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9/13 安部英刑事公判-最終弁論-を傍聴して

≪筆者≫ 大阪HIV薬害訴訟弁護団  弁護士 江角 健一


 東京地裁での安部英被告に対する業務上過失致死被告事件の審理において、弁護側による最終弁論が2000年9月13日午前10時から行われました。

 最終弁論に先立ち、弁護側から証拠調べ請求が行われていた「ロバート・ギャロ博士の陳述書」等を証拠として採用するか否かが審理されました。結局、裁判所は審理を尽くすという意味から証拠として採用するということになりました。弁護側によれば、この陳述書には「当時、多数の臨床医が抗体陽性の意味について理解していない。」といったこと等が述べられているということでした。

 続けて、弁護側による最終弁論が始まりました。

 弁護側は、あらためて安部被告の無罪を主張しましたが、その主張の骨子は次のとおり大きく3つに分けられています。

 骨子の第1は、検察官による起訴状記載の公訴事実と論告の主張は異なるとして検察側を非難するということでした。すなわち、「本件の被害者遺族は安部を殺人罪で告訴したが、検察官は捜査の末に業務上過失致死で起訴したものである。にもかかわらず、論告での検察官の主張は「安部は非加熱製剤の危険性を知っていた。また、製薬会社から利益提供を受け、その利益擁護のために危険な製剤の使用を続けた。」というもので、これはむしろ殺人罪である。殺人罪には動機が必要だが、検察官は「利益供与」と「自分のメンツを守る」ということを動機と位置付けるが、こうした事実はない。すなわち、安部が製薬会社から1億円の資金提供を受けた事実はあるが、しかし、「こうした金は血友病治療のための財団設立費用や世界血友病連盟総会への血友病専門医の出席費用、血友病シンポジウム開催のための費用等に使った。私目的で消費した金は1円もない。また、メンツの点も、ほかの誰も言っていないクリオに転換した方がむしろ医師としてのメンツにかなったはずだ」などと主張しました。

 骨子の第2は、安部には過失がなかったということです。この点、弁護側は「検察官は過失の前提となる注意義務の程度として、特別な能力を持っている安部自身を基準にしているが、これだと一生懸命研究して特別な知識・能力を持っている者がむしろ責任を問われ、そうでない者は免責される不当な結果になる。注意義務の基準としては普通の血友病専門医を基準とすべきだ」として検察を非難しました。また、「昭和54年には、非加熱製剤を用いることが「医療水準」であったが、検察はこの不適切な「医療水準」は安部が作ったものだから責任があるというが、適正でない「医療水準」などなく、これにしたがった安部には過失がない」と述べました。

 第3に、大学病院の診療科長には、過失を問う根拠はない。本件では、当直医と研修医が投与している。診療行為に関しては医師は独立している。安部が就いていた血液研究室主催者の地位も責任根拠にならない、ということでした。

 総じて、最終弁論には、論理のすり替えが目立つという印象を受けました。

 第1の点で言えば、むしろ、被害者の立場からは本件は殺人罪であるが、検察官は「慎重に」過失犯として起訴しただけですし、安部の金の使途についても、結局、自身の血友病治療医の中での権威・影響力の保持のためになるもので、見返りとして製薬会社の便宜を考慮することを否定することにはならないと感じました。

 また、第2の点については、注意義務の基準として、特別な能力を持つ医師を基準にするのではなく、普通の血友病専門医にすべきことはその通りなのですが、その普通の専門医に当時安部が持っていた「特別な情報」を与えた場合に結果発生を回避する行為を採るか否かというのが通常の考え方です。当時、安部が持っていた「特別な情報」を考慮せずに「普通の専門医だったらどうか」というのならば、むしろそちらの方が特異で誤った論理といえます。また、当時危険な血液製剤を使用していたのは「医療水準」ではなく、誤った「医療慣行」というべきでしょう。その他、弁護側は血液製剤の危険性を無理にわい小化しようとして、「200回の投与の結果、48人中23人が感染した。残り25人は200回の投与にも関わらず感染しなかったのだから、1983年当時、血液製剤が汚染されていない割合をXとすると“Xの200乗=25/48”だから、Xは0.997となる。すると、汚染されている製剤は0.3パーセントに過ぎない。本件当時、投与により感染する可能性は10万分の1の確率でしかない」とも述べました。しかし、これは汚染されている製剤を使用すれば必ず感染することを前提としている暴論です。他方、弁護側自身「暴露、感染、抗体陽性、発症は区別しなければならない」と述べているにもかかわらず、ことさら暴露と感染を混同したもので矛盾しています。

 また、検察側証人として安部に不利な証言をした帝京大の木下忠俊教授を「大うそつき」と口を極めて罵倒しました。

 弁護側は、一貫して、検察官の起訴は犯人探しを求めるマスコミ報道に迎合して、無実な者をいけにえにしたものだと決めつけました。そして、無実の者を犯人にするよりは、エイズ治療の研究等にこそ金と労力を費やすべきだと締めくくりました。

 最終弁論に続けて、被告人の最終意見陳述の機会が与えられ、安部被告は「弁護人の言うとおりで何も申し上げることはありません。」と述べ、午後4時過ぎに審理終結が告げられ、判決宣告期日は来年3月28日午前10時と指定されました。

 薬害被害者に対する謝罪の言葉はまったくなく、身勝手な主張に対し、傍聴席の被害者が怒っていることがひしひしと伝わってきました。

 傍聴者が退廷する中で、一人の遺影を掲げた薬害被害者の遺族から安部に対して「安部、謝れ。息子に謝れ。」と大きな怒声が飛びましたが、安部は無言でした。

 その後、裁判所内で記者会見が行われ、東京HIV訴訟原告や大阪HIV訴訟原告代表・花井氏から、「弁論を聞いていて、あまりの無責任さに呆れた。怒りをおぼえた。」との意見が出され、また、東京弁護団の鈴木利廣弁護士から、弁護側主張の方がむしろ特異であり、論理のすり替えが多々ある旨記者に対して説明がなされました。

 弁護側は「安部は50年以上まじめにやってきた医師であるにもかかわらず、マスコミの誤った先導によるいけにえとなり、これに迎合した検察官により無実であるにもかかわらず被告の席に座らされた」と主張しましたが、安部を告訴・告発したのは多くの被害者(患者・遺族)であり、むしろ、安部の嘆願を述べる患者・遺族は皆無です。私には、弁護側の主張はうつろなものに思えました。

以上