレッサ問題もガン治療の問題点が吹き出した一つのケースではないだろうか。特に抗ガン剤承認のエンドラインを「腫瘍縮小」主義に傾倒した結果、イレッサの副作用問題が出てきたとも言える。幸いながら、昨今ではエンドラインを欧米の「延命効果」にシフトしようとする動きが出てきてはいる。

 診療報酬に関しては制度と現実の医療とが齟齬をきたしている。医療費抑制が叫ばれている今、本当に必要な医療に配分されなければいけないことも上記の例からはすぐ見て取れる。よい治療をすることが病院の経営を成り立たせないという本末転倒な事態を長引かせることによる弊害は患者に回ってきているだろう。

 最後に、毎年約30万人がガンで亡くなっている現状はまったなしである。今患者団体が団結し、「ガン治療の全国均てん化」や「未承認薬問題」に関して中央省庁の審議会等に患者当事者が参加している。当事者主体の動きが活発なのは患者の切実さの表れであると思う。

 今後も薬害イレッサ訴訟を通じて、抗ガン剤承認の問題を中心に見ていくが、その際にはガン治療、そして医療全体の動向も視野に入れる必要があることを改めて感じた。


祥伝社新書
「抗癌剤 知らずに亡くなる年間30万人」

著者:平岩正樹 発行所:祥伝社
出版年:2005年3月 定価:740円
ISBN4-396-1100-4C0247

<表紙より抜粋>
 「癌治療」=「手術」、「抗癌剤」=「副作用」という偏見・誤解はなぜ出来あがったのか。「癌と闘うな」という医師の発言が指示される現状に問題はないのか-著者・平沢正樹は問いかける。
 <外科手術は一流だが抗癌剤治療は三流後進国><日本で発明された治療薬が国内で使えない>という医療実態を知らぬまま、年間30万人の癌患者がこの国で死んでいく。最先端治療を施されずに。
 「抗癌剤とは何なのか」「その種類と効力は?」「なぜ専門医がいないのか」「日本の医療向上を阻む壁とは」……治療に見放された<癌難民>を受けとめ、あくまで闘い抜く「あきらめない治療」の第一人者がすべてに答えた福音の書!抗癌剤はここまで進歩した!