ネットワーク医療と人権 MERS設立によせて | ネットワーク医療と人権 (MERS)

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ネットワーク医療と人権 MERS設立によせて

≪筆者≫ 大阪HIV薬害訴訟原告団 花井 十伍


 「薬害エイズ」の民事裁判が和解して、丸四年が過ぎました。「薬害エイズ」に関連した三つの刑事裁判は未だ継続しており、節目節目においては新聞等で報道されるものの、一般的には1996年の和解成立によって解決したとの認識すら見受けられるようになりました。

 しかし、被害者にとっての「薬害エイズ」は、一生終わることはありません。大切な人が満足な治療を受けることなく、差別偏見のなかで、苦痛に満ちた死を迎えるのを為すすべもなく看取らざるを得なかった遺族。日々、体内で増殖しようとするHIVを強い化学物質で抑えながら、なんとか生き残ろうとする患者。「もし、あのとき血液製剤を注射しなければ」「もし、息子が生きていれば」「もし、HIVに感染していなかったなら」

 行き場を持たない、被害者の自問は永遠に続きます。

 「アメリカから輸入された非加熱濃縮製剤により、5000人の血友病患者のうち約1500人が感染し、そのうち既に500人以上がエイズを発症して亡くなった。」と書かれるとき、これらの数字は、一人ひとりの被害者の苦悶を語ることはありません。

 では、社会にとっての「薬害エイズ」は多くの重大事件がそうであるように、話題になり、マスコミが取り上げ、誰かが頭を下げ、やがて忘れられてゆくしかないのでしょうか? 膨大な量のニュースが世界中からリアルタイムに配信される現代において、一般の人達にとっての、「薬害エイズ」がすぐに過去の出来事になってしまうのも、無理からぬことなのかもしれません。しかし、人々が忘れてしまうことと、社会が忘却すると言うこととは、イコールではありません。

 社会が「薬害エイズ」を過去のものとするためには、「薬害エイズ」の社会的意味を明らかにし、その教訓を再発防止のシステムに具体化することを抜きにしては不可能です。人々の記憶は社会の記憶の一部ではあっても全てではありません。私たち、原告団は、二度と同じ悲劇を繰り返して欲しくない、という想いから、薬害の根絶を訴え続けてきました。私たち被害者は、この身に「薬害エイズ」の記憶が刻まれているからです。社会に刻印される記憶は、「薬害エイズ」の発生に関係した各責任領域における具体的制度やテキストでなければなりません。こうした、社会的教訓としての「薬害エイズ」すなわち、原因の徹底究明と再発防止システムの構築は、被害者のみが当事者性を持つものではありません。1996年の和解時に、多くの支援者が被害者を応援してくれましたが、まぎれもなくこの意味において、彼らは当事者だったのです。例えばカナダにおけるオーラス・クレーバー判事を委員長とする「カナダ血液行政調査委員会」(クレーバー委員会)が数百人へのヒアリングにより5万ページの証言を集めるなどして徹底調査し、1200ページに及ぶ報告書を作成しています。こうした、公式的「薬害エイズ」の検証作業によってはじめて、カナダ社会が膨大な公的資源を血液の安全な供給に投入すべきことを認識したのです。

 私たちは、ネットワーク医療と人権が、被害当事者に限らない多くの関係者によって発起されたことに、最大限の賛辞を送るとともに、「薬害エイズ」が社会的記憶として、薬害根絶のための、未来に対する正の遺産となる事を願ってやみません。また、当事者としても、渾身の力をもって協力してゆきたいと思います。