コラム「非加熱血液製剤に因るC型肝炎感染問題の行方」 | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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コラム「非加熱血液製剤に因るC型肝炎感染問題の行方」

(文責:ネットワーク医療と人権  事務局長 太田裕治)

※2000年末の記事です。


 10月末の新聞等で、新生児の時期に治療のため非加熱血液製剤を使用した男性患者がC型肝炎ウイルスに感染していることが判明した事件が大きく報道された。この非加熱血液製剤とは紛れもなく薬害エイズの原因となった血友病治療薬のことであり、正式な薬の名称は血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤という。覚えている方もおられると思うが、5年ほど前に、血友病患者以外の治療にも非加熱血液製剤が使用されていることが問題となり、厚生省が全国の医療機関を調査したことがある。その結果、確認できただけでも、およそ2600人の非血友病患者にこの製剤が投与され、12人のHIV感染が判明した。このHIV感染形態は第四ルートと称され、その当時で製剤投与から既に10年以上が経過していたため真の実態は判らないまま事件は収束してしまった経緯がある。ただ、現在係争中である元ミドリ十字三社長に対する刑事事件の告訴人は、既に加熱した血液凝固因子製剤が認可されていた1986年4月に、肝臓治療のために非加熱血液凝固因子製剤を投与されてAIDS発症した患者の遺族である。今回報道のケースは、患者が新生児の時期に腹部手術の止血剤として非加熱血液製剤の投与を受け、最近になって健康診断における血液検査での肝機能値が非常に悪いことがきっかけでHCV(C型肝炎ウイルス)感染が判明したのである。この患者は製剤投与から既に20年は経過していると見られることから、肝炎の症状はかなり進んでいる様子である。さらに、この患者が新生児に治療を受けた病院では、ほぼ同時期(1980年代前半)におよそ50人の非血友病患者に非加熱血液製剤を使用していることが判り、追跡調査をした結果、7人が肝炎治療を受けていることが判明した。この経緯だけでも疑惑が種々あるが、まず思うことは、5年前にHIV感染における第四ルートの実態調査をしておきながら、どうして誰もHCV感染に疑いを抱かなかったのか、あるいは軽視したのかという疑問である。とりあえず、厚生省はこの報道を機に、省内にプロジェクトチームを結成し肝炎対策に着手した。そして、医師ら専門家で構成する有識者会議を設置して具体策の検討に入ったのである。

 C型肝炎は、ウイルス(HCV)が原因で、ウイルスが特定されたのは1980年代末である。それまではその存在がはっきり判らず、非A非B(ノンAノンB)型肝炎と呼ばれていた。感染後の経過は、急性肝炎を起こす人もいるが、大半は慢性肝炎に移行し、数十年をかけて肝硬変に至る。自然に治癒する人もまれに存在するようだが、何も治療しなければ確実に肝硬変になって最後は肝不全や静脈瘤破裂により死亡する。また、症状が進行するとともに肝癌を併発する確率が高くなる。治療法は、強力ミノファーゲンを継続的に静注で投与して肝機能を改善する方法もあるが、ウイルス自体を駆逐するものではない。近年ではインターフェロンの長期継続的投与により、HCVを排除する治療法が主流である。しかし、治療を受けた全ての人が治癒するわけではなく、HCVのサブタイプや体内のウイルス量あるいは症状の進行ステージによってインターフェロンの効果が左右される。日本人は肝不全や肝臓ガンで死亡する人が多いが、そのほとんどの原因はC型肝炎である。現在、日本人のC型肝炎罹患率(HCV感染率)は高く、全国で200万人から300万人と推定されている。感染者数が多い原因は、戦後の不衛生な医療環境の中での輸血、手術等の医療行為、採血、集団予防接種、静注覚醒剤など注射の使い回しに起因する。感染媒体は基本的には血液であるが、血液以外の体液にはウイルスが少ないとみられ、性行為による感染率及び母子感染率は低いとされている。ちなみに、血友病患者のHCV抗体保有率は、抗体検査が出来るようになった1990年代始めのデータで90%を超えていて、当時で肝機能異常を示すGPTの値が50以上の者は70数%に達する(HIV感染者発症予防・治療に関する研究班(主任研究者:山田兼雄)HCV感染小委員会1991年)。

 肝炎及び血液製剤に関する論点は色々あるが、今回の報道を機に問題提起したい点は主に二つである。まず、厚生省は、5年前にHIV第四ルート感染実態調査を実施する以前から、非加熱血液製剤投与患者の中にHCV感染者がいたことを知りながら今日まで放置し、それが今回の報道で発覚したことを受けて省内に肝炎対策プロジェクトチームを結成はしたが、一般的な肝炎対策にすり替えて問題の収束を図ろうとしていることである。二点目としては、厚生省の諮問機関として有識者会議を設置したが、肝炎患者らの要望にもかかわらず、委員のメンバーに患者を入れないことである。

 問題となる肝炎は主にB型とC型である。C型肝炎の蔓延は不衛生な医療環境での注射の使い回しに起因すると前述したが、B型肝炎についても医療行為による感染問題は存在しているし、肝炎対策としてはC型と並行して検討されなければならない。HCVと相違しているのは、B型肝炎ウイルス(HBV)は、感染力が極めて強く、血液以外に、性行為、母子感染によって伝播する。特に、母子感染によって世代を越えて今日まで継承してきたと考えられている。症状的には急性肝炎症状を起こすが、急性期を乗りきるとほとんどの場合治癒し慢性化することは少ない。ただ、幼児期に感染するとHBVが体内に居ついてキャリア(持続感染)となる。なお、HBVの同定は1960年代末であり、検査方法の確立は1970年、献血時のスクリーニング検査(HBs抗原検査)が導入されたのは1972年である。したがって、ウインドウ・ピリオドにあたる献血者の問題を考慮に入れれば、非加熱の血液製剤投与に因るHBV感染を完全には拭えないのである。B型・C型とも1960年代をピークに現在は新規感染者が減少しているものの、HBVキャリアは150万人、HCV感染者は200万人以上と推定されており、肝炎は国民病と称される。厚生省が肝炎を国民病として位置づけ、その治療・研究対策を講ずることについては何ら異存ないが、医原性としての肝炎ウイルス感染を議論に乗せようとしない意図が担当官僚の言葉の端々に窺え、有識者会議を肝臓病対策の一般論へ誘導しようとしていることは許されない。特に、非加熱血液製剤由来の肝炎ウイルス感染の実態を調査して、被害者を救済するなどという考えは毛頭ないと思われる。既に、委員が選定され、第1回目の有識者専門会議(座長:杉村隆・国立がんセンター名誉総長)が行われているが、厚生省が報道後、素早くプロジェクトチームを結成した直後から、HIV訴訟原告団や肝炎患者団体等は、厚生省の担当官僚とのやりとりで、HIV第四ルートの時のように非加熱血液製剤によるHCV感染実態調査の実施や専門会議のメンバーに患者を加えることを要求した。しかし、厚生省はプロジェクトチームの結成趣旨が肝炎・肝癌治療研究対策であって、HIV第四ルート時のプロジェクトとは趣旨が全く違うということを説明したうえで、全国的な実態調査は行わないと言明しており、ある特定の委員にもHIV第四ルートのことを持ち出さないで欲しいと要請しているのである。また、患者委員の参加も認めず、厚生省主導で委員を選出し、患者についてはヒアリングを行うのみとしたのである。政府の部会、検討委員会などに利害関係を有する国民が参加することは、今や欧米では当然のことである。日本でも新感染症法におけるHIV予防指針の策定委員会、血液事業新法における企画・制度改正特別部会に患者が委員として参加し、患者としての意見を述べてきた。薬害エイズの教訓の一つが消費者(患者)主権や当事者の自己決定権擁護であるとするならば、ここに来て政府は薬害エイズと同じ土壌の問題について逆行した流れを作ろうとしていることになる。

 感染実態調査については、確かに医師会や医療機関の強硬な反対が存在することは事実である。数十年前の処方箋を遡ることやカルテを検索する作業が、現場の実務を停滞させたうえに、医療機関の責任問題にも発展する可能性を医師会幹部から漏れ聞こえてくるが、5年前にHIVとともに肝炎調査及び感染可能性を広報する機会を見過ごしたのは、国民の生命を守り健康を増進する担当省たる厚生省であり、医療行為を実施した医師や医療機関である。ましてや、今後この種の遡及調査は事あるごとに必要とされる事態が予想され、そのシステム作りのためにも実施し、危機管理の体系を構築しておくべきである。

 非加熱血液製剤投与に因るHCV感染は、またもや厚生省が描いた構図によって、被害者の範囲がごく少数に絞られ、最小限の救済措置にとどまることになるのか。さらには、肝炎蔓延の根本が不衛生な医療行為に起因することを前提とした医原性肝炎感染問題にまで踏み込むことなく収束するのか。患者や社会の人々が関心を持って監視しなければ結末は見えている。有識者会議は、人数制限はあるが、公開で傍聴が可能である。会議日程は厚生省のホームページから知ることが出来る。また、血液、血液製剤に関するトピックス等は血液製剤調査機構(Blood Products Research Organization)がアップしているホームページが要領よくまとめられている。MERSでは、非加熱血液製剤に因るHCV感染問題に取り組むと同時に、医原性肝炎における被害者救済制度のあり方について考えていきたいと思う。