寄稿「いま、なぜ真相究明なのか」 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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寄稿「いま、なぜ真相究明なのか」

いま、なぜ真相究明なのか
序に代えて~


≪筆者≫ 弁護士 徳永 信一


 そもそも「真相究明」とは何だろうか。1996年3月に和解した薬害エイズ訴訟は、その前後各1年間の怒濤のような報道にもかかわらず、その実際の姿は世間に知られていない。いや、むしろあの頃の産・官・学の癒着を告発するスキャンダルの嵐が薬害エイズの本当の姿を吹き飛ばしてしまったかのような気がする。訴訟を担当していた弁護士として薬害エイズ問題に関心を持っているという人達と話す機会は少なくない。弁護士でない彼らが訴訟の実際に詳しくなくともかまわないのであるが、肝心の「被害の全体像」について無知なのには唖然とする。薬害エイズが地球規模で広がったことを知らないのだ。英、仏、独、米、カナダといった先進諸国において日本に勝るとも劣らない被害があったことを知らないのだ。汚染源の血液を輸出していたアメリカでは、8000人以上、実に日本の5倍以上の被害者を出したことや、加熱製剤が承認された後も非加熱製剤が販売・使用されていたことを知らないのだ。1996年11月に弁護団と原告団が共催して神戸で行った「薬害エイズ国際会議」は何だったのだろうかと思うことがある。

 〈彼ら〉にとって薬害エイズとは、産・官・学の癒着というステレオタイプなスローガンのリフレインでしかない。厚生省のファイル隠しであり、ミドリ十字幹部の土下座であるし、甲高い声で絶叫する安部英であり、捕縛の辱めを受けた被告人の姿である。それは官僚機構の腐敗であり、患者の生命より利潤を優先する医療であり、日本という邪悪で腐敗しきった無責任体制の象徴である。しかし、「産・官・学(医)の癒着」とはいったい何を指しているのか、それは、薬害エイズの発生・拡大とどのように関わっていたのかという問いに、〈彼ら〉がキチンと説明してくれた試しはない。

 真相究明を叫ぶ〈彼ら〉は、薬害エイズの真相はまだ明らかになっていないという。〈彼ら〉も、スローガンだけでは、薬害エイズの発生・拡大を説明できないことに気後れしているのだろう。まだ隠されている真実があるはずだ、明らかにされていない資料があるはずだという。ミドリ十字と厚生省の幹部が談合し、あるいはその意を受けた安部英の横やりによって、あるいは有力政治家の圧力によって加熱製剤の承認が遅らされ、その緊急輸入が見送られたのだという。隠されていた厚生省ファイルに綴られていた課長補佐のメモ(6月初旬に加熱製剤の緊急輸入を政策の選択肢に挙げたもの)に基づいてマスコミが宣伝した「空白の一週間」というやつだ。

 率直に言って私は、「空白の一週間」は、文字どおりの「空白」、すなわち空騒ぎだったと考えている。そう言うと〈彼ら〉は、いきり立って反論する。「危険が明らかな製剤の使用を停止して、安全な加熱製剤を緊急輸入するのは当たり前であり、その当たり前がなされなかったのは、政策を曲げる圧力があったに違いない。まだ、安部英も厚生官僚も謝罪していないし、本当に悪い奴らはのんのんとしている。このままでは被害者の魂は成仏できない・・・」と。それは真実の探求ではなく自らの主張を押し通す政治のゲームだ。もちろん、私はその可能性を完全に否定するつもりはない。まだまだ代表訴訟を含め、証拠の発掘においてなされるべき努力は残っているのだから。しかし、そうではない可能性 ―― 件のメモは厚生官僚のソツのない優等生振りを証明するものではなかったか、薬害エイズは誰かの邪悪な思惑や利潤を媒介とする癒着によるものではなく、むしろ「事勿れ主義」に基づく慎重さや遠慮、あるいは産・官・学の「もたれ合い構造」によって生じた責任権限の空白によるものではなかったのか、また、海外からの侵襲に対する防疫体制の不備、すなわち危機管理の杜撰さというものが原因であり、官僚には英断や強腕、それを支える強い使命感に欠けていたという非難はあたっても、私心のために行政を曲げたとの非難はあたらないのではないか。「真相究明」が大衆の娯楽や政治的なゲームではなく、真に薬害の再発防止を願うものであるというのであれば。

 〈彼ら〉が究明すべきだという「真相」は、当時の血友病治療に関わった医師達を、まるで医学の初歩を知らない無能なブタか、倫理を忘れて利をむさぼるヒルかのように非難する。「医師は真の謝罪をしていないし、全く反省もしていない」と言うこともある。結果として患者のHIV感染を防げなかった血友病医に職業人としての責任があるのは当然である。薬害エイズに関わった個々の医師には、「あの時どうすれば良かったのか、どうすれば防げたのか、今度同じような危険が患者に迫ったとき、どのように対処すればよいのだろうか」という問いと、これに答える姿勢を持ち続けて欲しい。しかし、そのことと、〈彼ら〉のいう真相究明とは全く別物だ。むしろ、思い込み過多の「真相」に固執して医師を糾弾する「彼ら」の眼差しは、患者と医師との和解を妨げ、その関係を不信と恨みに満ちた殺伐とした光景にとどめることになってはいないか。輸入血液製剤の危険が懸念され、厚生省の担当課長だった郡司篤晃がエイズ研究班を招集した1983年夏、その頃、個々の医師はどんな思いで患者と向き合い、非加熱の血液製剤を患者に処方していたのか。その問いに向き合う医師の言葉に対し、虚心坦懐に耳を傾けることも、為すべき真相究明のはずである。それは、相互不信の沼につかったままの医師と被害患者との関係を新たに見直す機会になるだろう。9月に講演した島本慈子氏が語ったように、〈彼ら〉が思っているより、ずっと当時の医師は深い悩みの中にあったのである。

 あの和解から5年が経とうとしている。被害患者・遺族の9割以上の和解が成立し、1989年に提訴した大阪HIV訴訟の最重要目的であった被害者全員救済の目標は、ほぼ達成されたといってよい。今年の2月、大阪地裁は松下廉蔵らミドリ十字元幹部に実刑判決を下し、安部英、松村元生物製剤課課長の刑事訴訟は、ともに証拠調べを終え、年度内に判決が下される見込みである。判決がどうあれ、新たに法廷で開示される真実は、もうないと思われる。訴訟における真相究明は大きな山を越したといってよい。〈彼ら〉が求める「真相」は、法廷の場において、その姿を表すことはなかった。

 これからの真相究明は、〈彼ら〉の仮説の検証ではなく、これまで明らかになった資料の中から浮かび上がるものを見つめ直すことに重点を置くべきだと私は思う。そして、まずは、これまで訴訟と救済の進展を見守りながら患者や〈彼ら〉の心情に対するナイーブな配慮から敢えて沈黙してきた人達の声に耳を傾け、私たちが様々な立場で、関わってきた「薬害エイズ訴訟」とは何だったのかをもう一度考えてみることではないかと思う。そして、そのことは薬害エイズ訴訟を担ってきたと自負する私自身が、長い間、己の宿題と考えてきたことだった。できれば、今からこの宿題に取りかかろうと思う。患者と医師と弁護士が参加するMERSのニュースレターにおいて、連載の機会が得られるとすれば、その巡り合わせを自らの幸運だと思うことにしたい。

                                    以上